勇者無双

「エニスさん、本当に大丈夫ですか?」

「ええ、問題は一切ありません。そのためにこの場所を選んでいただいたのですから」


 まただ。

 武虎さんからの確認は道中を合わせて5回目。流石に返答も面倒になってきた。


 条件は揃っている。

 今から俺がするのは一方的な蹂躙でしかなく、気にかけることなど微塵もないというのに、彼はそれを未だに信じられない様子だ。もっとも、彼にとっては借りてきた猫に付き合わされている心境だと思うと仕方もない。


「それにしても、あるんですね。部外者のいない地下の秘密基地なんて」

「それはそうですよ。何かの事業所に擬態していない場合の多くはつまるところ秘密基地ですから、部外者など立ち入らせる方が稀です」


 武虎さんは大きくため息をついた。

 相変わらず口調こそ丁寧だが、そんな事も知らない子どもに俺は付き合わされているのかとでも言わんばかりな本音が透けているが、それで良い。その方が事後の評価に差が出て面白いというものだ。


「エニスさん!? 分かってますよね!!? あそこは事業所じゃないのです。つまりは戦力の保管場所なんです。人員は荒ごとに特化した強面、日本刀、拳銃だってあるかもしれない……」

「はあ……」


 武虎さんが心配する間隔が早くなる。

 どうやら目的地は近いようだった。一応都内ではあるが最寄駅無人駅から徒歩5分、人目につかず、都心への交通も悪くない、なるほどなかなか悪くない立地だ。自生しているのだろう不規則に生える木々、小鳥の鳴き声、道は土くれで家はどれも木製家屋。更に驚いたことに庭がある。そこには都内来て日の浅い俺が考えていた鋼鉄都市の印象とは真逆の風景が広がっていた。


「ここ……ですか?」

「間違いありません」

「……」


 到着したらしい。

 しかし、それは一見ただの平屋にしか見えない。手入れされた形跡の無いツタや雑草が窓にまでのびている様な平屋で見渡す限り人気はない。暴力団と聞いてなんというか、こう、オフィスビルの一角に城を構え、敷かれた虎の絨毯や日本刀が飾られている壁の様な印象を受けていただけに随分肩透かしだ。


「確認しますがこの中央のドアの奥、畳の下にある出入り口が唯一通路なんですね?」

「ええ、既に調べはついています。外装はとにかく、地下の内装は近代的で広さもあります。平時から十数名の人間が潜んでいるはずです」

「そうですか……」


 情報が確かなら、中は本格的だ。

 まさに凶悪な組織の秘密基地といったところ。


「しかし、こんなのどかなところに居を構えて十数名、地下で彼らは何をしているんですか?」

「今はパソコンがあればどこにいても仕事はできますから、所謂テレワークの様なものかと……」

「それはまた近代的ですね……」


 いけない。どうにも緊張感が出ない。

 暴力団、ヤクザ、任侠などの響きに対してテレワークという分野の相性が悪すぎる。


「何にせよ、出入り口が1つというなら事はすぐ済みますよ」

「なっ!? エニス君!!?」


 俺は制止を無視して家内に入った。

 慌てて追従した武虎さんは俺の肩を抑えた直後、その音に驚き目を向けたまま口を開いて固まった。


「これ……は!?」

「サイコキネシスで家屋を畳の上に転がしただけですが、これで彼らは畳の下から出れなくなりましたね。後は催涙ガスか何かで動けなくして駆除するだけです」

「そんな……害虫駆除みたいに……」

「虫ではないですが……そういう計画ですから」

「……なる……ほど……」


 作戦通り。

 暴力団退治はこれで完了。これなら、武虎さんの評価を改めてさせる目的も達成できただろう。そう思った時だった。


「なんだ!? 外に出れねぇ!!」


 どうやら畳の下で害虫が気づいたらしい。


「ああ、馬鹿が気づいたみたいですね」

「エニスさん……あなた思ってたより口が悪いですね」

「ああ……今回はメディア不在ですし、内密にお願いします。テレビでは印象が大切ですから」

「はあ……大した人だね。君は……」


 思わず自が出たが武虎さんは苦笑して済ませてくれた。

 結果的に言えば、俺としては気にかけることが減って楽になった。


「なんだ!? 誰か居るのか!!? まさかコレはお前の仕業か!!」


「だったらどうした? 次からは非常口をちゃんと設けるんだな。君たちでは知らなかったかもしれないが、世の中のルールっていうのは必要だから今のルールになってるんだぜ」

