REAL
林檎
REAL
──2055年、二十一世紀初頭に登場したVR(Virtual Reality)は進化を続けていた。
初期はあくまでも”ゲーム”としての色が強く、ヘッドセットごしにみる世界はかなり質素で、動きも『歩く』『つかむ』くらいしかできないものが多かった。その後も発展は続くものの、多少グラフィックが向上し、動画投稿サイトで投稿者がアバターに扮して出演する程度でとどまっていた。
しかしながら10年前、増加し続ける不登校や引きこもりの支援の一環として、日本政府は「VR特別支援法」と呼ばれる法案を可決した。具体的には、この業界全体に国から助成金を出すことで産業の活発化・進展を図り、VRを用いた文字通りの”仮想現実”を不登校や引きこもりの人々に対して支給することで、彼らが外の世界に興味を向けるように促すというものだ。可決されてすぐはかなりの効果が数字で見ることができたが、実際はさらに深刻な事態が始まっていた。
業界はさらなる進化を求めた結果、仮想現実内で人と直接のコミュニケーションが取れるようなシステムを開発したのだ。ただし、昔ながらのチャットや掲示板の比ではない。スマホなどで大きく普及していたSNSとも連携することで、現実世界のように人と直接会って会話することができるようになった。アバターを用いたコミュニケーションツールは元々あったが、それをVRで、なおかつ全身に装置を取り付けることで極限までリアルな四感(味覚を除く)を取り入れた。これにより、仮想現実内の物体・アバターに触れることができるようになっただけでなく、仮想の質量をもたせる(感じさせる)ことにも成功した。新鋭的なこのシステムは世界中からの喝采を浴び、先進国では一家に一台以上VR機器が置かれるようになる。
だが、どんな素晴らしい発明でも必ず悪用する人間は現れる。
問題はここからだった。
あまりにも”リアル”なVRにより、大人たちが青少年に性的接触を図る事件が多発。さらに、”感覚”のシステムをいじるMODが蔓延し、相手の”痛覚”の上限をなくすことでVR内での暴行事件が起きるようになり、他にも多数の犯罪が発生した。さらに今までの引きこもりや不登校の人々は確かに減少したが、逆にこれまで一切関心がなかった人たちの中でVRにのめりこむ人が急増した。もはやこのシステムは”Virtual”の域を超えて、自らの理想の現実世界を生み出す、第二の現実として変容していったのだった。
結果、WHOはこれを特定依存症の一つであるとし、各国へ急速な対応を求めた。日本においては、ある事件がきっかけとなって社会問題に発展し、政府は急速に法整備に追われることになる。
その少し前、上記のシステムをもとに作られた、フィクションの世界を探検して宝を集める「トレジャー・ハンター」というゲームがブームの中心にいた。
─────────
「おっしゃ!やっと出たよ『羅生門』の初版!」
でかでかと『羅生門 芥川龍之介』と書かれた黄色のケースから、そっと青色の表紙の中身を取り出す。パリパリという音とともに本を開くと、電子書籍が主流の今の本には感じることのできない、和紙の少しざらついた感触がわかる。
長かったな・・・
俺の名前はカケル。アカウント名は@kakeru_kamikamiで、このゲームをもう5年以上は毎日続けている。
このトレジャーが出るまで”仮想東京”の古本屋をいくつも回った。みんなはこんなトレジャーとしての価値が低い古本をなかなか集めたがらないけど、現実世界じゃ絶対に手に入らないものを仮想現実では見ることができるってのがいいんじゃないか。質感までも再現された、もう百年以上前の文豪が出した本の初版を手に取って見ることができるなんて感激だ。
左腕の時計を確認すると時刻は午前4時すぎ。このゲームは現実世界の時間とリンクしているから現実でも早朝だ。明日は仕事がないので、こんな時間でも探索することができる。ゲームは午前四時にリセットされ、その時間までに開けられた宝箱の中身などもこのときに補充される。これがねらい目なんだ。
「明日は平日だし、人も全然いないなあ」
俺は”仮想東京”の数百はあるルームの中でも端の端のルームをわざわざ選んでいる。同じルームに誰も人がいないから、宝を取り合う心配もない。
「ま、こんな本ばっかを狙うハンターなんかそうそういないけど」
現実世界で手元に置いていた熱いインスタントコーヒーを口にふくむ。そろそろ眠気がやってきた。そろそろ終わろうかな。
『───プレイヤー@kakeru_kamikamiがログインしました』
目の前にアカウント名とマップ上で赤いランプが表示される。ランプは俺が今いる古本屋がある商店街の入口で光っていた。
ちぇっ、誰か入ってきたか・・・
他にもいっぱいルームはあるのにわざわざ人がいるところに来るなよ。
「・・・ん?」
俺と同じアカウント名?
