メラミ(赤)
「話しは分かった。かまわないぜ」
「そ、そうか。それは助かる……」
即答だった。
決めている事を話す時でも相手の様子を伺う青髪の時の彼女とはまるで正反対で、(下着以外)同じ服を着ていても同一人物とは思えない。もしも、これが俺をからかう為の芝居だとしたらいっそ騙されても誇らしいほどの演技力だ。
「で、お前はどっちの私に出て欲しいんだ?」
「どっち!?」
「好きに答えろよ。私か、それとも青かだよ。どっちに出て欲しいんだ?」
「それは……」
なんだこれは。
なぜ俺は今、初対面の女に二股の修羅場の様な台詞で迫られているのだろう。身に覚えがなくてもこれは発言し辛い。非常に。
「いいんだぜ? 私もこれで、お前には感謝してるんだ。協力してやるから、お前の好みで決めてくれよ」
「そ……それはだな……」
赤の芽良はそう言うと思い切りの良い満面の笑みを向けた。
女性的というより少年の様な屈託にない笑みはいつまでも見ていたい様な笑顔だったが、場面が場面だけに、そうも言っていられない。
短く思案。
思案したのはどちらかではなく、どう理由をつけるかだった。
「今回は、ディレクターが青の君に出て欲しいと言っていた……だから、悪いが今回は青髪の君で来てくれ」
「ふーん……そう、まぁ、いいけど?」
そうは言うが、赤の芽良は明らかに不満そうだ。
そして、少し時間をおいて言った。
「じゃあ、生放送は青に譲るよ……あぁそうだ! その代わりって訳じゃないけど……私をお前のチームに入れてくれよ」
「なに!? 急な話だな」
いや、それはそうか。
彼女と出会ってまだ数時間、特に赤の芽良にとは数分前に初めて顔を合わせたのだ。急でない話題などそもそもあり得ないのだが、なぜだろう。彼女と話しているといつに間にか昔馴染みの友人と話している様な錯覚を受ける。
「これでも腕には自信があるんだがどうかな?」
「……」
二丁拳銃、合法のエアガンであると願いたい。
赤の芽良がした両手で引き金を引く動作はまるでそこに銃がある様に見えるほどに手慣れた動作だったが、本音を言えば俺のチームの選定で戦力という項目はあまり重要ではない。なぜなら俺が自分の負けるイメージを想像出来ないからだ。
「あ? あんまり響かないみたいだな」
「あぁ……そんな事はないよ」
ただ、動画の編集が上手い灰崎(仮)と俺。
今の事務所は男部屋でむさ苦しいし、女性がいれば世間に対する発信で人気も稼ぎやすいだろうとは思った。芽良はそれが務まるくらいには美人だし、スタイルも良い。
「な……なんだよ。私のこと、そんなにじろじろ見るなよ」
「あぁ、悪い」
慌てて視線を外す。
だが、手遅れだった。芽良は頬を軽く赤らめると両手を肩に置いて胸を隠し、組んでいた足を下ろしていた。やや気まずい。
「別に良いさ。お前は私達にとって恩人だ。これくらいで嫌ったりしないよ」
「……そうか。それは……」
ありがたい。
俺に好意的だと言うのは有難い。戦力になることより、モデルの資質があることよりも断然だ。なぜなら、俺の最大の敵は自分の超能力が世間に化け物扱いを受けかねないという懸念だ。仲間が増えれば俺が派手に超能力を扱っても、成果に関しては人数で等分される分現実的な印象になるだろう。
「じゃあ、改めて……」
「あぁ!! よろしく!!」
そう言って差し出された手と会心の笑顔に俺は考えを改めた。
いろいろ考えたけど、それはどうでも良かったのかもしれない。こんなに好意的(青髪の芽良に至っては献身的)な女性が近くにいてくれる。不満などあるはずがない。
……
結論から言おう。
生放送は滞りなく終わった。
「よく撮れているな」
「『理不尽な悲劇』『勧善懲悪』『ヒーローへの感謝』……典型的なお涙頂戴ものだな」
「悔しいけど、青に任せてよかったよ」
3人がけにはやや狭い事務所のソファーに座って、録画された放送を見る。
どうやら、今日は赤の日らしい。赤の芽良は小さくため息を吐きながら言う。彼女たちは特別不仲という事はない。ただ、おやつを取り合う兄弟の様に体の主導権を取り合っている。そういう印象だった。
「SNSの反響もすごいな。魔物化対策への期待の声に芽良へのファンコール……お、俺の事も載っているな」
「そのうち『エニス君カッコいい』などの発言360通は私が用意した適当なアカウント、要するにやらせだがな」
「お前なぁ……」
それは、聞きたくなかった。
ザキが俺を褒める姿など不気味でしかない。知らなければどこかの美少女が応援してくれていると思っていられたというのに。
「仕方あるまい。私の仕事は情報操作。お前たちの活躍を10倍、100倍に評価させるのが私の仕事だ」
「まぁ、そうなんだが……」
釈然としないが、間違いではない。
ザキの間違いではない事を可能な限りいかがわしく発言する才能は今日も絶好調だった。そして、彼の『宣伝』の成果もあってか仕事の連絡は急増した。
