第4話 因果

第4章 「因果」




美咲「その必要は無いわ・・・」



コマの言葉を美咲が遮った。



コマ「はい?」



怪訝そうにコマが意を問う。



ミクオも不審に思った。


美咲の様子がおかしい。



バーサーカーやアーチャーと闘った時も、確かに緊張感は感じたが、どこか美咲には余裕が有った。


だが今は、一切の余裕やおどけた様子が感じられない。


やはり、それほどの強敵だと認識しているのか。



コマの疑問に美咲が答える。



美咲「その者の名前なら知ってるわ」



コマ「え?あんた・・・もしかして」



その問いには答えず、おもむろに美咲は目を瞑り呟いた。



美咲「神よ・・・感謝します・・・」



瞬間、空気が張り詰め、その重圧に思わずミクオも後ずさりしてしまう。


美咲の気迫がただ事ではない。



美咲「どれだけこの日を待ちわびた事か・・・」



目を開いた美咲は、これまで見せたことの無い鋭い眼差しを武者に向ける。



ゼロリス「ん?」



美咲「・・・おのれ・・・」



ゼロリス「なんだと?」



美咲「・・・よくも・・・」



美咲があからさまな憎悪を武者にぶつけ、雄叫びのように叫ぶ。



美咲「・・・義経えええええぇっ!」



口上も名乗りも上げず、いきなり美咲は義経に襲いかかった。


だが、美咲の斬撃を驚くほどの身軽さで交わした義経は、



義経「ほう・・・みどもを義経と呼ぶとは、見知ったる者のようであるの。討ち果たしたる者か」



落ち着いた様子を崩さず義経は独りごちている。



美咲の豹変ぶり、そして武者の正体にミクオは驚くばかりだった。



コマ「殿・・・」



義経「下がっておれ、静よ」



義経がコマに指示する。


義経が静と呼ぶからには、静御前が転生した姿なのか。



義経「誰かは知らぬが、邪魔立ていたすな。消えよ」



義経が太刀を抜き放つ。



辺りの空気が異様に重くなってゆく。



(あ、ヤバイ・・・)



ミクオにもわかる、全身の感覚が危険を告げている。



義経は微笑を湛えながら呟く。



義経「宝具・・・一の谷逆落とし」



静かに言葉が発せられた途端、突然、義経の後方に数多の騎馬武者、徒士の兵が現れた。



義経「往け」



義経が太刀を振りおろすと、現れた軍勢が一斉に美咲を目掛けて突撃してゆく。



美咲「ちっ・・・」



薙刀を振り回し美咲は応戦するが、如何せん数がおおすぎる。


そしてその兵たちは、マスターであるミクオにも押し寄せて行った。


もはや、逃げも隠れもままならない。


覚悟を決めるしか無かった。




美咲に渡された短刀を抜き放ち、降り掛かる刀や槍の穂先を、武道の経験すら無いミクオは反射神経だけを頼りに、なりふり構わずかわし、払う。



美咲「ミクオっ?!」



次々に押し寄せる武者をいなしながら、美咲はミクオを助けに行こうと足掻いた。



それを察したミクオが叫ぶ。



ミクオ「美咲っ、俺に構うなっ!」



美咲「ミクオ、でも」



その時、隙を見せたミクオの後ろから、一人の雑兵が槍でミクオの腿を突いた。



ミクオ「ぐっ、痛ってぇぇぇ」



美咲「ミクオーっ!」



ミクオは痛みに耐えながら、短刀を振り回し兵を払う。


後退し、尻もちをついた兵から槍を奪うと、ミクオはそれを遮二無二振り回した。



ミクオ「大丈夫だ、美咲!俺の事はいいから!」



美咲「でも!」



ミクオ「いいから!なんとか持ち堪えて見せるから、美咲は悲願を果たしてこい!」



またもミクオは後ろから今度は左手を斬られた。



ミクオ「くっ・・・、こいつら、なめんなよな!」



ミクオが槍で兵を突く。



ミクオ「ほら!な?俺なら大丈夫だから!行け美咲、あいつを倒せ」



美咲「でも、マスターを守るのが、私の使命だから・・・」



美咲は尚もミクオを救いに行こうとする。



ミクオ「うるさいっ!言うこと聞けよ」



美咲「ミクオ・・・」



ミクオ「夢を、夢を叶えろ・・・美咲、お前だけでも!」



その言葉が美咲の耳に突き刺さった。




   お前だけでも・・・



敵に囲まれ、主人と引き離されてゆく・・・



  (またか・・・)