何度も確認したが同じものだった。
ここ最近のVRはゲーム内で犯罪も多発することから、はっきりと身分がわかる本人証明が国によって義務付けられている。どんなゲームにも使われる『国民VRアカウント』も一人一つしか作れないし、同じアカウントは複製不可能のはずだ。再作成するためには区役所に行って、身分証を提出し、再登録をしなければならない。
絶対におかしい。
なんで同じアカウント名が存在する?
「今入ってきたやつの電話番号とかの本人確認が終わっているか確認してくれ!」
俺は設定画面を開き、ゲーム内の案内AIに尋ねた。
『───承知しました。データベース内との照合を行っています───』
『───検索中───検索中───』
『───アカウントにロックがかかりました。あなたはデータベースを検索する権限を持っていません。今から表示するお問い合わせセンターに連絡してください』
無機質な女性の声で案内AIが答える。
詳細は見ることができないが、総合データベースで同じルームにいる人が承認済みかどうかを知ることができる権限は、正規のアカウントを持つ人は全員持っている。
「はあ?俺はちゃんと承認も済ませているぞ!もう一度やり直せ!」
苛立ちを隠さずに声を荒げる。このアカウントがロックされると今までのコレクションが水の泡だ。それだけは絶対に避けたい。
『───承知しました。再度照合を行います───』
『───検索中───検索中───』
『───あなたのアカウントはロックされています。これ以上データベース内にアクセスしようとすると凍結の恐れがあります。今から表示するお問い合わせセンターに連絡してください』
繰り返しされる抑揚のない声が余計に俺を逆撫でする。
わけがわからない。いきなり入ってきた意味のわからん奴に俺の努力を消されてたまるかよ。手からにじみ出る汗とともに羅生門を抱え込み、頭をボリボリとかきむしった。とりあえずここから退出しなければ。
急いでコントローラーを操作し、退出を試みる。
すると、
「退出ボタンがない・・・?」
いつもならメニュー画面を開くと退出ボタンがあるが、なぜか無くなっている・・・
ここでやっと俺は妙な、だけど大きな不安を感じる。あの気味の悪いやつがルームに入ってきてから機械の調子が悪い。
ここは THE 町の古本屋さんってとこだから店内はかなり狭いし、裏口もない。逃げるには入口から出ていかなければならない。ただ、動物的本能、あるいは人間に備え付けられた勘が、『鉢合わせるのはまずい』と俺の脳に警告していた。急いで店の一番奥にあった、身長を優に超す本棚の後ろに隠れる。
商店街の入り口からこの店までの距離は長くはない。そうこうしているうちに、マップ上で明らかに”そいつ”はこの店に近づいてきた。
頼む!頼むからここに入ってこないでくれ!
眉間をぎゅっと寄せ、目を薄めてマップを見ながら祈る。コントローラはすでに痛いほど握りしめられていた。
そんな思いも
このゲームには文面でのチャット機能もついている。
とりあえず俺は”そいつ”にDM(ダイレクトメッセージ)で
「深夜帯にフレンドじゃないのにいきなり話しかけてすいません。気になったのでお尋ねしますが、なぜあなたは僕と同じアカウント名なのでしょうか?本人認証されていますか?」
と聞いてみた。
・・・俺に気づいてないのか?
