読書好きの菊池さんを落とそうとしたら、読書沼にはまらされ、読書仲間になった話。

池中 織奈

読書好きの菊池さんを落とそうとしたら、読書沼に落とされて、読書仲間になった話。


 俺、津野田大悟(つのだだいご)には好きな子がいる。

 それは、クラスメイトである菊池薗子(きくちそのこ)である。


 いつも本を読んでいて、クラスメイトたちとあまり喋ることがない無口系少女である。

 ……だけど、可愛いっていうことを俺は知っている。



 俺が消しゴムを拾って渡したら、「ありがとう」と小さく笑った。眼鏡越しに微笑んだ菊池さんは可愛かった。そんなありふれたきっかけから菊池さんのことを見てしまう俺。


 本を読みながら時折、表情を小さく変える。話しかければ可愛い声で返事してくれて、あ、好きって気持ちになった。


 菊池さんと付き合いたい! と俺は思った。



 とはいえ、俺はどちらかというと体を動かすことが好きなタイプだが、菊池さんは俺と正反対でインドア派である。残念ながら本も読まない。


 どうしたものか、と俺は友人に相談した。


「大悟が菊池さんを好き!?」

「何それ、おもしろーい。好きなら押せ押せがいいでしょ」

「いや、押しまくったら菊池さんは引くだろう」


 などと、友人たちは俺が菊池さんを好きなことに驚きながらも、応援してアドバイスをくれた。



 さて、まずは菊池さんともっと話せるようになるべきだろうということで、図書室に行ってみることにした。菊池さんはよく図書室で本を呼んでいるのだ。




 菊池さんは椅子に座って、本を読んでいた。机の上には何冊かの本が積み重ねられていて、これからこれだけの冊数を読むのだろうかと思うと凄いと思った。

 俺はひと月に一冊も本を読まないからなぁ。


「菊池さん」

「……津野田君、どうしたの?」

「菊池さんと話したくて! ねぇ、いつも何読んでいるの?」

「色んな小説。読むの、楽しいよ」

「そうなんだ」


 ……おおう、会話が続かない。好きな子相手だとどんな会話をしたらいいかもわからない! でもとりあえず菊池さん、可愛い! ってやっぱり思う。

 うん。好きな子は可愛く見えるものだよな。



 何を言おうかなと悩んでいたら、菊池さんが俺に言う。



「津野田君、よくこっち見てる。もしかして、本読みたかったりするの?」

「え、ああ、うん。興味あるけど、何から読んだらいいか分からなくて」

 

 本ではなく菊池さんを見てたんだが、菊池さんともっと話せるきっかけになるだろうと俺は頷いた。



「そうなんだ。じゃあ本を読まない人でも面白い本、持ってくるね。読みやすいの」


 菊池さんはニコリっと笑って、本を探しに行ってしまった。



 残された俺。正直、漫画は読んでも小説は読まないので、持ってこられても読めるだろうかと不安になった。

 でも菊池さんと話すきっかけになると思えば、読もうとは思う。


 ……頑張って読むぞ。

 と気合を入れていれば、五冊ほどの本を手にしている菊池さんが戻ってきた。




「まず、一つ目はね。ドラマ化もしている作品で、すらすら読めるものだよ。この作者様は一冊完結型の本をいつも書いているし、最後にどんでん返しが待っているから一気読みが出来るの」


 どうやら菊池さんはそれぞれの説明をしてくれるらしい。



「次にこれはファンタジーだよ。一冊完結ではないけれど、児童書としても発売されている作品だから本をあまり読まない人でも読めると思うの。この作者様の本は、情景描写が素晴らしくて、読んでいるとその世界に浸れる感覚があるの。ただ、人によって好みがあるだろうからまず一巻を読んでみてあったら続きを読んでほしいかな」


 児童書としても一般書籍としても発売されているものがあるらしい。正直本を読まないこちらからしてみればへぇーって感じである。



「次のこれはホラー小説だね。津野田君、確かホラー映画とか見るんだよね? 読んでいたら思わず怖くてしばらく寝られなくなるぐらいの面白さなの。文章で怖さを実感させられるのって作者様の筆力を感じられるよね」


 俺がホラー映画を見たりすることを知っていてくれたらしい。なんか好きな子が俺のことを知っていてくれているって嬉しい。



「これは青春系の恋愛小説だね。元webで連載されていたものが書籍化されたものなんだけど、きゅんきゅんする台詞が多くあるの。共感も出来るし、主人公が同じ高校生だから読みやすいんじゃないかな」


 へー、webから本になるとかあるんだ。

 っていうか、きゅんきゅんするって、この小説の台詞を言えば菊池さんはときめい

てくれたりするんだろうか! という気分になった。




「最後にラノベから……ラノベは読みやすいものが多いんだよね。このラノベはファンタジーラブコメで、主人公とヒロインの子がいちゃいちゃしているのは見ていてニヤニヤするの。読んでいて幸せな気持ちになれるものだよ」