「エニス君、あまり煽らない方が……」


 気づいたところで何ができるものか。

 畳の上に積んだのは本棚や大型クローゼットに冷蔵庫をはじめとしたこの部屋にある引越し業者が苦い顔をしそうな物品オールスターだ。この総重量を持ち上げる手立てなどあるはずもない。


「言ってくれるな。だがお前、俺たちが誰か分かって喧嘩を売るなら詰めが甘いんじゃないか?」

「は? どう考えてもお前らはもう詰んで……」


 詰んでいなかったらしい。

 突如響いた爆薬でも使ったかと思う様な轟音。辺りを舞う土煙。


「ひぃ!!?」

「武虎さん。あんたその強面で酷いギャップですね」

「そ……そそそんなこと言ったってしょうがないじゃないですか!!」


 やれやれ、何も解決していなかったらしい。

 暴力団の無力化も、武虎さんの評価を上げることも確かに詰めが甘かったのかもしれない。土煙を通して映される人影は8名分、事前情報よりやや少ない。


「武虎さんは下がっていてください」

「遅いよおぉおおお!! もうダメじゃん!? 銃持ってるじゃん!? あれサブマシンガンだよ? 私のは拳銃だよ? 勝てるわけないじゃんんんんんん!!! 無理じゃん!!」

「……」


 ……武虎さんに話しかけるのはしばらくやめよう。

 両手で抱える形状の銃や長く鋭い刀の形状はシルエットであっても、クイズになり得ないほど分かりやすく独特のフォルムで、それは彼にとっては手に負えない驚異なのだろうが、俺はその先頭に立つ武器を持たない人影こそが1番危険に思えてならない。


「ハチの巣にしてやろうか!!」

「……出来たら褒めてあっげますよ」


 日本とはいえ、仕事柄手慣れている。

 連射式の銃を構えた男が左右に各2名、円形に位置どり引き金に手をかける。


「なっ!?」


 男たちは銃の引き金を引いたまま固まった。4人揃って銃が機能しなかったのだ。


「ハチの巣がなんでしたっけね?」

「くそ!! 整備不良か!! こんな時に……」


 もちろん、原因を作ったのは俺だ。

 銃とはつまり銃弾を飛ばす武器だ。飛ばす動力はどの形状の銃も一律して火薬、つまり火であり、俺は火を操る超能力がある。実戦で銃と対峙したのは初めてだが、思った通り推進力となるはずの火を消化する事で無力化できた。恐らく、バズーカやミサイルでも同じ要領で対策できそうだ。


「もういい!! 日本刀でやれ」

「ウス……」

「……へぇ」


 その掛け声でようやく彼らの上下関係が見えた。

 意外にも先頭に立つあの男が1番高い地位にあるらしく、それは容姿から下っ端と決めつけていた俺にとっては意外なことだったが、今は襲ってくる刀に意識を戻そう。


「……それは予習済みだよ」


 日本刀の斬撃が迫ってきているとは思えない穏やかな心境だ。

 なぜなら、それは俺の体に届かない事が約束されているのだ。理由は、俺が使うサイコキネシスにある。基本的に物を動かす能力だが、ある日この力の用途に疑問が湧いた。サイコキネシスで物を動かす時に実行する見えない手の様なもの、これはどれくらいの耐久性があるのかという疑問だ。強度、温度の変化、耐衝撃、もちろん斬撃も含めた様々なテストを行い、俺はこの耐久性を信頼できる盾になると確信したのだ。


「日本刀が……止まった!?」

「念動壁……は、語呂が悪いな。だが、よしとしようか」


 俺の胴体を狙う刀の軌道に展開した念動力の壁が刀を止める。

 敵は8人だ。5メートル程度上空に拘束すれば大抵の人間は無力化出来る。10人以下ならばそれも難しくはないのだが、この念動壁の方が体への負担がはるかに軽い。それに、今回の相手は組織である事を考えると手の内を全て明かすのは賢明とは言えない。


「さて、次は俺のターンだな」


 俺は、剣を握った事がないが、この剣は素人が持っても強力だ。


「念動剣……うん、ネーミングは今後の課題だな」


 とにかく、この剣は先の壁と同じく驚異的な硬度を誇る。

 その上、重さは無いし何より透明、不可視の剣だ。


「俺も鬼じゃない。切っ先は丸めてあるから安心して気絶するまで殴られろよ」

「なんだこいつ……こんなデタラメな……」

「ご愁傷さま」


 7人目の後頭部を殴打しながらそう言った。

 さて、銃を無力化され、刀は途中で動かない。その上、不可視の剣でタコ殴りとくればいかに屈強な彼らでも見せ場もなく地に伏せることになったが、さて、コイツはどう出るだろうか。