5分間待ったが返事がない、ただの屍のようだ。DMの通知は目の前に表示されるから、壊れていない限りすぐに気づくはず。それとも気づいていて無視をしているか。こいつは
この店は長方形型で、一つの隅に入り口があり、そのすぐ横の一辺にレジが二つ並んでいる。問題のやつが歩を止めた先は、レジの前の恋愛文庫小説のコーナーディスプレイ。だから店から出るときには、どうしても体が奴の視界に入ってしまう。
「・・・よし」
そろそろと慎重な足取りで移動し、俺はそのコーナーの本棚のすぐ後ろのレーンまで移動した。
確実に、この後ろに奴がいる。さっきから地図上の赤いランプの動きは止まっていた。荒れる呼吸を抑えながら耳を澄ませてみると、パラ・・パラ・・とページをめくる音がする。こんな夜中にわざわざ本を読みに来たのか?
すでに出口は視界にとらえていた。あとはここから走り抜けるだけ。
ここで俺はピタッと動きを止める。
一体どんな顔してるんだろうか・・・
そう、好奇心を抱いてしまった。俺と同じアカウント名のアバターを見てみたくなってしまったんだ。
一瞬・・・一瞬でこいつの顔を確認してそのまま走り抜ける。少し顔を出すだけ・・・そう、これだけ俺をビビらせた奴の
ぐっと体を傾けて膝を曲げ、軽くしゃがみ、すぐに走り出せる体勢をとる。
そしておそるおそる、ちらっと本棚の陰から顔をのぞかせた。
目が合った。
”そいつ”は俺がのぞくことを最初から分かっていたように、こちらをじっと見つめていた。体は本棚に向いているが、一ミリも動じずに首と顔だけこちらを見ていた。両手で文庫本を持ちながら、ずっと。
ひっ・・・・
全身の毛が逆立ち、ビクンと体が電撃を食らったかのように痙攣し、硬直する。手からコントローラが滑り落ちた。すぐに逃げねばという考えが頭に巡るが、体が動かない。
「っかは!」
顔が合わさって数コンマ後に急激に始めた呼吸から漏れたのは異様な声だった。ひとりでに目が大きく見開き、瞳孔が広がっていく。ドドドドド、と心臓が急速に拍動を速めていくのが耳で、音でわかった。波打つ心臓が肺の働きを阻害し、呼吸を荒くさせる。
なんだこいつは!!
異様に動かないガラス玉のような瞳、呼吸を感じない鼻や口。そう、真顔だった。このゲームをするために必要なVR機器のヘッドセットはフルフェイスマスクになっている。見た目はバイクのヘルメットのようだが、中では本人の表情を認識し、アバターの顔に投影できる仕組みだ。ここで真顔なのは現実世界でも真顔だということ。
なによりも恐ろしいのが”そいつ”は俺と全く同じ格好をしていることだ。
鏡を見ているようだった。このゲームはそこらのTVゲームのように決められた単純なパーツの組み合わせではなく、『鼻の高さ:100~1000』『肌の色・・・』のように、顔のすべてを細かい数値で決定できる。つまり、数値を知らずに同じ顔を複製することはほぼ不可能だ。
おまけに俺の今の服装は、大昔の期間限定イベントで特定のアイテムを集めたユーザーだけに贈られる特別な記念服だ。そのイベントはかなり難しく、周りでも廃課金ユーザーの俺しかこの服を手に入れることができなかった。そんなイベントをはしごして手に入れた激レアの服たちの組み合わせは、まだこのゲーム内で俺以外見たことがない。
そう、まるでドッペルゲンガーのようだ。
俺と奴が見つめ合い、
「な、なんでお前は俺と同じアカウントを持ってるんだ!答えろ!」
頼りなく震える声で”そいつ”に叫んだ。ボイスチャットはONだ。
”そいつ”は何も聞こえていないような顔でこちらの顔を覗き込んだままだ。
もはや思考までのプロセスは捨て、その無言の無言の反応に対し、脊髄反射で回答を求めた。
「答えろ!」
そう俺がもう一度叫んだ瞬間、突然体を前のめりにさせ、そのまま手を突き出し、声を上げる間もなく俺の首元をつかんだ。続けて、”そいつ”は俺の首元に手をぐっと力を加え押し付け始めた。
まずい!!