乱戦の中、美咲の意識は時空を超えて行った。






松林の中、しばしの間だけ馬を休める。


どれだけ駆けて来たのか。


馬も限界だが、既に替えの馬も無い。



故郷を出て都に入る時は数万を数えた軍団も、落ち延びて行く間に相次いで討たれ、もはや二十騎にも満たなかった。



休息も束の間、物見が悪い知らせを持ちかえる。



武者「追手が迫って参ります。およそ三十騎ほどかと」



兼平「またか。殿、参りますぞ」



木曽四天王と呼ばれる今井兼平である。



主「兼平よ、ここらを死に場所と致そう」



兼平「気弱な事を仰せあるな。殿はこのような所で終わる御方では御座いませぬ」



そこに一人の女武者が進み出る。



女武者「私が蹴散らして参りましょう。しばしご猶予を」



女武者は迫る敵を駆逐せん、と願い出る。



が、



主「無用じゃ」



にべもなく主君は女武者を止めた。



女武者「・・・御意」



主命致し方ない。女武者は黙って従った。



だが、続いて主は突然女武者に対し



主「そのほうに、暇を与える」



と告げた。



女武者「え? なんと仰せにござりまするか?」



主「これまでよく尽くしてくれた。もう充分じゃ。落ち延びるがよい」



女武者「・・・お受けできませぬ」



主「女の身で有れば、如何様にも生きていけよう。そのほうだけでも生きよ」



女武者「・・・最後までお守りしたく存じます・・・」



すると主の意を汲んだ兼平が



兼平「殿には我がついておる。御身は殿の武勇を後に伝えるが役目ぞ」



と女武者を説き伏せようとする。



女武者「・・・嫌です」



兼平「頑固もたいがいに致せ」



すると、主が女武者に近づきさらに告げる。



主「これは主命ぞ」



女武者「・・・」




死ねと言われれば喜んで死ぬ。


だが、この命だけは聞けない。




女武者が返答ぜすにいると、主は懐から、小さな鈴を取り出し、



主「これは、そのほうにと、都で買い求めた物じゃ。これを手向けと致そう」



美しい紐のついた鈴を女武者に手渡した。



主「我らが都を治めた証と致せ」



女武者は鈴を受け取ると大事そうに握りしめた。


目には万感の涙が溜まっている。



主「さらばじゃ・・・」



女武者「・・・殿」



主「来世でまた会おうぞ」



女武者は小手で涙を拭った。





女武者「されば・・・」



女武者は受け取った鈴を懐に仕舞うと、



女武者「されば、最後のご奉公つかまつらん」



薙刀をかつぎ立ち上がった。



兼平「まだそのような・・・誰か、この者の馬を野に放・・・」



兼平の言葉が終ろうかとするまさにその時である。



武者たちのもとに一頭の白馬が駆け寄って来る。



それは女武者の愛馬だった。



女武者「・・・春風」



すでに疲れも限界を超えているはずの愛馬は、女武者に近づくと、


乗れ、とばかりに鞍を向けた。


女武者は愛おしそうに馬を撫でると、その鞍に乗った。



兼平「呆れたものよ・・・幼き頃からではあったが、御身の頑固には愛想が尽きたわ」



もはや兼平も諦めたようだ。



兼平「・・・よいか・・生きよ」



女武者「はい・・・殿をお願いします」




女武者は愛馬春風に轡を当てると、迫り来る追手の一団に向かって行った。



敵が放つ矢が降り注ぎ、払いきれない矢が馬に突き刺さってゆく。



女武者「許せ・・・春風・・」



やがて乱戦となり何騎もの武者を討ち、遂に追手を振り切ると、女武者は松林に戻った。


仲間は既に無事立ち去ったようだ。



自分の為に最後まで尽くし、目の前に横たわる愛馬も、もう立ち上がることは無い。





女武者は単身、山中に潜みながら主の跡を辿ろうとした。



しばらく経った後、近くの村人から、源義経の放った追手によって、遂に主達が討たれた事を聞いた。




最後まで守りたかった。


せめて共に死にたかった。



その想いは果たされぬまま、千年の時を超えた。






美咲「おのれ・・・義経」



そして今もまた、義経の手により窮地に立たされ、守るべき主であるミクオに死が迫っている。


主が美咲に向かって叫ぶ。



ミクオ「早く行け美咲!ずっと待ってたんだろ?!」



既にミクオは無数の傷を負っている。



美咲「ミクオ・・・」



ミクオ「俺はいいから、美咲だけでも、勝って聖杯を飲め」



美咲「・・・」



美咲は動けない。


するとミクオは、自分の事を守ろうとなかなか離れない美咲に、



ミクオ「あ、そっか。死にかけだし、こうなりゃなんでも言えるな」



美咲「・・・?」



