038. 大妖火車お燐&シニエVS毒神龍九頭大尾竜:決着

「やつはシニエを狙ってるさね」

 荷車の上から追いかけてくる九頭大尾竜をシニエは見る。

「何でか分かるさね?」

 分からないシニエは首を左右に振る。

「そうさね」

 九頭大尾竜の尋常でない様子から何かがあることはたしかだろう。とはいえ、今は逃げることに集中したほうがいい。

「シニエ。このままじゃ追いつかれるさね」

 回復してきた九頭大尾竜の速度は徐々に上がってきている。このままでは追いつかれるのも時間の問題だ。

 お燐は四足になって走り始めると自分の後ろに荷車を回す。火の紐を出して荷車と自分を連結した。

「背に乗せるから前に来るさね」

 シニエが荷車の上をはいずって前へと移動すると火の紐がシニエの腰に巻きついた。火の紐はシニエを持ち上げてお燐の背中へとシニエを移動させる。シニエがお燐の背にぎゅっと抱きつ居たのを確認すると火の輪の回転数を上げて速度を上げた。

 九頭大尾竜もここで逃がしてなるものかと必死に走る。


 シニエはお燐の背で考える。

 なぜ九頭大尾竜は自分へと向かってきたのか?あの時九頭大尾竜は確かにお燐に止めを刺そうとしていた。だから自分は必死になってこっちにこいと叫んで向かって行ったのだ。なのに九頭大尾竜はシニエをみて急に進路を変えた。お燐に止めを刺すよりももっと大事なことがあったのだ。

 思い出せ。なんでシニエに向かって来た。最初は目をそらしたくせに。ん?最初確かに一度シニエを見た首はお燐に視線を戻した。それで別の首が今度はシニエを見始めてしばらくして何かに気づいて様子が変わったのだ。何かは。簡単には見つからない。じっくりと見ないと気づけないほどのもの?

 それはきっとシニエよりも小さなものに違いない。そして今もシニエが持っている。だから追いかけてきている。

 なんだろう?体の回りを探そうと頭を上げる。両手を突いて上半身をお燐の背から離すと胸元で指輪が垂れ下がる。ゆらゆらと振り子のように主張して揺れる。

 ・・・指輪。

 自分よりも小さくて分かりづらい手のひらに収まる小さな指輪。

 右手が自然と指輪を摘まんだ。視線の先まで持っていく。

 わっかを眺めてあることに気がつく。

 自分はこれが何かを知っている。

 シニエの人生が指輪にしか見えない金属の輪を別のものと認識した。

 これはあれに似ている。脳裏に浮かぶのは今は無き忌々しい黒い輪。自身の足を捕らえ続けた足枷。この輪は枷に似ている。自身が恐れた足枷に。だからあの竜も恐れている。

 シニエは上半身をひねって振り返る。

 指輪の穴を九頭大尾竜に向けた。輪を通して九頭大尾竜をみる。

 シニエの行動に九頭大尾竜の首が跳ねた。

 驚いた?違う。怖かったんだ。

 白の塔で怖くて身を竦くませた。次は何をされるんだ?と体が縮こまってこわばる。思い通りに動かなくなる体はこれまた肩が跳ねたり震えたりと勝手に動いたりする。

 九頭大尾竜は何事も無かったかのように追いかけてくる。でもさっきよりも必死に見えた。

 指輪を通して九頭大尾竜を見るシニエから目をそらすまいと九つの首の十八の瞳が見ている。シニエの一挙手一投足に注力していた。

 右へ左へ上へと動かせば指輪を首が追う。

 確信を得たシニエはお燐に言う。

「お燐!止まって!」

「なんさね?」

 まだ距離があることを確認しながらお燐が聞く。

「近づいて」

「バカいうんじゃないよ!」

 消耗したお燐ではもう一度九頭大尾竜から逃げることは難しい。このまま必死に逃げ続けて森の中に身を隠して撒いてしまうのがいい。

「お燐!」

 必死なシニエの叫びは耳にくる。メディアにチヨメ。家族の声だからだ。

 何をするか分からない不安を抱えながらお燐は腹をくくる。

「信じていいんだね?」

「おう!」

 男勝りの雑な返事を返した。

「ちょっと走りが荒くなるさね。振り落とされないように気をつけな!」

 お燐は重心を左に大きく傾ける。徐々に左に寄って曲がり大回りに左旋回。

「上!」

「あいよ!」

 地を空を踏みしめ空に駆け上がる。

 向かってくるお燐に九頭大尾竜の足が止まる。十八の目は見逃すまいとお燐を追い、その背にのるシニエを捉える。隙あらば喰らいつこうと睨みを利かせ、接近を妨害するブレスを吐こうと息を吸い込み身構える。

 このまま接近するのは難しいと踏んだお燐は高度を上げる。九頭大尾竜の頭上の制空権を握る形で距離をとる。

 空を仰ぎ見るように上がっていく九つの首は頭上に辿り着く前に落とそうと毒のブレスを吐くが当たらない。とうとう頭上にお燐が来てしまった。

 シニエは首から鎖をはずすと鎖ごと指輪を九頭大尾竜に落とした。

 落とされた指輪に嘆きの表情で九頭大尾竜の動きが止まる。

 鎖から指輪がひとりでにはずれて分かれた。

 指輪はくるくると回って落ちる。九頭大尾竜にはそれがゆっくりと見えた。

 指輪が突然口をあけて飲み込むように九頭大尾竜よりも大きく広がった。輪を潜る 九頭大尾竜を指輪は食らった。

 カラン。

 巨大化して九頭大尾竜を一潜りして元の大きさに戻った指輪が地面に転がる。

 九頭大尾竜の姿はもう何処にもなかった。


 一瞬の出来事にお燐もシニエもあんぐりと口をあけて呆けていた。

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