040.初江王と閻魔王第一補佐官

「シニエさんがいなかったらお燐さんは無くなっていただろうね」

 初江王は浄瑠璃の鏡を見ながらそう呟いた。

 地獄の十王裁判所の一つ。閻魔王の法廷で閻魔王とその第一補佐官、初江王で浄玻璃の鏡でこの世のお燐と九頭大尾竜の戦いを見守っていた。本来浄瑠璃の鏡は裁判を受ける亡者の前世の行いを映し見るために使用される裁判道具だ。今回は特別にお燐と九頭大尾竜の戦いを見るのに使われていた。

 お燐の無事な姿にほっとする初江王。その側で閻魔補佐官が気になることを口にする。

「しかしこれでなぞが解けましたね」

「なぞですか?」

「二十年前の九頭大尾竜失踪の件です」

「というと?」

「二十年前の失踪を調べたところ、その失踪にはアーネル国の姫君チヨメ・アーネルがかかわっているところまでは周知の事実です。特に九頭大尾竜の被害を受けていた二カ国間では姫君の討伐後、荒野から九頭大尾竜の姿が消えたことからも九頭大尾竜の討伐を姫君がなしたことは確かでそう考えられてきました」

 閻魔王と初江王が頷く。

「しかしこの事件は不可解なことが多いんです。まず戦いの生存者がいません。機関車が居ないことからも姫君含む討伐参加者全員死亡したものと考えられています。実際地獄に姫とともに戦った近衛たちの亡者が来ていましたし、死亡したことは確かでしょう。しかし肝心の姫君と九頭大尾竜が地獄にも天国にも、あの世の何処にも現れなかったのです。ましてやこの世にも見当たりませんでした。姫君より先に死んだ亡者たちから皆最後にチヨメ姫が残ったことは確かなのですが、その先で姫君と九頭大尾竜の間に何があったのかを知りません。誰も戦いの結末とその後の両者の行方を知らなかったのです」

 浄瑠璃の鏡は何でも映してくれるわけではない。条件がそろってはじめて見られる。裁判では亡者がいて、亡者に関する閻魔帳の記録があって必要な部分が見られる。憑きもの回収の獄卒は世界線越えを間違って迷子になることがある。そうした獄卒を探すために彼らは目印を持たされ、緊急時に浄瑠璃の鏡で探せるようになっている。今回はそれを利用させてもらった。

「しかし今回シニエさんのおかげでそのなぞが一つ解けました。たぶん姫君はあの指輪を所有していたのでしょう。そして命がけで九頭大尾竜を指輪に封印することに成功し。その後の経緯は不明ですが指輪は白の塔に回収された」

「なるほど。先日の鬼灯の森にあった白の塔の崩壊がそれに繋がるわけだね」

「はい。おそらく二十年経った先日に白の塔内で何らかの事故が起こり、九頭大尾竜が指輪から開放されてしまったのでしょう」

「そして崩壊した白の塔にお燐さんが赴き、偶然であったシニエさんが指輪を見つけた」

 シニエの持つ指輪についてはオオビト経由で十王に伝えられていた。獄卒の備品扱いで管理登録されている。

「しかし九頭大尾竜の失踪の経緯は分かったわけだけど。チヨメ姫に関してはなぞが残るばかりだね。彼女を最後に見た記録から毒で死んだことは確かだ。でも霊体は地獄にも天国にもいない。依然行方不明のままだ」

 初江王は首をかしげる。

「そういえば西洋でも聖女が行方不明らしいですね。たしか名前はジャンヌ・ダルク。聖女とは行方不明になるのが定番なのですかね」

 皮肉なめぐり合わせを言う。


 獄卒が一人現れる。手に持った書類を第一補佐官に渡した。書類に目を通すと面を上げて、なるほど、と口にする。

「何かあったのかい?」

「実は先日崩壊した白の塔の職員たちの裁判を行っていたのですが」

「ああ。お燐くんがシニエさんを拾った場所だね」

「そのうちの一人を浄瑠璃の鏡で調べた結果、断片的ですがシニエさんの過去についてとあることが分かりました」

「ふむ。それは我々にも教えてもらえるのかな?」

「隠すも何も地獄で一番偉い裁判官相手ですからね。あなた方が望めば閲覧できるでしょうに・・・」

 呆れた物言いで返す。

「そんなことは良いから何が書いてあったのか教えてもらえるかな?」

「君本当に上司を上司と思ってないよね」

「予測どおり二十年前の事件で九頭大尾竜の指輪を白の塔が手に入れていたようですね。それにより白の塔内で神殺しの毒を作る話が持ち上がった。最終目標は神龍である九頭大尾竜を殺すこと。毒は人間を使って蠱毒の呪術で。子供は優秀な人間の遺伝子を。つまりは白の塔の研究者同士で自分たちの子供をですか。業が深いですね。どうやらシニエさんは四番目の生贄(いけにえ)だったようです」

「ほらほら。落ち着いて。そんなに強く握り締めたら書類に穴が開いてしまうじゃないか」

 眉間にしわを寄せる閻魔補佐官を閻魔王がなだめる。

「しかしなるほど。四(・)番目の生贄(・)を文字ってシニエか。職員の誰かが遊び感覚で呼んだろうね。でも実際九頭大尾竜に効いていたようだし。神殺しをなせるだけの実績をだすとは人もおそろいいね」

 シニエを食べようとした首が毒にやられてダランとなった姿を思い出す。毒の侵食を恐れて猛一つの首が慌ててやられた首を食い千切ってた。

「ほかにも」

 閻魔補佐官が書類に目を通しながら呟く。

「罪が多すぎて彼らは全員複数の地獄を経由してもらう必要がありますね」

「見せてもらってもいいかな?」

 資料を初江王に手渡す。

「う~ん。この情報。保護者のお燐さんに伝えるべきかどうか悩みどころだね」

「彼女。自分が裁くとか言って地獄で暴れまわりそうだよね」

 閻魔王と初江王は困った顔をする。

「私のほうでタイミングを見計らって話しましょうか?」

「お願いするよ」

 頼りになる閻魔補佐官に厄介ごとを放り投げた。

 閻魔補佐官は時計を見て口にする。

「おっと。もうこんな時間ですか」

 パンパン。気持ちを切り替えるために手を叩く。

「話はまた今度。仕事を再開しましょう」

 地獄は今日も忙しかった。


 その夜。閻魔補佐官は記録を残すためにこの出来事を編纂し始める。

 書類に付ける表題の欄を前にして考える。

「え~とタイトルは・・・」

 分かりやすいようにと印象に残った主役二人を題材に感性のままに書く。


『蠱毒のシニエとお燐燐』

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