「お前……強いな」

「見てなかったのか? お前の部下に圧勝するくらいには強いみたいだぜ」

「ははは、どうだ。これが私の用意した奥の手『超能力勇者エニス』だ」


 おい、武虎。そう言う事はせめて草むらに隠れずにオレの横に立って言え。

 とにかく、敵のボスはまだ余裕がある。何か奥に手があるのだろうか。


「で、お前はいくら払えば俺の部下になる?」

「へぇ……そうきたか」


 勧誘か。それは、予想外ではあった。


「エニスさん? のらないでくださいよ!?」

「……貴方のためではありませんがね」


 武虎を見ていると寝返るのも悪くない気もした。

 だが、そうしたくない程度のプライドは俺にもある。英雄としての俺を慕う者もいる以上、化け物や悪人に堕ちる気にはなれない。


「おいそこのコスプレ野郎。世界の半分貰ってもお断りだ!!」

「馬鹿が!!」


 戦闘開始。

 ボスは黒服に隠れて分からないが、外見を見る限り犬科の魔物だ。耳、両腕と脚が魔物化している事を考えると人間よりも身体能力に長けるとは踏んでいた。


 それでも、まさかこのボスが瞬きの瞬間に姿を消すとまでは思ってもいなかった。


「所詮、動体視力は人並みだろう?」

「ぐっ!!」


 咄嗟に背後に展開した念動壁がボスの爪を防ぐ。

 人間大に巨大化された狼の爪の野生感に背筋が凍る。


「いつまで耐えられる?」

「これは……ヤバイかもな」


 非常にまずい。

 念動力で捕縛するにも動きを捕らえられなければならない。その上、ボスのさっきの攻撃は全力では無いらしく、更に加速した彼の姿は残像を生じさせている。まともに避けられれる攻撃は1つもないし、俺の狙いはバレているのか一撃を防がれれば必ず距離を取るから捕縛も難しい。


 戦闘向きの魔物がこれほど強力な化け物だとは思わなかった。

 こんな奴らが幹部に集う犯罪組織か。なるほど、最悪だ。


「どうした? 反応が遅れてきたぞ?」

「ここまでか……」


 諦めよう。これは認めるしかない。

 残像との波状攻撃全てに壁を作ると攻撃の隙がない。息の切れる様子もないボスに対して俺はどんどん体力を奪われていく。このボスは強い。俺はこのままでは勝てない。


「人間にしては頑張った方だが、ここまでらしいな」

「くそ……」


 間に合わない。

 遂に、俺の念動壁が間に合わずボスの爪が迫ってきた。


「終わりだ」

「……ああ、これでゲームクリアだ」

「なに!?」


 ボスの爪は確かに俺の首に触れた。だが、俺は無傷だった。

 念動壁の応用、身体を覆う様に展開した極薄の念動物質がボスの攻撃を防いだ。


「戻りが遅れたな」

「……しまった!?」


 油断大敵。

 ボスが勝利を確信して足を止めた瞬間、俺は彼を囲うように念動力

壁を展開していた。


「残念だよ。この技はまだ隠しておきたかったのに」

「く……化け物め」

「おいおい、滅多なことを言うなよ。テレビの前の僕は『天啓を受けた好青年』なんだからね」


 結論から言えば圧勝だった。

 魔物化テロリストは予想よりは強敵だったが、俺の敵ではないようだ。これなら、このまま警察に加担していけばメディアにもかなり反響があるはずだ。


「……」

「さ、武虎さん? 僕の活躍、しっかり宣伝してくださいね」

「は……はい……」


 緊張の意図が解けたのか、呆けた武虎にダメ押しの営業。

 因みにコイツ、途中から静かだなと思ったらどうやら失神していたらしく、ズボンにシミまでついている。


 今日の成果は大躍進と言って差し支えないだろう。

 情けない男だが、彼は国家権力との貴重なパイプだ。捕縛したボスをパトカーに乗せ、俺は武虎と別れ事務所に帰る事にした。


 



 












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魔王の従者ー偽りの勇者ー 不適合作家エコー @echo777

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