『魔物退治の依頼』『番組出演の依頼』『参入希望者の面接』
連絡には大きく分けて3つの案件があった。
魔物退治は俺たち勇者の本分だ。これを疎かにしてはいけないが、依頼料や勇者募金による手当ての利率が良い訳ではない。収益見込みだけで言えば番組出演とその後に発生する個人への募金の方が期待できる。
「今は芽良もいるんだ。分担でいいだろう」
「分担……つまり?」
ザキの提案。
俺が魔物退治に出向き、芽良が番組出演。
「面接は私がしておく」
「え? それは、ダメじゃない?」
「……ほら見ろ。日の浅い芽良にまで言われているぞ」
「酷い偏見だな。私は指示を違えた事はないぞ」
「あぁ、指示に抜け目があれば積極的に事態をかき乱すけどな」
「それはお前に非があると言う事だろう?」
「……」
「エニス、この男本当に大丈夫か?」
「……はは」
ひと呼吸。落ち着け。
ザキが大丈夫じゃないのは今に始まった事ではない。むしろ最近はこんな奴がいても平和な世の中の方が大丈夫じゃないのではないかとさえ思えている。
「分かった。ならザキ、面接は任せるが……雇用人数は0人だ」
「ほう? 考えたな」
「ふん……俺だって成長する。目標は全て角が立たない様にお断りする事だ」
「いいだろう。任されよう」
ザキは、にやりと口角を上げる。
流石に雇用枠がなければ彼にもどうする事も出来ないだろう。それに実際、今は人材に困ってはいない。
「じゃあ、任せたからな」
ザキに念を押して事務所を出る。
ここからは別行動だ。俺は依頼主に討伐対象の魔物について聞く。芽良は青に交代して番組に出る。今度は料理番組だ。発端は打ち合わせに青の芽良が配った手作りクッキーがあまりにも美味かったのが原因らしい。普段は身体の主導権にうるさい赤だが、料理と聞いて青に譲る事を即決していた。
……
その依頼人の待つ建物に到着する。
独特な雰囲気の室内を案内され個室に入る。
「初めてきましたが、どうにも落ち着かない場所ですね」
「えぇ、ここは一般人が来る事はない場所ですから」
「……それで、今回の依頼というのは?」
「……」
依頼人は著名な格闘家にも見劣りしない強面の大男だった。
分厚く手に太い手首。丁寧な物言いがむしろ恐ろしく、眠った獅子を目前にしている様な気分にさせる。狭い個室の窮屈な机、スタンドライト、安物のパイプ椅子まで、そのどれもが居心地を悪くしていた。
「その前に、勝手ながら今回の依頼は個人的なものとして欲しいのです」
「……つまり、これは『この組織』としての依頼ではなく、『警視の武虎さん個人の依頼』ですか……」
「はい、その通りです」
警察の総意の依頼ではなかったのは、むしろ納得だった。
ただ、見るからに百戦錬磨のこの武虎さんが、態々外部である俺に自費で依頼を出す。それはどれほどのことなのだろう。
「慎重ですね……随分と」
「私はそれほどに恐れているのです。あの『魔物化テロリスト』達の危険性は計り知れない」
「なるほど、その絡みですか……」
それならば、多少の理解はできる。
『魔物化テロリスト』といえば恐らく日本に現存する中で1番危険な組織だ。魔物化した者が群れて悪事を働く事はままにあるが、その中でこれほどの規模のものは後にも先にも無いだろうと言われている。なぜなら、この組織の母体は日本有数の暴力団なのだ。
「確か、先日の『大型デパートジャック事件』も彼らの仕業でしたね」
「……あれは、最低の事件でした。……本当に」
俺達の生放送がSNSで注目を集めた日だ。
その効果を(ザキ曰く)もっとも阻害した事件だったが、彼と彼の組織にとってはそれ以上に苦々しい事件だった事を小刻みに震える、彼の大きな手が物語る。
「事件を媒体に暴力団が魔物化した者、魔物化被害者を雇用すると宣言した……でしたか?」
「……この数日だけでも、予測される組織の規模は何倍にも膨れ上がりました。それに、あの事件で優秀な同僚を何人も失いました……貴方の天啓だとおっしゃられる能力を疑いたくは無いのですが、我々の中には懐疑的な者が多いのが現状です」
「つまり、猫の手も借りたい状況……そういう事ですね」
「大変、申し上げにくいのですが……」
……なめられたものだ。
借りたのが『猫』か『虎以上のなにか』だったのかを教えてやろう……などという気持ちもあったが、それは謀らずも早々に達成するだろう取るに足らない目標だ。むしろ、『魔物化テロリスト』そのビックネームは『勇者』をする以上いずれ関わるとは思っていたもので、断る理由はない。
「分かりました。その依頼、お受けします」
「……ありがとうございます」
まぁ、とはいえだ。
まずは彼に『虎以上のなにか』を見せてやるとしよう。
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