 ラノベが何か分からないが、菊池さんが見せてきた表紙は漫画のようなイラストをしていた。



 俺が読むことにしたのは青春系の恋愛小説だ。菊池さんをきゅんきゅんさせるぞという不純な動機で選んだが、菊池さんは「面白いから読んだら感想聞かせてね」と笑ってくれた。


 可愛いなぁと思いながら、その小説を借りて持ち帰った。



 急に本を読んでいる俺に友人たちは驚いていたが、俺が菊池さんと仲良くなるためにしていることだと知ると「頑張って読めよ」と応援してくれた。


 俺は菊池さんと話したいからと読み始めたわけだが、菊池さんが本を読まない人でも読みやすい作品だと言っていたのもあり、流石、読みやすかった。

 最初は少し退屈しながら読んでいたけど、徐々にその世界に、そのキャラクターに引き込まれていった。っていうか、主人公の今野ちゃん、良い子! 幸せになって良かったなぁ、と涙した。

 俺ってこんなに単純だっただろうかと、思いながらも良かった良かったと、感涙極まっていた。



「菊池さん!」

「津野田君、おはよう。どうしたの?」

「おはよう! あのさ、昨日借りたの読んだんだけど、面白かった!!」


 朝一で一人で本を読む菊池さんに近づいて、そういえば、菊池さんは嬉しそうに笑った。ああ、可愛い!!


「もう読んだの? 気に入ってくれたみたいで良かった。面白いよね。私は真ん中の方のシーンの今野ちゃんが落ち込んだ後の立ち直るシーンが凄く好きで、あのセリフがいいなぁって」

「わかる! あそこいいよなぁ。あのセリフってかっこいいよな。あと今野ちゃん、よいこ」

「だよね!!」


 本の中で今野ちゃんの恋の相手が今野ちゃん、今野ちゃん言っているので読者は今野ちゃんで通じるらしい。


 それにしても菊池さんが生き生きとしていて、凄く可愛い。やっぱり好きなものについて語れると誰でもこんな表情になるんだよな。っていうか、可愛すぎるから、あんまり他の人に見せたくないって思う。

 ……教室で話しかけたの失敗したかも。他の奴が菊池さんの魅力に気づいたら困る。


「菊池さん、また図書室に行くからおすすめの本教えてもらっていい? 放課後に図書室でもっと読み終えた本について話したいし」

「うん。またね」


 もうすぐ授業が始まるからと一旦、話は終わった。


 よっしゃあ! 菊池さんと約束を取り付けられたぞと俺は嬉しくてなっらない。

 それにしても生き生きとしている菊池さん可愛いー、やばいやばい。なんか本当可愛すぎて、俺がきゅんってくるぞ。俺が菊池さんの事をきゅんきゅんさせたいのに。っていうか、あの本のシーン再現とかしたらきゅんきゅんしてくれるだろうか?



 そんな風にずっと菊池さんのことばかり考えていたら、授業はあっと言う間に終わった。ノートを取っていなかったら、友人たちが見せてくれた。

 俺、友人に望まれていると嬉しくなった。



 放課後になって菊池さんに声をかけられる。


「津野田君、今日も図書室行くなら一緒に行かない?」

「行く!」


 菊池さんから誘われるとか、嬉しい。俺は喜びながら菊池さんと共に図書室に向かった。

 その間、菊池さんはずっとお勧めの本の話をしていた。好きな本の話をしている菊池さんは、普段よりもにこやかで、そういう菊池さんを見れるだけで俺は幸せな気持ちになった。



 菊池さんがこういう顔をしてくれるっていうなら、本を読むのが苦手でも幾らでも俺は読めるよ! ってぶっちゃけ思うぐらい。



 図書室に辿り着いて、菊池さんがまたお勧めの本を持ってきてくれる。その中から一つ選んだ後に、ふと魔が差した。というか、菊池さんをきゅんきゅんさせたいと思った。


 なので俺は菊池さんに、「……あの本の再現してみていい? どんな感じか。それでまた盛り上がろうよ」って。急にそういう台詞を言い始めたら変人にしか見えないし。仲良くなれたのに引かれたくないし。



 菊池さんが壁際に立った。そこに俺が壁ドンする。……本のシーンの再現だけど、菊池さんを見下ろして壁ドンって超恥ずかしい。いや、でも役得じゃね? 菊池さん可愛いし。こんな至近距離で菊池さん見れるとかドキドキするな。やべぇ、俺の表情凄い緩みそう。

 いやいや、そんな表情は駄目だ。明らかにあの本のシーンって、もっとまじめな顔しているし。



「――今野ちゃん、悩んでいるなら俺に言ってよ。俺は今野ちゃんには笑っててほしいんだ」


 って、恥ずかしい!! 滅茶苦茶恥ずかしいけど、キリッとした顔を心掛けて言った。


 菊池さんは今野ちゃんの演技をして、驚いた顔をした。その後、「ありがとう」と笑った。ああ、可愛い!! てか、菊池さん凄い表現力あるよな。これはあれか、好きな本だからだろうか。


「なんか、恥ずかしいね」

「あ、ああ」


 恥ずかしいっていう菊池さんの言葉に、俺も我に返って菊池さんから離れる。


 俺が菊池さんをきゅんきゅんさせようと思ったけれど、俺の方がきゅんきゅんってかドキドキってか、惚れ直してる気がする……。



 ああ、でもこうして菊池さんのお勧めする本をどんどん読んでいけば、こんな風に菊池さんとの距離が縮まっていくってことだよな。



 ……うん。俺は菊池さんと仲良くなりたい、っていうか、出来たら彼女になってほしい。だってちょっと話しただけでもこんなに嬉しいし、好きだなって思えるんだから菊池さんと付き合えたら俺、絶対幸せだよ? 幸せな気分でいっぱいになるって断言できる!

 そう思ったので、俺は本なんて読む習慣ないけれど、どんどん読んでいくことにした。




 菊池さんは本当に本が好きで、「小説を読むというのはね、その世界に浸れるの。文章からその小説の世界を感じることが出来て、その世界でキャラクターたちが生きていて、物語って本当に面白いんだよ」って俺に語ってくれていた。


 菊池さんがお勧めしてくれた本の中でも残念ながら俺には面白いと思えなかったものもあったけれど、「面白い面白くないは好みがあるからね。色んな本を読んでいく中で、自分がどんな本が好みなのか探して、その好みにマッチする本が見つかったらとても幸せな気分になれるの。津野田君の好みの本、一緒に見つけていこうね」って笑ってくれた。


 俺は本を読みたいから! ではなく、菊池さんと仲良くなりたいからっていう不純な動機で本を読み始めているのは純粋に喜んでくれている菊池さんに罪悪感を覚えるが、まぁ、今は本を読むことも楽しんでいるから良しとしよう!


 っていうか、普段、あんまり喋らないのに好きなものに関しては語りだす菊池さんが俺は好きだって思う。




 ――それから、早一か月。





「菊池さん、滅茶苦茶この本、面白かった。俺さ、こういうキャラすげぇ好きだなって思って」

「うんうん。だよねぇ。この人は凄くかっこよくて、なおかつ可愛くて……」



 ある時には読んだ本の登場人物について語り、


「女性向けの悪役令嬢もの? ってのも読んだけど、一生懸命頑張っているのもいいよなぁ」

「そうだよね。悪役令嬢ものは凄く流行ってて色々あるんだけど、男の人でも楽しめるものが沢山あって――」


 ある時には本を読み始めるまで知らなかった悪役令嬢ものについて語り、


「菊池さん! この本読んだことある? 凄い表紙からして期待度マックスっだったんだけど、読んでみたら最後が凄くて」

「これ? いや、読んだことない! 津野田君、貸してくれない?」

「オッケー! 是非読んでくれ。俺は今すぐでも語りたいんだ!!」

「分かる。面白い本読み終えると、是非語りたくなるよね。すぐ読むから待っててね!! 読んだらまたLineで知らせるよ。もしかしたら電話するかも」

「おう。是非、頼む」


 ある時は俺が買った本を菊池さんにお勧めする。



 ……見て分かる通り、本なんて読む習慣がなかった俺だが、菊池さんにお勧めされた本を読み、菊池さんに本を読む楽しさを教わり……なんというか、すっかり読書家になってしまった。


 なんていうか、俺が菊池さんを落とそうとしていたのに、菊池さんの手によって俺は読書沼にすっかり落とされていた。いや、だって読書、マジ楽しい。面白い本に出合えた時の快感っていうの? 読み終えた時の興奮っていうの? すげぇ、楽しいんだよな。

 友人に、「どうした、大悟!?」って言われたけど、俺は読書の楽しさに気づいたのだ。

 さて、すっかり、菊池さんと読書仲間になってLineもするし、電話もするし、一緒に本屋にも行ったりする仲になった。



 しかしだ……、なんていうか、逆に親しい友人になり、俺は逆に告白しづらくなって告白できていない。

 だってさ、怖くね? これで告白断られたら、この楽しい空間がなくなるんだぞ? 

 それを思ったらヘタレだと言われようとも怖いとしか言えない。



「どうしたの、津野田君」

「なんでもないよ」


 今、俺は図書室で本を読んでいる。菊池さんも俺の向かいの席に座って本を読む。いつも図書室の端に位置する机が俺と菊池さんの定位置となっている。


 ひとまず、今は告白はしない。

 もっと仲良くなって、距離をつめて、好きな相手がいないか探って――それから告白したいと思う。


 とりあえず、今の目標は菊池さんを下の名前で呼べるようになることだ! と決意している俺は、菊池さんが本を読んでいる俺を見て嬉しそうに笑っているのに気付くこともなかったのであった。





 



 




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