第3話 いつかその料理が完成したら(side m)

 俺は昔から家事が得意だった。と言うのも、当然その背景に適する事情があったわけだ。

 母を早くに亡くしてからは、父は忙しく、さすがに家のことにまで手が回らなかった。かといって、カップラーメンとか惣菜で済ませるのは父は嫌だったらしく。俺は懇願されてなお、小学生で料理教室だの、料理雑誌だのを読まされることになった。

 まぁ、最初は嫌だった。なにせ、料理なんて男が似合うなんて思っていなかったし、中々手間のかかるものだったからだ。

 けれど、父の忙しさに対しての同情心や、妹への考慮なんかを考えていたら俄然とそうは言ってられず、次第には中々料理の楽しさを見出し、好きになっていたのだ。よくわからないものである。

 

 そして、俺がそんな風に小学生時代、中学生時代と料理に常に深く関わっていき、知らぬ間に高校生になっていた。今思い返しても、高校受験の忙しさよりも、当時の料理のアイデアのほうが頭に残っている。

 

 そして、高校生になった俺は当然のことながら、帰宅部に入る予定だった。俺の通う高校は9割がどこかの部に属しているらしかったのだが、俺は別にそんなことを気に留めなかった。

 でも、何の噂を聞きつけたのか、俺は同級生の女の子に、ともに料理研究会に入って、料理を教えてほしいとたのまれたのだ。どうやら、彼女は俺の料理の腕を知っていたらしかった。

 最初は断ろうと思っていた。けれど、俺は彼女を知っていたのだ。彼女は確か、同じ中学の同級生で、クラスの出し物なんかをともにやった。あんまり具体的に覚えていないのは、おそらく当時の忙しさゆえの忘却なのだと思う。俺は過去のことはほとんど覚えていない。悲しいことに、覚えているのはどんな料理を作って、どんな家事の方法が最も合理的であるかぐらいだった。俺はすべて家のせいにするつもりは一切ないが、まぁ青春の一部をささげたといった点では密かに後悔はしていた。


 悩んだ末、最終的には妹が入った方がいいと念を押し付けてきたので、俺は入部することにした。ただし、条件をつけて。それは

『彼女の料理の腕前が満足いくほどになったら、退部させてもらう』

 ということだ。


 

 そして現状は、まだ半年たってもなお俺は退部していなかった。


「ここの切り口はもう少し深めのほうがいい」

「う、うん」

「この風味をより芳ばしくしたいなら、ちょっとタレは煮詰めた方がいいな」

「うん」


 まぁ、そんなこんな俺は手本を見せつつ、彼女に料理を教えている。

 正直に言って、料理と言うのは一対一。言わば、人と食材の対面しあうものなのだ。だから、俺の観念からすれば、こういう料理を教えるという形はどこか斬新で慣れない。

 けれども、はっきり言って、悪くはない。

 こういう感覚は慣れていないだけで、非常に心地いいのだ。共に行く食材の買い出しも、他店に行っての料理の講評など。俺には足りなかった感情の成分が満たされていく。もっとより中学時代彼女を知れていたらなぁ、なんて時々、女々しいことも思う。


 でもいつかは終わる。彼女の腕前が満足にいくほどになったら俺はここを去るのだ。今となっても、俺はあの条件を取り下げるつもりはない。さすがに、宣言撤回はかっこ悪いからだ。


 煮沸する音が鼓膜に響く。

 辺りは他の料理系の部ががやがやと騒がしい。

 そんな最中で、ただ俺は彼女が食材と向き合うその真摯な目を横目で見ながら、こんな時間がまだまだ続いたらなぁ、とそんなことを考えるのだった。



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