呪い

あどけない二十代後半


 和光 令美の喉が上から下に波打った。彼女は驚愕を覚えたとしても、その栗目をさらに見開いたりしない、どちらかといえば表情に乏しい方の女性だ。単純に捉えれば。しかし、鉄仮面というほど冷徹な女性ではなく、むしろ温かみを持った歴とした出来た人間であるということも知っている。

 高校生だったとしても先頭近くに来るほどの小さな身長。成長期前で少しぽっちゃりした子供のような体型。顔だって少女の様に若い顔をしているし、そのあどけなさを残す顔は滅多に動くことがない。丸い瞳と茶色い光彩。少し茶髪がかった髪は纏めたり整えていないのでかなりパサついている。それがまた『ねんねの少女』の様で、口には出さないものの大学の教員には全く見えなかった。そんな彼女はたった今、薄い赤の入院着を着てベッドで中腰になり腰をさすっている。だが、前述通り唾を飲み込んだ様で、彼女は表情に変化なく、声色のみを変えて私に驚愕を訴えた。


「つまり……私が関わった二人が私に車で突っ込み、死んだと……いうことですか?」


 声の調子は礼儀の良い大人だ。それもどちらかと言えばテノールよりの。


「そうだ。それも後部座席に乗っていた主犯の六徳は事故の数時間前から死んでいた」


「死因は?」


「窒息死。一条が絞め殺したらしい。指紋が出た。で、その一条もさっき死亡が確認された。事故で首筋に車のフロントガラスが刺さったらしい。大動脈出血で失血死だな。運んだ時にゃもう遅かったみたいだな」


 私がそう言うと彼女は黙りこくって考える。腰をさする手は止めずに。だが、一呼吸おくと。


「ダメです。腰痛くて考えられません。ていうか考えたくありません」


「何故?」


「私が関わった二人に纏わる人が交番に突入してダイ、アンド、デッド。考えなくても関連性が出てきそうじゃありませんか。心霊スポットに行った人達が相次いで死ぬなんて。一昔前の怖い話ですか?」


「知るか。ってか心霊スポットに行った? 昨日? 詳しく話してくれ」


 知らない情報が出てくる。私が聞くと、彼女は二人の方がよく知ってる。当事者だからと言った。東堂 みゆきと伊東 かなえ。あ、と思い出した様に今の二人と、それから交番の二人が無事かを聞いてくる。


「東堂、伊藤。二人はお前が引かれたおかげで無傷だ。椅子と机に腹が少々圧迫されたがな。今下のドトールで話を聞いてる。交番の二人は、でっかい方は無事だ。婦警の方は、まあ、火傷かな。軽度の」


 あらま。令美がそう返した直後のことだ。勢いよく病室のドアが開いたかと思ったら、泣きはらした婦警が左腕に包帯を巻いて飛び込んできた。

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ベビーシッター 右奥 五巳 @Uou_Idumi

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