第15話 戦いたくても戦えなかった

 肌がじっとりと汗ばんでくる。明らかに私は緊張していた。

 前の『愛され令嬢~(以下略)』では、どんな相手にも毅然と立ち向かっていた私なのに、ドレスも着ていない(多分)平民であろう『オンダ・サン』に見下ろされているだけで、異様な恐怖感に襲われているのだ――――。

 少し前の私ならば、このような状況に陥っただけでも許しがたく感じたけど、この異世界に来て数時間でそこそこ――――否、結構予想外な経験値を積んだ自負はある。緊張はしているけど、多少のことは許容出来る気がしてよ。だって私は――――ですから!!


 いつもは私を守ってくれる爺やを背で隠すように庇い、オンダ・サンをに見上げて睨み付ける。そんな私を見下ろしてくるオンダ・サンの顔は逆光で薄暗く陰り表情が良く見えないが、妙な迫力があった。

 若しかしてこのファーストステージをクリアするのは、このオンダ・サンを倒すか服従させること? 有り得なくはないわね。そもそもこの異世界は謎が多すぎる。

 ふと頭に過った可能性を受け止め全身に力が入ると、一筋の汗が背中を伝っていった。

 いよいよだわ――――色々苦戦したけど、やっとファーストステージのラストに辿り着いたわね。ここでオンダ・サンに勝てば、きっと『ニホンエン』も手に入るに違いない!

 これは何としても勝たねばだわ。


「お嬢様……」

 背中越しに私の決意を察したのであろう爺やが、心配そうに声を微かに震わせている。

「大丈夫よ爺や。このオンダ・サンに勝てばファーストステージはクリアすると思われるわ」

「なんと。ではここは爺やが……」

「駄目よ……ヒロインの私が戦わなければ意味がないのよ」

「はっ、左様でございましたな。つい出過ぎた真似を致しました」

「爺や、気にしなくて良くってよ。今は私の戦いを見守っていて頂戴な」

「はい、マクリールお嬢様。畏まりました」

 あぁぁぁ、良いわね。このやり取り――――まさにヒロインって感じ!

 オンダ・サンに聞かれまいと爺やと小声でやり取りするが、内心気分が上がって興奮してくる。もう少し爺やとのこのやり取りを続けたいが、今はニホンエンをゲットして次のステージに羽ばたくのが優先。

 勝った暁には、オンダ・サンを『魔術師』として味方に引き入れよう。彼女を味方にすれば一気にステータスを上げられる予感がする。そしてセカンドステージでは、より多くの婿候補と出会ってみせてよ!

 ああああ――――! あの『愛され~(以下略)』世界の邪魔ものエーデルが居ない世界! なんて素晴らしいのぉぉぉぉ――――!


 ファーストステージのラストを迎えるのあたって、私のテンションも最高潮になった時だった――――。

「あの~マクリールお嬢様? 私あなたと戦う気なんて一ミクロンもないんだけど」

「待たせたわね! 今直ぐに戦ってさしあ……へ? そなた何と申した?」

  オンダ・サンはこれから私と一戦を交えることを拒否してきた。

  私と爺やの会話が筒抜けになっていたのか!? だとしても流れ的にここは戦うべきでしょう! そうせねばファーストステージをクリア出来ないじゃないの!

「何故……私と戦えぬのか?」

 悔しさと不安で震える声で、オンダ・サンに問い掛ける。そんな私にオンダ・サンは、憐れむような眼差し向けてきた。

「何か勝手に自分の世界で盛り上がっているところ悪いんだけど、お金の支払いの件もあるし一先ず中に入って事情を聞かせて貰えないかな?」

 ファーストステージクリアを新手の方法で阻止してくるオンダ・サンのお穏やかな声がフォワンフォワンと私の頭の中でリフレインする。

 脳みそを機能停止にしてくる魔術に、掛かったのだろうか――――。

 まだ戦うだけのアイテムが揃っていないのかしら? ならばアイテムを探しに小屋の中に戻らねばならぬが、簡単に探させてくれぬであろう。

 私がヒロインの世界なのに、何ともハードルが高い設定ではないか!? 

 戦いたくても戦って貰えない――――その上、まるでこの私がお金がない貧乏人扱いまでされる始末。

「さ、入って」

「くっ……」

「お嬢様……」

 悔しさと情けなさに唇を噛んで俯きながらオンダ・サンの後を付いて行く私に、爺や声を掛けにくそうしている。

 こんな状況、以前の私なら発狂して暴れているだろう。正直、大声で泣き叫びたい。でも、ヒロインたるものそんな情けない姿を見せてはならぬ。ここは耐えて忍んでこそ、真の乙女ゲームのヒロインになれるのよ!

 笑って、笑うのよ、マクリール!

「ひ……うひひひ……」

「お、お嬢様ぁ~」

「マクリールさん、大丈夫?」

「えぇ……心配いらなくってよ。ひ~ひひっひ! ぐふふぅ」

 肩を小刻みに揺らして急に笑い出した私の様子にオンダ・サンと爺やは不安そうにしているけど、気高く美しく心の強いヒロインを目指すために私はひたすら、微笑んだ――――。


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悪役令嬢ですが牛丼屋でバイトを始めてみた 藤見 暁良 @fujimiakira

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