私の女

するめ星人

第1話

腰まで届くさらさらとした漆黒の髪、女性らしく艶やかな彼女の髪を感じながら私はそっと結う。「ありがとう」と一言、渡辺加奈子は言った、礼を言った加奈子は立ち上がり手早く服を着ると荷物をもちながら朝食をとっている。座ったままの私が呆然と加奈子を見つめていると、気づいたらもう玄関に立っていた、「ぼーっとしてないで、今日は私の晴れ舞台なんだから」そう言い残すと加奈子はドアを出て鍵を閉めた、私からほんの4mほどの距離だが加奈子は私の性格を見越して鍵を閉めたのだろう、私は今一度布団に籠る、加奈子が残した熱を感じながら眠りについた。


加奈子は私の恋人だった、小学校からの付き合いではあったが交際を始めたのは高校生のとき。お互いに男に振り回されてうんざりしていたときに慰めあったのが発端だ、加奈子は友人の家に泊まると言っては一人暮らしの私の家で行為に及んでいた、社会人になってからも隔週に1回のペースで私の家に泊まっては愛し合っていた、いや、愛していたのは私だけだったのかもしれない、私はなんの根拠もなくこの幸せが永遠なものだと信じていた、しかしこの幸せが永遠ではないことを先月加奈子の口から聞かされた「許嫁と結婚することになった、もうこの関係は続けられない」。。


私は目を覚ました、昼の12時を回っている、少し急げば間に合うだろう、式は六本木の式場で盛大に行われる、加奈子の父は大企業の役員をしていると前に加奈子から聞いていたのできっと色々なお偉いさんが参列するのだろう、私は加奈子の友人として、顔に泥を塗らぬよう家で最も綺麗な服を着た、私の家は加奈子の匂いがこびりついている、10年間ずっと、ずっと、愛し合っていたのだ。深呼吸をした、加奈子を感じられるのは最後になるかもしれない。家を出る直前、鏡で自分の姿を確認すると綺麗だと思った服は喪服のようだった。


生まれも育ちも東京だが上流階級とは無縁の私は六本木に立ち入るのは初めてだった、会場に入ると加奈子の母が50代くらいの男と会話しているのが見えた、加奈子の母はこちらに気づき視線を送ったがすぐに目の前の50代くらいの男に視線を戻した、きっと会社の役員や取引先の人だろう、会話が終わると加奈子の母はこちらに向かってきた「ごめんなさいね、立て込んでいたものだから」「この度は娘の結婚式に来てくれてありがとう、これからもうちの加奈子と仲良くして頂戴ね」そう言った加奈子の母は視線を私の後ろに移すと「仙石さん、どうもこれ度はー...」と私はいないものかのように偉そうな男と会話していた、大企業の役員の妻というのはそれなりに大変なものなのだろう、加奈子もこれからああなる。私とはまるで違う世界だ、加奈子の母もどことなく私と加奈子に友人関係を続けてほしくはない様子だった、両親がいない一人暮らしの『可哀想な子供』と接しているうちは良かったが貧乏な一人暮らしのOLと綺麗な娘が接するのは気に食わなかったらしい、社会人になったころから加奈子の家族の態度は冷たくなっていった。


式は静粛に行われた。加奈子は綺麗なウエディングドレスに身を包み、新郎に手を引かれた、美男美女の2人は正しくおしどり夫婦なのだろう、今朝まで私の腕の中で寝ていたあの女は新郎とケーキ入刀をしている、もし私と結婚していたらあんなに大きなケーキは買えなかっただろう...こんなに盛大な式は上げられなかっただろう...しかしあんな男より幸せにできたはずだ、なにしろあれは10年間愛し合っていた私の女だから。加奈子は幸せな笑顔で新郎とキスを交わしていた。


先月加奈子に許嫁がいると告白され、最後に一度だけと私がしつこく言ったため2人の予定が空いた日に会うことになった、幸か不幸か結婚式の前日。夕方になって加奈子は合鍵を使って私の部屋に入った、「はい、これ」机の上に弁当を置いた、食事をとると2人で敷いてあった布団に籠った。加奈子は「ねえ、私なんかとこんなことしてて楽しい?」と聞いた、私は返事に詰まった。「滑稽だって思ってるでしょ、許嫁と結婚させられて他人の敷いたレールの上を死ぬまで歩くのよ」「でもね、心配しなくてもいいのよ、決められた結婚相手ではあるけど私は気に入ってるの、少なくとも、あなたよりは」そう言うと加奈子は激しく行為に及んだ。


私は両親を早くに亡くし、友人には恵まれていたがずっと寂しかった、その孤独を振り払ってくれたのが加奈子だった、高校生のとき家族が欲しいと思い、付き合い始めた男は子供が出来ることを恐れて突然態度が豹変した、小学校からの友人であった加奈子に相談しているうちに「同性であれば子供もできない、捨てられることは無い」と考えるようになり自然と恋人関係になっていた、加奈子と私は固い絆で結ばれ、生涯を共に過ごすものだと信じていたのだ。


結婚式から1ヶ月たった頃、私はアパートを引き払った、加奈子との幸せな時を過ごした思い出は永遠に忘れない、私の生きる糧となって加奈子は私の中で生き続ける。私の加奈子。

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私の女 するめ星人 @taroshimal

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