039.ただいま
九頭大尾竜を飲み込んだ指輪にのらりそろりと慎重に近づく。
そ~と右前足を伸ばして輪を上にして寝転がる指輪をお燐は爪でツンツン突っついた。
特に反応は無い。
どうやら大丈夫なようだ。
‐‐世の中ってのはね。勝手に事が起きて勝手に終わるものなのさね。世の中取り越し苦労ばっかりさ。
お燐は自分の言った世の理を思い出す。
あんなにどうやって九頭大尾竜を倒そうかと悩んで。
あんなに必死に苦しい思いをして戦って。
実は九頭大尾竜を封印する手段が身近にあって。
こんなあっさりと片がついてしまうなんて。
まったく思いも寄らなかった。
思わず自然と変わらずに安心できるものを求めて視線は空を仰ぎ見るが、毒の霧に遮られて見えなかった。残念。
安全を確かめたお燐は指輪を爪で摘まんで拾い上げると同じく回収した鎖に通す。
中にいるものは怖いが仕事の関係上慣れた。
後始末も地獄に持っていけば心配は要らない。
地獄で封印を解けば後はこっちのもんだ。
九頭大尾竜は地獄の圧倒的な暴力に殺されるだろう。
亡者になれば逆らうことも出来なくなる。
すぐにでも指輪を地獄にもって行きたいところだ。
が、いかんせん消耗が激しすぎた。
メディアのところで少し休む必要がある。
メディアには悪いが一晩休ませてもらおう。
荷車に指輪を入れようかとも思ったが何らかの拍子で封印が解けても困る。人の目で監視できるところにあったほうがいい。シニエに一旦持っていてもらうことにした。
「シニエ。ちょっとの間まだ持っててくれるかい」
「わかった」
後ろに右前足を伸ばして背にいるシニエに指輪を渡すとシニエは鎖を首に掛ける。
それじゃあいこうかね。
目指すは鬼灯の森にあるメディアの家だ。
お燐は走り出して空高くまで駆け上がると毒の霧を抜ける。
鬼灯の森の位置を確認して走る。
空を駆けるお燐の背でシニエは大事なことを思い出す。
「お燐!」
「なんさね?」
「お燐燐!お燐燐!お・・・り・・・シシシシシシ・・・・・・」
残念なことに笑いのほうが勝ってしまった。
笑い出したシニエに?マークを浮かべて首をかしげる。
おかしな子だねえ。お燐も笑った。
日も高くなったお昼過ぎ。
いつ帰ってくるかも分からない。はたまた帰ってこないかもしれない。そんな一人と一匹が姿を現すのをメディアは待っていた。いつ帰ってきてもいいようにお昼を用意していたのだが、このまま夕食の用意をはじめてしまおうかとメディアは空を見上げた。
見慣れた荷車を引く赤い姿が目に入る。
帰ってきた。
ゆっくりと旋回して降りてくるお燐はボロボロだった。霊体は修復し切れておらず、体中が傷だらけ。大きな裂傷も見られる。毛はぼさぼさ。耳はぺたりと垂れ下がりくたびれている。洗ってブラシングしてやりたい。自慢の荷車も傷だらけだ。
シニエもボロボロだ。右足に傷薬がまとわり付いている。ジェルの覆う面積の大きさから酷い怪我をしているのがわかる。お燐と同じで髪がぼさぼさでところどころ跳ねている。自動修復機能のある着物だけがきれいでアンバランスな姿が目立つ。
地面に降り立つとお燐に近寄る。
「ただいまさね」
「ただいま」
ボロボロなくせしてそれを、なんてことない、と示す表情や態度が壮絶であったであろう戦いを些細なことに思わせる。親の知らぬ間に大冒険を終えてきた子供のような一人と一匹に唖然としながらメディアは言うべき言葉を口にした。
「おかえりさね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます