第三話 魔法使いの弟子
十分後には、テティスは街を練り歩く祝賀パレードの中心、豪華な馬車の上にいた。
――なんでなんでなんでなんで?
意味がわからない。隣には王子様がいて、群衆に手を振っている。話の流れから察するに自分はどうもこの王子様に求婚されて現在は結婚パレード中らしいが、そんなものを受けた覚えも了承した覚えもない。
「――テティ! テティス!」
振り向くと、友人が必死に手を振っている。
――マイラ!
彼女は人をかき分けて馬車に駆け寄った。
「結婚おめでとう! って言いたいところだけど、そういうわけにもいかないわね!」
”なんなのこれ! なんなの!?”
「パリス殿下だからよ! それ以上の理由はない! でも大丈夫、あなたを救ってくれるひとはすぐそばにいるでしょ!?」
思わずマイラを指差す。
「私じゃないわよばか!」
言って、彼女はテティスの手をとった。何かを握らせる。
”これ……”
手を開くと、そこにはテティスの作った新作、『恋のアミュレット』があった。
「自分の気持ち、ちゃんと伝えなさい!」
テティスの後ろを指差すマイラ。いつの間に一周したのか、パレードは再びテティスの店の前まで戻ってきていた。テティスは頷き、アミュレットをぎゅっと握って一心に想う。
――お師匠さまっ! お師匠さまっ! どうか、どうか届いてください! お師匠さま!
届くはずなかった。あの扉の向こう側は自分たちが寝泊まりする洞窟で、こちらの音は一切届かなくて、それでも、だけど、
「――その結婚、待ったぁあ!」
魔法で大音量にしたペレウスの声が響いた。
「テティス! どこだ!?」
夢かと思った。引き篭もりの師が血相を変えて店から飛び出して、自分を呼んでいる。
「くそ、なんだこの騒ぎは……! おい、パリス! パリス! 待てこら!」
群衆に阻まれて動けないペレウス。しかしパリスは先の声に気付いて馬車を止めると、
「ペレウス! 我が友よぉ!」
心の底から再会を喜ぶように破顔して、馬車に近づいて来たペレウスへ両手を広げた。
「久しぶりじゃないか! 相変わらず顔色が悪いねぇ! 今にも死にそうだ!」
「これは一体どういうことだ! テティスと結婚する気か!?」
「結婚……?」
ぱちくり、とパリスは目を瞬き、そして、
「…………ははぁん? そういうことか、ヘーラーめ」
「なんだその悪巧みしてますって目は!」
「ふっふっふ、はーっはっはっは! その通り、テティスちゃんは僕が貰う!」
「ふざっけるなっ! こいつは俺の弟子だ!」
「王子の僕に逆らえるとでも?」
「くっ……!」
悔しそうに
「お前ぇ……!」
一触即発。
冷静さを失ったペレウスは今にもパリス王子に魔法を撃ちそうな気配さえある。パレードの華々しい雰囲気は吹っ飛んで、王子の警護にあたる兵士たちが力づくでペレウスを止めようと、腰の剣に手を掛けた。
その時である。
”待ってください!”
特大のメッセージが馬車の上に出現した。広場のどこにいても見えるようなほど大きい魔法の文字だ。
発信者はもちろん、
「――テティス」
ペレウスが弟子を見る。
その弟子は、何かを決意したように二人の男を見詰めていた。その手には彼女が自ら作った『恋愛成就』のアミュレットが握られている。馬車のわきで彼女の友人が「頑張れ」と頷いたのを二人は知らない。
テティスはすぅ、と息を吸うと、ばばばばばばばっ、と一心不乱に空中に文字を書き出して、書き終わって、書き終わったのに、それでも迷って、目をぎゅっと閉じてから、さっきよりも大きい文字にして頭の上に表示させた。
”私っ、お師匠さまのことが好きですっ! 大好きですっ! 大大大好きですっ! だからパリス王子とは結婚できませんごめんなさいっ!!”
愛の告白だった。
「テティス、お前……」
呆然とその巨大文字を見つめるペレウスに、パリスが尋ねる。
「ペレウス、君はどうなんだい?」
「俺は……」
目をぎゅっと閉じたまま、祈るようにその言葉を待つテティス。
彼女の大好きなお師匠様の口が、
開いて、
「――俺もテティスと共にいたい」
にぃっまぁ~、とパリスの口が裂けるんじゃないかというくらい釣り上がった。
「――みんな! 聞いてくれ!」
あまりの事態に呆気にとられていた群衆へ、パリスはこういう時だけ実に王子らしく堂々と言い放つ。
「今日結婚するのは僕じゃあない。あー、でも大丈夫! それよりもっと楽しいよ!」
第三王子は親友の魔法使いを掌で示した。
「ベヘリアが誇る大魔法使いペレウスと、その弟子テティス、今日は二人の結婚式さ!」
しぃん、とした。
直後、割れんばかりの大歓声が上がった。
もう止められない、とペレウスは頭を抱えながら思う。
馬車の上だった。主役の交代した結婚パレードは再開し、街中の人達がペレウスとテティスを祝福していた。別の馬車で群衆に手を振るパリスが我が事のように嬉しそうである。
「やられた……」
よくよく話を聞いてみると、そもそもパリスは結婚相手ではなく、新しい『宮廷魔法使い』を探しに来ていたらしい。
「ちゃんとヘーラーにはそう伝えてあったよ。やられたね、はははっ!」
そう。結局はヘーラーにハメられたのだ。『結果的に全てを丸く収めてしまう天才』なパリス王子を使って、あの親代わりで何かと小うるさい魔女は自分たちを結婚させたのだ。
――お師匠さま……?
念波が飛んで来る。弟子の、おずおずとした声が頭に響く。
――やっぱり、お嫌ですよね……? 私とだなんて……。さっきのは場を収めるために言っただけで、お師匠さまの本心ではないんですよね……?
弟子を見る。上目遣いにこちらを伺う視線が、ペレウスの胸に刺さる。
ため息を付いた。わかっていた。知っていた。ヘーラーやパリスに背中を押されるまでもなく。
テティスの頭を、帽子の上から撫でてやる。
「嫌じゃない」
微笑んで、その一言だけ、告げた。
告げられたテティスは、その言葉の意味を理解するのにわずかばかりの時間を要して、
――お師匠さま……! お師匠さま!
喜びが爆発した。
大好きな人と、同じ想いを抱いているのだ。
――お師匠さまと結婚できるんですね! 夢じゃないですよね!?
頷いたペレウスが、尋ねてくる。
「お前は本当に良いのか、テティス」
――もちろんです、お師匠さま!
満面の笑みで、テティスは答えた。
――私はずっと、ずぅっと、お師匠さまをお慕い続けます。
ペレウスが息を呑んだ。テティスはそれだけで十分だった。それなのに、
「テティス――」
いつものように自分を呼ぶ声と、
――お前を愛している。
脳裏に、優しく染み渡るような、大好きな人の声がした。
――え?
とテティスは呼吸を忘れる。見ると、師もまた、驚いた顔をして――いや、その表情はまるで、しまった、伝わってしまった、とでも言いそうなもので――。
口は動いていなかった。
声も出てなかったはずだ。
しかし確かに聞いたのだ。
いつも耳に聞いている師の声が、テティスがそうするように、思念で飛んできたのだ。
がば、とペレウスに近付くテティス。もう嬉しくて嬉しくて仕方ない。いま死んでしまってもいいくらい。いや、だめ、うそ。せめて、せめてもう一度聞くまでは死ねない。
――お師匠さま、お師匠さま! いま! いまなんと仰りましたか!?
「……知らん」
ペレウスはバツの悪そうな顔で横を向く。テティスはその仕草に確信を抱いた。
――いま仰りましたよね! 愛してるって!
「言ってない」
――お願いですお師匠さま! もう一度、もう一度だけ仰ってください! ちゃんと聞きますから! お耳を澄ませて一文字たりとも聞き逃しませんから!!
「いいから、黙ってろ」
そう言って、
――……へ?
唇に柔らかい感触。無造作に自分の顎を掴み、顔を上げさせるその手すら愛おしい。
ペレウスにキスをされた。
たぶんそれが、きっかけだったのだ。
顔を離したペレウスに、テティスは呆然と『呟く』。
「――お師匠さま」
思わず口に手を当てる。
「テティス、お前、声が――」
驚いた師は、ゆっくりと表情を変えていき、「良かったな」
嬉しそうに微笑んでくれた。
ああ、とテティスは思う。
やっぱり自分は、この人が、
「――大好きです、お師匠さま」
「ふん。……知っている」
やっぱり横を向くお師匠さまに、おもいっきり抱き着いた。
* * *
その洞窟には、魔法使いとその弟子が住んでいる。
今日もさざ波の音に混じって、二人の会話が聞こえてくる。
「お師匠さま、どうです私の声! 美しいでしょう? お師匠さまのために歌を唄って差し上げますよ! らーららー」
「はぁ……。黙っていれば可愛かったのに」
「それもっと早く言って下さいよぉ!」
元人魚のテティスは、魔法使いのとびきり明るい弟子である。
今日も明日も、明後日も。
捨てられた人魚は魔法使いの弟子になる 妹尾 尻尾 @sippo_kiri
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