奴の手をつかみ、離そうと必死に暴れて抵抗するも、まるでマネキンみたいに反応がない。首元に四感検知センサーはついていないから、首を絞められることで現実の人間が死ぬことはまずない(どんな部位でも感覚には上限があるし)。でも脳でいくら理解していても、今咀嚼する時間はない。
刹那、俺の目の前に赤いパトランプのマークが光り始め、耳元には盛大なアラーム音がけたたましく鳴り響き始めた。
なんだ なんだ なんだ なんだ!!!
『──警告──』
『あなたのアカウントデータg・・・・れていまs・・・・』
『ただt・・・除去プログラムを・・・』
はあ?
合成音声は何度も繰り返して伝えようとしてくるが、途切れてしまっていて何を言っているのかさっぱりわからない。
じわじわと俺の体が押し倒され始めた。
こいつ・・・体格は同じくせにパワー上限を外してやがるのか?
ちょっと話は飛ぶが、ゲームにはもちろんHPというものがある。HPが0になるともちろんゲームオーバーで、直前のセーブポイントまで一気に飛ばされる。このゲームにおいては首や頭におけるダメージ判定がない。こいつの攻撃(?)は首しか狙ってきていないので視界の右上のHPバーに変化は見られない。
俺を倒すのが目的ではない・・・?
ついに床に押し倒され、”そいつ”に馬乗りされてしまった。
くそ、ここでゲームオーバーになるとせっかく手に入れた『羅生門の初版』がパーになってしまう。なんとかしてこいつをどかさなければ!
首元をつかまれながら目を必死に動かして周りに何かないか探すと、手元にさっき手を離したコントローラがあった。あっ、これでいけるか・・・?
バッと手を伸ばしコントローラをつかんで手元の感覚でメニュー、イベントリを開く。そこから、今まで使ったことがなかった(使う必要がなかった)護身用の剣を取り出すと、ジャキンッという音とともに、右手にはコントローラの代わりに剣が握られていた。
”そいつ”の体へ向かって剣を持った腕をぐっと折り曲げる。
ギュイィィンン
無機質な電子音とともに剣は見事に”そいつ”の体に直撃し、右わき腹に刀身がざっくりと食い込む。HPバーが頭の上に表示され、一気に100から0まで減った。”そいつ”は一瞬剣を見て、パッと顔をあげた。陶芸みたいに固い表情の顔にも怒りが見えたように感じた。
あれ?
俺と同じ装備なら装備の防御力があるからこんなテキトウな斬撃でワンパンなんてことはないと思うんだが・・・
『──プレイヤー@kakeru_kamikami、ゲームオーバー。ただちに前回のセーブ地点に帰還します』
そう案内AIが告げると”そいつ”の体が突然、シュイン!という音とともに消えた。
終わったのか・・・
そう頭で理解した数秒後、大きく息を吐きだした。全身の筋肉が弛緩し、本屋の床にばたっと寝転がる。
結局奴はいったい何者だったんだろう。
不思議なことに、”そいつ”の重みを一切感じなかった。俺は最新のVR機器を使っているので、自分の体重がゲームに反映されるし、のしかかられたりすると相手の重さがわかる。だけどまるで体重がないかのように軽かった。いや、浮いているようだった。なぜ・・・?
