第2章 シニエと王国

041.フキとシニエ

 抜いた雑草を手にフキは立ち上がるとふう~と大きく息を吐いて一息ついた。

 辺りを見回して雑草取りが終わっていない畑を確認する。

 もう半分以上は終わっていたが畑は広いからまだまだ終わりそうにない。まだ八歳の少女でしかないフキには重労働で気が遠くなりそうだった。しかし頭を振って雑念を払い落とす。この仕事があるから私は食べ物を貰えるし、病床に伏したお母さんと一緒に暮らせているのだ。

 よし。気持ちを切り返えると再び畑の雑草取りをはじめた。

 畑を歩いては雑草の緑を見つけて引っこ抜いた。

 雑草はしつこいから根から抜かなくてはならないと教えられた。

 だから根を残して上の葉だけ抜けてしまった場合には手を突っ込んで根を掘り出した。

 それでも毎日現れる雑草のしつこさに辟易する。


「本当に毎日毎日抜いているのになんでなくならないんだろ?」

 思わず愚痴を漏らす。そして顔を上げて。

「うわっ」

 フキは目の前に突然現れた白い塊に大声を上げた。しかも驚きのあまりしゃがんだまま後ろに倒れてしまった。

 どうしよう。野菜潰しちゃった。

 空を仰ぎ見ながらフキは背中で潰した野菜の心配をする。突然現れた白い何かよりも仕事をくれる親切なご近所夫婦に迷惑をかけてしまうことのほうにフキは心奪われる。フキはとてもまじめな少女だった。

「ごめん・・・」

 どうしたものかと思考停止したフキを見下ろして謝る声がした。フキを見下ろしたのはどこか神秘的な美少女だった。肌も髪も白く、瞳の色が左右違う。左は菖蒲(あやめ)色の紫。右は赤土のような赤茶。色違いの左右の瞳に見つめられて。はて?私は何処の常世に迷い込んでしまったのだろうか?と首を傾げた。そしたらつられて少女も首を傾げたものだから、それがおかしくてフキは吹き出して笑ってしまった。

こんなに笑ったのはいつぶりだろうか?久しぶりすぎてお腹が痛くなる。少なくともお父さんが戦争で死んで、お母さんが病床に伏せってから生きるのに必死だった記憶しかない。

 あっ。いまさらながら目の前の少女がわずかに眉を顰めているのに気がついた。

考えてみれば謝るこの子に対して私は突然笑い出してしまった。

 気を悪くしてしまっただろうか?

 私はお母さんに教えてもらった秘儀を使うことにする。

「私はフキ。あなたは?」

 秘儀『気づかないふり』別名『鈍感』と秘儀『話題逸らし』だ。

 村長の奥さんに、末恐ろしい、将来が楽しみと褒められた自慢の技だ。ちなみにこのとき村長さんは笑う奥さんとは反対に泣きそうな顔をしていた。なんでだろう?

「シニエ」

「そう。シニエちゃんって呼んでいい?」

 元気よく答えるシニエに好感を持ったフキは起き上がると仲良くなれそうなシニエに尋ねた。

「いい」

「じゃあシニエちゃん。私のことはフーちゃんって呼んでね」

「わかった」

「シニエちゃんは何歳?私は八歳」

「六」

「そっか。じゃあ私のほうがお姉ちゃんだね」

 自分のほうがお姉さんであることがわかったフキはふふんとお姉さん風を吹かせる。村には子供が少ない。いても年が大きく離れていたり男の子だったりする。

「シニエちゃんは何処から来たの?」

「森」

「森?」

 山村から来たということだろうか?でも着ている茅色かやいろのフード付きローブは結構使われていて旅なれた感じがある。旅人でちょうど森の道を通ってきたということかもしれない。

「シニエちゃんはあっちこっち旅する人なの?それとも山村の子?」

「いろいろ行く」

「じゃあ旅人なのね。行商人かしら?」

「薬、売る」

「ああ、薬師様のお弟子さんなのね」

 うんうん頷いてシニエの正体にやっと合点がいったとフキは納得する。この村にはお医者様も薬師様もいない。その代わり時たま来る行商人や薬師様に村長が相談をして必要なお薬を買う。きっとシニエちゃんは師匠であるその薬師様についてきたお弟子さんに違いない。

 まてよ?それならシニエちゃんを家に招待したら薬師様が家に来るかもしれない。そしたらお母さんの病気を薬師様に診てもらえるかもしれない。これは神様のお導きかもしれない。フキは今すぐシニエを家に連れて行けないかと打算的なことを考える。しかしそこでやっと自分が仕事の途中だったことを思い出した。

「そうだった。私仕事中だったんだ」

「仕事?」

「うん。畑のお手入れのお仕事。いまは雑草を抜いてるの」

 残念ながらフキに遊んでいる暇は無いのだ。

「だからシニエちゃんとは遊べないの。ごめんね」

 謝るとまずは背中から倒れた場所の確認をする。ちょうど野菜を植えた間で何も無いところだった。気になるとしたらへんな窪みができてしまったことくらいだ。よかったと胸をなでおろす。そして仕事の雑草取りを再開した。


 雑草を探して畑を移動するとその後ろをシニエも付いてくる。フキが雑草を見つけて抜けば、シニエも見つけた雑草を抜いた。

「シニエちゃん。これは遊びじゃないの」

 誤って野菜を抜かれては困る。手伝ってくれていると分かるシニエには悪いが心を鬼にしてフキはシニエを注意した。

「大丈夫」

「だめ。間違って野菜を抜いちゃってからじゃ遅いの」

「薬草。慣れてる」

 シニエは薬師様のお弟子さんだけに慣れているようだ。

 確かに本職ならまあいいか。

 早く終わればその分シニエちゃんとお話が出来る。家に連れて行くことも出来る。

 結局フキは手伝ってもらうことにした。

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こどくのシニエとお燐燐(リンリン) 漣職槍人 @sazanami_611405

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