第6話



「見ろ、ここがどこか分かるか。」


「ああ、渋谷だろ。」


「そうじゃ、今から30年後のスクランブル交差点じゃ。何か変わった事に気がついたか?」


「うーん。」


じっくりと見ていくと、交差点で信号待ちをしている人数が異常に少ない事に気がついた。信号が青に変わっても、渡る人間はまばらだ。


「人口が減って、渋谷を訪れる人が少なくなった?」


「そうじゃ、それもある。それとここをよく見ろ。」


一つのビルを杖で差した…そこは、どこか見覚えのある位置に建つ割と新しいビル。


「あれ?もしかしてここって109だった所?」


「そうじゃ、109と呼ばれた若者のファッションの聖地じゃったろ。

それが未来では…」


杖を振ると鏡の画像がズームしてそのビルに近寄る。ガラス張りの建物の中では老人が車椅子に座ってズラッと窓際に並び、外の横断歩道の様子をじっと見ている。


「老人ホームになったんじゃ。」


「ええっ!こんな一等地に!」


「そうじゃ、隣のビルは葬儀屋じゃぞ!ハッハッハー!」


陽気に笑うジジイは放っておいて、俺は鏡にかじりついた。


ほ…本当だ。老人ホームになっている。

年寄りがホームの窓際でひしめき合う様に並んでいる。


よく見ると、信号待ちをしているのもほとんど年寄りだ。


店の前で話し込んでるのも、シルバーカーを持った年寄り。


「な…なんだ。渋谷がとげぬき地蔵と化してるじゃないか…。」


「司よ。渋谷だけじゃないぞ。新宿も、池袋も、東京はみんな年寄りばっかりじゃ。」


次々に都内に有る主要都市の画像をジジイが見せてくれる。


「そして驚くのはまだ早い。これを見よ!」


そこに映ったのは、荒れ果ててスラム街と化した、地方の主要都市だった。


「結構大きな街だった、あんな街もこんな街も、全部消滅して、廃墟になったビルに外人のギャングが住み着いてるそうな。」


次々に映っていく画像を直視して、俺は握った拳がいつのまにか震えていた。



「この後、2060年までこの様な状況が続く。その後は多くの高齢者が死んで、この様に街に高齢者が溢れる時代は一旦落ち着くが、人口が少なくなった日本は経済的にも世界から遅れをとり、国全体が国際社会の敗者となって今まで以上に格差が広がり社会的に没落していく事になる。」



「あぁぁぁぁ。」


目の前に映る貧困層の生活を見ると、まるで戦後かと見紛う状況で絶望感に襲われて行く。


「日本は何度となく少子化が原因で国の存続が危ぶまれたが、その都度子供を増やして耐えしのいできたのじゃよ…。

だが今回ばかりは以前とは比べものにならない位危機的状況下にある…。よく分かったじゃろ。」


パッと鏡の中の映像が消えた。


「そこでじゃ、司よ。お前にチャンスをやろう!」


「ん?」


グイッと俺の顔に伯父さんが近づいた。


「お主、カエデに今一度会いたくないか?」


「会いたい…です。」


ゴクリと唾を飲んだ。


「したらば、この国の少子化を食い止める使命を持って、もう一度生き直しをさせてやろう!」


「生き直し…?」


「そうと決まれば急ぐのじゃ!長い事天上界に居続けると、地上に戻れなくなる。

ちと、話が長くなってしまったのでな。お前がバーーーーーカのせいで。」


「何ぃ、くそジジイ…。」


ジジイが杖を振ると雲の床にぽっかり穴が空いた。


「さあ行け!」


「ちょっ…、まだ具体的な話が全くないじゃねーかよ!」


「ごちゃごちゃうるさい!行けって言ったら行くのじゃ!」


ドンッと背中を蹴られる。


「うわぁぁぁ。」


穴の中に落ちそうになりもがくも無残、雲の下へと頭から落ちていく。


「くれぐれも使命を忘れるでないぞーーーー。忘れたら死ぬからなぁーーーー。」


「うわぁぁぁっぁっぁっぁ!」


遠くにジジイの声が響いていたが、俺は真っ逆さまに落ちていくその恐怖でギュッと目を瞑った。


次の瞬間。


ドンッと音がする。


「それならば、子育てをしっかりと手伝うように。以上!」


「ハッ。」


パッと目を開けると、さっき白い服を纏っていたジジイが袴を着ている。


ジジイはスクッと立ち上がり、部屋の外へ出て行く。


「ちょっと待ってジジイ!」


呼ぶ声が聞こえてないのか、部屋のドアがバタンと閉まった。


「ん?俺…まさか。」


己の身体を弄るとどうやらタキシード姿らしい。


「そろそろお時間でございます。」


扉が開き係りの人が顔を出す。


「あ…はい。」


これは夢の続きなのか、それとも現実なのか。自分の中で確証が持てずに教会へ進んで行った。



何度も夢に見たこの場面…いやこれはもしかしたら夢なのか…?

牧師の前で神妙に考え込む。

表情が酷いのか「Are you okay?」と声をかけられる始末。


赤絨毯の先の扉が開く。

2人のシルエットが見えた。

一歩一歩進む、嫁らしき人物。


オレは必死にベールの中を確認しようと身を乗り出すが、どうしても見えない。

後方にいた係員に「新郎様、落ち着いて下さい。」と注意を受けた。


2人がオレのそばに近づき、何時迄も前を向かない俺の身体をそっと前に向き直す係員。


くっ…、このまま牧師の前まで進むしかないか…。


俺は前に進みながら、腕を掴む手にそっと自分の手を重ね確認した。細長いその手は彼女の手に間違いなかった。


「何時如何なる時も………誓いますか?」


「…。」


「誓いますか?!!」


「は、はい!」


牧師の強めの声でやっと我に帰る。

俺の思考回路は混乱をきたし、外からの情報が容易に入ってこない。


隣から「はい、誓います。」の声が聞こえてくる。


「それでは誓いのキスを。」


つ…ついにその瞬間がキタ…。

恐る恐る横を向くと、夢と同じようにベールを差し出す頭がある。


た…頼む!


震える手でベールをめくり、少しずつ顔が現れてくる。


スローモーションのように、ゆっくりと頭が起き上がってくる。


「うぅぅぅ。」


俺の身体はすでに仰け反る準備をしていた。


そして、そこには、



いつか見た美しいスミレがいた。



「あは…あは…あはは。」


引きつった笑いをかました後、俺はスミレに抱きついた、いや、力強く抱き潰した。


「ちょっと…やだ…司…。」


「新郎…キ…キッスを。」


牧師さえも乗り出して慌てていた。


「あ、キスか。」


我に返った俺は、スミレに熱いキスをし、もう一度抱きしめた。


呆気に取られた招待客も、徐々に場の雰囲気を読み取り、チラホラと拍手をしてくれる。

それにつられて「ヒューヒュー!」と囃し立てる口笛も聞こえ、ようやく大きな拍手が巻き起こった。


俺は…もしかしたら、

この時代に戻ってこれたのかもしれない…。


招待客の拍手が歓喜の歌に聞こえ、いても経ってもいれずに


「キャッ、ちょ…司!」


俺はスミレの足を抱えて、

俗に言うお姫様抱っこをかましていた。


客の大きな歓声の中で噛みしめる喜び。



俺はきっと…

うまく生き直してみせる!!!




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日本男児、総育メン計画。 りんまる @rinnneko3333

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