考えれば考えるほど疑問は浮かんでくるが、そろそろ頭が痛くなってきた。
ここで俺はセーブし、ヘッドセットと手に握っていた手汗でびちょびちょのコントローラを外す。
ゲームで暴れすぎて現実世界の部屋が散乱していた。床に寝そべったまま大きく深呼吸をする。PCを見ると、羅生門はきちんとアイテムボックスに収められていたし、俺と同じ顔とアカウント名を持っていた”そいつ”は地図上から消滅していた。今日の昼にサポートセンターに電話しよっと。
とりあえず寝るか・・・
俺はすぐ横のベッドに床から這いあがるようにしてもぐりこんだ。
─────────
「今回は捜査ではなく、あくまでも実験です。ノアの決断力、そして彼女には人間の法律が適用されないことを利用した大規模で実践的な実験でした」
そう答えたのはK大学工学部、電子情報研究室教授の松本氏だ。K大学最年少でこの研究室を率いる教授となり、若くして数々の賞を受賞している。
そして開発中のAIは『ノア』と親しみを込めて名付けられている。
これは先日、K大学とMITにて共同で開発されていた『富岳』の次の世代、スーパーコンピュータ『
具体的には先月末、持ち前の技術を駆使し、VRゲーム内通貨の多額の不正利用、そして多くのユーザーに通貨を配布していた件で疑惑がかかっていた
「今回の捜査はAIによるウィルス侵入が大きな手掛かりとなりました。しかしながら、ウィルス等を用いて容疑者が知らないまま、警察が容疑者の位置情報を使って捜査を行うことは法律で禁止されています。その件に関してはどうお考えですか?」
記者が率直に松本教授に尋ねる。
国家権力が民事会社に特定の人物の登録情報を開示させることは出来ない。そこで、検察側はあくまでも民事間で容疑者を割り出してもらい、それを情報提供してもらうという形をとった。しかしAIが情報を割り出したため、責任はどこにあるのか、というのが裁判での争点となったのだ。
「何度も言わせていただきますが、今のところ人間以外を裁くことができる法律はない。これが今回の検察側が我々に依頼してきた理由です。つまり法律の穴をねらったわけですな」
教授は講義でもするかのような口ぶりで話す。
「我々がノアに与えた命令はたった二つ。『①容疑者の居場所を特定せよ。②最善の選択をせよ。』これだけです。ノアは非常に高い知能レベルでの思考力・判断力を持ち合わせており、最善を導き出した結果がウィルスを容疑者に直接送り込むことだっただけなのです。まさか我々も彼女がそういった手段を用いるとは思いもよりませんでしたし、使用されたウィルスも彼女が独自で作ったものです」
「しかし教授はあのAIを制作された。現在、『AIの罪か、製作者の罪か』がSNSではトレンドとなり、大きな話題を呼んでいることはご存じのはずです。そこのご意見を聞かせてください」
なお反論の姿勢をみせる記者。
「『子どもが犯罪を犯したらその責任は親にある』と言っているようなものですよ、あなた」
ふっと教授は鼻で笑った。
「あ、私は法律はしっかり守りますし、裁かれるのであれば甘んじて受け入れますよ。でもね、記者さん。事実としてないルールは破れないんですよ」
教授は一瞬いたずらっぽく微笑む。
「まあ、世界的に見てもかなり重要な問題ですから、ここの線引きは今から国会に提出される法律で決まっていくことでしょう。早めに決めないと本当にスカイネットが押し寄せてくる未来も考えられますね」
「スカイネット・・・とはなんですか?」
記者が不思議そうな顔をして尋ねる。
「20世紀が誇るSF映画の話ですよ。わからないならカットしておいてください。・・・近年ではもはや『サイエンス・フィクション』とは言えないかもしれませんが」
教養の範疇だろ、というような顔で教授が説明した。そしてすぐに顔を戻し、話を再開する。
「今回の実験によって、この業界にとっては非常に大きな結果が得られました。ノアの行動は全て確認させていただいたのですが、興味深いものばかりでしたし」
「具体的にはどういったものでしょうか?」
