女子高生の娘とブラック企業と決して自称しない会社に勤める父親との深夜の会話

naka-motoo

話すもんさ

 子供が帰省した、夜遅くに到着する電車で。寿司でも取ればよかろうが、金無く冷凍ご飯を温めて与える。まだ十代の後半で高校は寮生活だから本来週末毎に帰ってくればよいところを金無く週末も寮生活の理由である運動部の練習があるので今日のような時にしか返って来れぬ。子供は女だ。寮は男女共用で棟は分かれているものの逢おうと思えば連結渡廊下の防火扉の裏側スペースが異様なまでに広く取られており平均的な高校生の体躯の女子男子であれば全く表側から見られることなく一通りの逢瀬を済ませられるらしい。子供にキミも誰かと逢っているのかいと訊いたらパパバカねと鼻であしらわれた。その続きでママはもう寝たのと問われたのでここ何日かずっと体調が悪いのだと言ってやると子供はじゃあ、お休みと言い残して自部屋に行こうとするところを呼び止めて話し始める。娘は高校を卒業した後は就職するつもりであるがやりたいこともあってどういう風に決断するのが良い方法かわからないと言って悩んでいる。わたしは正社員として仕事をしてはいるものの、そもそも自分が今やっている仕事が適切なものであったりやり甲斐を感じたりできるとはっきり断言できない、むしろわたし自身が仕事に関する深甚な愚痴を言ってしまいたくなるような状況のはずだから、明確な道を照らし出してやることにも全く思いが及ばないのだ。それにそういう仕事の本質に関わる内容の問題点だけでなく、例えば誰も昼休みに時間をかけて食事をすることができず、それは外食組であろうと弁当持参派であろうとコンビニで買ってくるサラダやパスタ派であろうともきっちり1時間昼休憩を取って優雅に午後の仕事に突入するなどということができず職場の解放スペースで食べる社員はまだマシで現実にはデスクの裏側にあるキャビネットを食卓代わりにして作業スペースにあるパイプ椅子を持ってきてまるで刑務所の独房の食事のように壁に向かってたった3分ほどで菓子パンのみおにぎりのみあるいはクッキーやガムのみで済ませるという人間が8割を占めるのが実際の職場の姿なのだなどど言うこともできず。娘が本当にやりたい仕事は一体何なのかと問うてみても娘本人がまだ迷いの混沌の中にあるのに何を基準に考えればいいのかそれすら分からないよと言われてわたし自身も何かきっかけがないかとはたと考え込んでしまい。やむなくわたしが好きなバンドの話を出して彼らが現実にマーケットで売れるまでに数十年を要したのだからわたし自身も終わるつもりは無くいつの日か何事かを成し遂げるつもりだといつの間にか自分の自己実現の話にすり替わってしまい。はあパパ身勝手だねえと娘が白眼の面積を増やしてジトリと奥底が緑がかった新鮮さをまだ保つ瞳で睨んでくるその表情に思わず何か新型のポエムでも発想できそうだったが後一歩で創作には至らずに自分の心の中お蔵入りとせざるを得ないのが本当に残念だ。何事も話が進展しないままに話題を変えようかという話で互いに合意してアニメの話などしてみる。娘とわたしが同時刻に観る事はなかったが金曜というか土曜の深夜にブルーレイに録画ルーティンを組んであったある小説が原作のアニメを別時刻にキッチンという同じ空間で個食しながら観ていたのであるがそのヒロインについての去就について語ったりしてみた。アニメの最終話においてヒロインは故郷で生きていく決断をその同じ文化部に属する同学年の男子に独白のように語ったのだが、今娘の気持ちはどうなのか、わたしが同じ年代の時にはどうだったのか、そもそもわたしが一旦は故郷を離れながらどうしてこうしてこういうこうも煌々たる灯火の少ない街にまた戻って来ることになったのかをコンコンと話していると娘が待った待ったと掌をクロスさせてわたしにクレームしながら自分にも語らせろとわたしの終わりない独白を中断させて今度は娘自身が語り出した。娘が言うには娘は故郷とか遠隔地とか海外とか宇宙とかいう場所的な違いには特に興味はなくあるのは苦か楽かなのだという。苦楽を共にするのではなくできれば楽を共にし苦は可能な限りにこの世から駆逐すべきではないだろうかと言う。だったらそもそも今題材としていたヒロインの境遇に関する議論とはまったく次元の違う話だねと頷き合いこの話題もここでフェイドアウト。スマホではなく今時キッチンの食卓の背後に吊るされた柱時計で知った時刻は深夜一時を超えており何年か前に時間を違えて同空間で娘とわたしが観ていいたそのアニメのかつての放送時刻に迫ってくるのだが、一向に睡眠欲に苛まれることがなく、むしろ起きていないと何か大切なものを自分たちの身体の内からunloadしてしまいそうで恐ろしくて我が家の常である蜂蜜の空き瓶にドリップしてあった冷えたコーヒーを互いのカップにトポトポと注ぎあってわたしはそのまま飲み彼女はレンジで飲み物用のスチーム機能を使用して温めた後で一口ずつコクコクと飲みあった。なんらかの結論がない内に娘の滞在時間が途切れることが恐ろしかったがわたしは後数時間したらとある老人たちへの義務としての本来なら金銭という対価を得ての家政婦のようなあるいは介護スタッフのような作業をするために眠気を防止するためにガムを噛みながら量産タイプのコンパクトカーに乗り込まなくてはいけないのだがまるでそれに抗う現実逃避のように、いや実際は娘の岐路というこれ以上にないリアルな現実問題への取り組みだというのに、こちらの方がまだ気が重くないという比較衡量の観点だけで、よし、娘との時間をギリギリ迄保とうという意思を決めたところで娘がギブアップした。眠い、と言う。そうかならおやすみと娘に就寝へと送り出す挨拶を告げた後でわたしはキッチンのテーブルに腕を折りたたむようにして置いて数十秒沈黙した。テレビを点けないと寂しくて仕方ないのにどうしてだか点ける気がしない。代わりにノートPCを立ち上げて傍にスマホとブルートゥースのポータブルキーボードを並列して置いた。PCには今バズっているまだたった20才の凄腕ドラマーを擁するバンドの100万回の再生回数を超えるMVを相当量の音量で映し出しながら投稿サイトの小説ではなく3,000字ほどのエッセイを自分でも訳がわからなかったがほんの5分ほどで打ててしまいそのままスマホで同サイトのページを立ち上げて宣伝ツイートした。


『この世は、どうにもならない』

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