第2話 静かな文学部(side w)
私は昔から、表情の乏しい人間だと言われてきた。
子供の頃はそんなはずじゃなかったけれど、そんなイメージが私の中にも次第に定着していって、私は表情を変えることが少なくなった。
私は結局変わらないままで、高校生になり、誰もいない文学部に入って、一人のっそりと本でも読んで、高校生活を過ごそうと思っていた。
それで、いないはずの文学部の扉を開けたら、彼がいた。
今でも覚えている。窓から差し込んだ冷たい春風が私の髪を揺らしたことも。
私は彼がいたことによって、入部をどうしようかとも思ったけれど、しぶしぶで結局文学部に入ることにした。
そして、月日が経って。私はあることに気が付いた。
それは無意識に私はこの場にいて、心地がいいと感じていたことだ。
そんなことは今までで、一度もなかった。常に、誰かから噂をされ、悪口を言われ、そんな生活を送ってきた中で、こんな風に感じたことが一度もなかったのだ。
おそらく、その要因は彼が多く語らず、さらには私のことを一切詮索しようとしないからだろうと思う。
そんな人には初めて出会った。いつも誰もがみんな、私の無表情っぷりに質問し、勝手に解釈し、勝手に結論をつけていた。でも、彼はそうしない。
いや、きっと心の中では「なぜ、彼女はここまでの無表情なのか」とは考えているとは思う。でも、私はそんなことを口にしないでいてくれるのがたまらなく嬉しかったのだ。
そして、彼は何も否定しない。
評論の時だってそうだ。
本当はもっともっと感想を具体的に言わなくてはならないのに、私はいつも単純に一言で済ませている。
それでも、彼は否定することなく、逆に言えば、同じように賛同してくれることもある。
そんな風に私は彼のことを思うと、かつてない感情に胸が支配されることがある。私はこの感情を知っている。その感情の吐き出し方も知っている。
でも、今はまだそのままにしていたい。
関係を崩したくないのだ。
いつまでも、こんなぬるま湯に浸っていたい。
だから、私は少しずつ、固定された自分の像を溶かしていくように、彼がきっと受け入れてくれるように、少しでも努力がしたい。
私の努力の方向性は間違っているのかもしれない。
けれども、私の人生経験は心情においては、非常に乏しいのだ。だから、この方法しか知らない。
昔の自分を、過去の自分の像を打ち砕いていく。
私を変えてしまったあの言葉を忘れるように。今と昔を分離するように。
そう。ただこの心地よさを表すだけでいいのだ。この楽しさを表すだけでいいのだ。
静かな部の窓辺から風が吹き込む。風はあの頃と違って、少し生ぬるかった。
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