ミクオは必死で槍を振り回しながら、



ミクオ「美咲、俺さ」



美咲「何?」



ミクオ「多分、美咲に惚れたわ」



美咲「ちょっと、なんなのこんな時に」



ミクオ「だって、今しか言えないだろ」



美咲「なんなのよ、それ」



ミクオ「ホントは、もうちょい一緒に居たかったけどなっ」



美咲「・・・私だって」



ミクオ「え?マジ? そっか、じゃあさ」



美咲「?」



ミクオ「・・・来世で会おうぜ、美咲」



その言葉が美咲に、稲妻が走ったかのよう衝撃を与えた。








戦乱の世に女人と生まれしも、その者の武勇、胆力、男共も怯ませり。


ひとたび弓を射れば必ずやひとりの敵を倒し、馬に乗り薙刀を振るえば、戦場にて一騎当千の名を得たり。



幾度かの合戦において、武勇の誉れ一身に余り、ついに一度も後れを取ること無く、生を全うする。


武を司る源氏の眷族にして、「女為朝」の異名を与えられた不敗の勇士。



その名を巴御前と言う。




いつしか、美咲の全身を華やかな鎧が覆っている。


長く美しい黒髪をなびかせた美しい女武者がそこに居た。




美咲「ありがとう・・・ミクオ」



ミクオ「おう、またな美咲」



美咲は春風の首を義経に向け、静かに名乗りを上げる。




美咲「我が名は・・・巴御前。いざ、最後の戦つかまつらん」



義経「ほう、同族であったか」



美咲が薙刀を天高く突き上げる。



美咲「対軍宝具・・・」



美咲が意識を集中している。



これまで感じたことのない重圧が街全体に満ちてゆく。



ミクオ「 ?! なんだこの気配・・・」



美咲が薙刀を振りおろす。



美咲「・・・倶利伽羅の業火」



その瞬間、地響きと共に、数えきれないほどの鎧武者と、


燃え盛る松明をツノに付けた無数の暴れ牛が現れた。



その数、義経が繰り出した武者の数倍はあろうほどである。



美咲「かかれっ!」



美咲の合図を機に、軍団は鬨の声を上げ、義経の手勢に襲いかかって行く。


圧倒的な数である。



ミクオを取り囲んでいた敵も、瞬く間に駆逐されていった。



ミクオ「美咲、頑張れよ・・・」



精も根も尽き果て、ミクオは地面に横たわった。



やがて乱戦の中、道を切り開いた美咲が義経の前に立つ。



美咲「・・・千年余り、この時を待ち侘びておりました」



義経「郎党風情が、身の程を知るが良い」



美咲「ここは戦場、御無礼は許されよ」



義経「小癪な」




美咲「義経公・・・御首、頂戴つかまつる!」











美咲「ミクオっ・・・ミクオっ!」



自分を呼ぶ声がする。


(ん、雨か・・・?)


時折頬に水滴が落ちている気がする。


ミクオは目を開けた。



ミクオ「ん、美咲?」



美咲「ミクオ・・・」



頬を濡らしていたのは、自分を覗き込んでいた美咲の涙だったようだ。



ミクオ「美咲・・・泣いても化粧崩れないのな・・・(笑」



美咲「・・・うるさい」



ミクオ「ん、美咲、勝ったのか?」



美咲「・・・うん」



ミクオ「そか、やったな・・・おめでとう」



美咲「うん・・・うん」



ミクオ「あ、聖杯は?」



美咲「あ、出てきたわよ。ここにあるわ」



美咲は地面に置かれていた聖杯をミクオに見せた。



ミクオ「おお、そか。じゃあ、飲んで願い叶えちゃえ」



美咲「ううん、私はもう仇討てたから・・・ミクオが飲んで」



ミクオ「え、いいよ、俺の願いとかショボイし」



美咲「そんな事ないわよ」



ミクオ「いいからいいから」



美咲「・・・」



ミクオ「つか、もうどうでもいい」



美咲「?」



ミクオ「ん?美咲に会って、願いがちょっと変わってきたんだよね・・・」



美咲「ん?」



ミクオ「そゆこと。美咲・・・」



美咲「はい」



ミクオ「ありがとうな。美咲に会えて良かった」



美咲「ミクオ・・・」



ミクオ「どうやら、そろそろダメっぽい。美咲・・・」



美咲「ミクオっ!?」



ミクオ「また、会えたらいいな・・・」



ミクオは静かに目を閉じた。



美咲「ミクオ?ミクオーっ!」




美咲は泣きじゃくっていた。



今ならわかる。



これが、愛しい人を看取ると言うことなのだ。



   ともに死にたい・・・



こんな悲願の為、自分は千年も闘って来たと言うのか。




美咲「もういい・・・わかった」




美咲は聖杯を手にし、一気にその中身を口に含むと、そっとミクオに唇を重ねた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る