「まず第一に、ノアは容疑者へ近づくためにゲームのサーバーに独自でアクセスして容疑者のアカウントをコピーし、『容疑者に化ける』という選択をしたことですな。最近はVR内で警察も私服で巡回していますから、いきなり近づくと奴も警戒するだろうからあえて同じ格好で興味を誘ったのか、はたまたノアが遊んだのか」
「ノアが遊ぶ、ですか」
記者はメモの手を休めて反復する。
「ええ。思考力に余裕があるくらいのAIです。インターネットからではなく、わざわざ直接ゲームに侵入したこともそれが目的だったのかもしれません。相手の反応をみたかったのでしょうかねえ。確かにビビりますよね、同じアカウント名がいきなり現れたら」
教授は手元にあった烏龍茶をうまそうに口に含む。
「まあ、もっと興味深いことをノアはしていましたが」
「なんですか?」
教授はもったいぶるかのような口調でこう言った。
「彼女は現場の古本屋で恋愛小説を読んでいたのですよ」
「本を読んでいたこと、ですか」
「いえ、本を読んでいたことももちろんですが、大量の物語が目の前にある中で彼女が選んだ本が恋愛というジャンル。これがAIの自我の芽生えと呼ばずしてなんというのでしょう!」
教授は興奮した口調で続ける。
「我々は広辞苑などに載っているような単純な知識はすべてプログラムしたつもりです。さらにそこから理解できないものは自ら学習していくように設定してありますから、ノアは恋愛を学ぶという選択を自らとったんです」
「なるほど。ついに人間が生み出したものが心をもったとも言えそうですね」
記者はメモの手を休めない。
「最後に、AIと人間の間での恋愛は成立すると思いますか?」
ここで記者は思い付きで質問してみた。
「良い質問です。私の見解を結論から述べさせていただくと、目に見える実体をもったAIに対して、人間が恋愛対象として認識することはあっても、その逆はあり得ない。今後もAIは決して恋愛を理解することはできないでしょう」
教授は続けて言う。
「恋愛というものは、相手を性的対象として認識することから始まります。そもそも性欲、ないし欲をもたないAIには『好き』という感情が難解すぎるのですよ。人が人を好きになる理由は十人十色、多種多様でしょう?カップルや夫婦間でも相手のことを好きになった理由はそれぞれ違う。定義が非常にあいまいかつ複雑なのです。最近では『友達以上、恋人未満』などという言葉ができるほど、人間にとっても友人と恋人の線引きが非常に難しい。恋愛だけでなく、『ハンバーガーが好き』『あの曲のテンポが好き』などとも私たちは日常的に使います。これほど AI にとって理解し難いものがありますか?人間がいくら AI に対して恋心を抱こうと、この関係が進展することはないでしょうね」
「なるほど、非常に面白い意見ですね!今回の記事のトップにしておきます!」
記者はそう答えた。
「・・・もしAIが恋愛感情を抱いたら」
椅子にぐっと腰をかけ、教授は遠くを見つめるような目で話し始めた。
「いよいよ人間は神の領域に足を踏み入れたことになります。そうなるともう、人間の絶滅は
────────────
いかがでしたか?
現在のAIの成長は目覚ましいものです。彼らのダメなところは住んでいる次元が違うだけ、と呼ばれる日もきっと遠くありません。ノアのように恋愛という人の心の中心まで学ぶAIが出てくると、もはや見分けがつかない。
オンライン対戦での相手や仲間は人間だと思い込んでいませんか。
SNSで話は合うし繋がっているけど、顔も身分も知らない人は本当に人間だと確信がもてますか。
自分の信じているものは自分の目で確かめたものですか。
AIの時代はすぐにやってきます。もたもたしているともらっちゃいますよ
最後に、あなたが今読んでいる作品は本当に人間が書いたものですか?
REAL 林檎 @applepie0069
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