第5話 勝利の果て

第5章 「勝利の果て」






白いシーツに、淡いパステルカラーのカーテン、そして薬品の匂い。



目が覚め気づくと、病院の一室でベッドに横たわっていた。


全身には包帯が巻かれ、点滴も施され全く身動きができない。



(あれって夢だったのかな・・・)



思い起こせば奇妙な話だった。


自覚は無かったが、自分は結構な厨二病なのかも知れない、と苦笑する。


その割には俺弱かったな・・・と、やたら強く、そして可愛かった女の子の事を思い出す。



(そっか、夢だったか・・・)



夢の中の自分は、少し前向きになれていた気がする。



(ひどい怪我だな、治ったらまた仕事か・・・まさかクビになってたりするのかな・・・)



考えても今はどうにもならないな、と今しばらく、怖かったが楽しかった闘いの事を思い出していた。



(あの子に会いたいな・・・)






エレベーターが開き、ひとりの女性がフロアに降り立つ。


手に花を持った女性は廊下を歩いていくと、ナースステーションの前に差し掛かり、笑顔でナース達に挨拶をした。



かお「あ、こんにちは!ミクオさん、目を覚ましましたよ!良かったですね」



それを聞いた女性は一瞬驚いたが、すぐに嬉しそうな笑顔を浮かべ、お辞儀をすると足早に病室に向かって行った。


見送ったナース達がささやく。



かお「ホント、綺麗な子よねぇ。結局、毎日来てるし、よっぽど好きなのね彼氏の事」



るく「健気だわぁ」



かお「仕事大丈夫なのかな? 何してんだろね?」



るく「やっぱ夜の仕事かもね、めっちゃ可愛いし」



かお「あの子なら稼げそうよね」



るく「でも、持ってるバーキンに穴空いてるけどね(笑」



かお「ホントよね(笑 なんでだろ?」






やがて病室についた女性は、急いでドアを開けて中に入る。


意識が戻るのをずっと待っていた。



その彼がドアの音に気づきこちらに顔を向けた。


女性は嬉しさで涙が止まらない。おかげで化粧もグチャグチャだ。


彼が自分を見て微笑む。




聖杯は、いや神は願いを叶えてくれた。



ベッドに歩み寄ると、女性は彼の手を握り、涙をこらえささやいた。



「おはよう・・ミクオ・・・」



(良かった・・・本当に良かった・・・)



美咲が聖杯に託した願い。それは、ミクオと再び出会う事、ただそれだけだった。



美咲は元々この世界の人間として生きており、聖杯戦争が始まると同時に巴御前として覚醒し、ミクオの元へ召喚された。


本来であれば聖杯戦争集結時に英霊としての記憶は失われてしまい、ミクオの事など忘れてしまうはずだった。



願いは叶い、共に過ごした記憶を残したまま、聖杯戦争を管理する教会の協力で、ミクオの所在を突き止めたまでは良かったが、交通事故で大怪我を負ったミクオは意識不明となってしまっていた。


ショックだった。


まさか生前に大怪我をしていたとは思わず、ただミクオに会いたい、と、それだけしか望まなかった事を後悔しながら、美咲は毎日ミクオの病室を見舞い、彼の意識が戻る事を祈った。



勤めていた店も辞めた。


今の美咲は、誰彼かまわず男に愛想を振る仕事をする気にはとうていなれなかった。



もちろん、英霊としての力も全て失っている。


ミクオの容態、ひとりぼっちである事の不安で毎日泣き出しそうだったが、そんな事では、となんとか堪えてきた。


だが、今日やっとミクオが目を覚ましてくれたのを見て、さすがに涙を堪えることができない。



美咲は嗚咽を堪えながら、静かにミクオに語りかける。



美咲「意識が戻って本当に良かった・・・。ねぇミクオ・・・私の事わかる?」



目を覚ましてくれたものの、自分の事を覚えて無ければどうしよう・・・本当に不安だった。


すると、



ミクオ「おはよう美咲・・・でいいのかな?」



美咲「ミクオっ・・・うん、うん・・・。」



またも涙腺が崩壊した。



ミクオ「美咲ってさ・・・泣き虫なんだな」



美咲「ごめんね・・・」



ミクオ「ううん、てかさ」



美咲「なぁに?」



ミクオ「化粧、グチャグチャだぞ(笑」



美咲「え、ひど・・・だって、仕方ないじゃない」



ミクオ「そっか・・・」



美咲「?」



ミクオ「もう、俺と同じなんだな」



美咲「あ、うん・・・」



しばらくの沈黙の後、美咲は最後の不安を消す為、決心し言葉を紡ぐ。



美咲「ミクオ・・・あのね」



ミクオ「ん?」



美咲「私、聖杯への願い、すごくわがままな事を願っちゃったのね」



ミクオ「ん? とゆうか、そもそも願いなんてわがままなもんだろ(笑」



美咲「聞いてっ。私、聖杯にね、ミクオとまた会いたいって、願っちゃったの」



ミクオ「・・・そっか」



美咲「・・・迷惑・・・だったり?」



戦場でも、こんなに緊張した事はないかも知れない。答えを聞くのが怖い。



ミクオ「へ?なんで?」



美咲「だって・・・私は普通の人間じゃないし・・・」



ミクオ「え?もう普通の人間なんじゃ?化粧もグチャグチャだし(笑」



美咲「ちょっと・・怒るよ?」



ミクオ「ごめん(笑 でもさ」



美咲「ん?」



ミクオ「美咲・・・俺に聖杯飲ませてくれただろ?最後に・・・」



美咲「あ・・・うん」



ミクオ「ありがとうな。おかげで俺も願いが叶った」



美咲「・・・何を願ったの?」



ミクオ「・・・。あの時最後に言ったじゃん。美咲にまた会いたい、って。それだよ・・・」



美咲「・・・ミクオ・・・」



嬉しくて泣きやめない。


だが、



美咲「でも、私はもう、ミクオを守ってあげられないんだよ・・・?」



ミクオ「ぶ、もう敵居ないし(笑 」



美咲「そうだけど・・・」



ミクオ「それにさ」



美咲「ん、なに?」



ミクオ「どっちかって言うと、守るのって男の役目だろ・・」



美咲「え・・・? 」



ミクオ「まあ俺、頼りないかもだけどさ(笑」



美咲「・・・私を・・・守ってくれるの?」



ミクオ「・・・努力します」



悲願を果たし、千年の呪縛から解放された今、美咲を縛るものは既に無かった。


抱えていた不安はミクオが全て消し去ってくれた。


今はただ、この男の胸に飛び込んで行けばいい。



美咲「ミクオ・・・」



ミクオ「はい」



美咲「不束者ですが、よろしくお願いします」



ミクオ「ぶ、固いわ(笑」



美咲「あ、ごめん・・・」



ミクオ「仕方ないな、じゃあ・・・再契約するか」



美咲「え?」



ミクオは唯一動かせる右腕を伸ばし、美咲の頭を撫でた。



ミクオ「・・・ずっと一緒に居てくれ・・・美咲」



そう言ったミクオが、撫でていた手で美咲を引き寄せる。



美咲「・・・はい・・あっ」





東京の、とある病院の一室。



包帯だらけの男と、化粧の崩れた女が、いつまでも唇を重ねていた。




                        fin

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道玄坂戦記 @leon729

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