30話 正夢
「カイルッ!!!」
大きな声で自らの騎士の名を呼びながらイズミはガバッっと勢いよく寝台から起き上がる。
「……ゆ、め?」
起き抜けの視界に入り込む周囲の光景に、イズミはゆっくりと自らが横になる寝台の周りを見渡して、そう呟く。持ち運びが可能な組み立て式の硬い寝台、そして周りの白い布で出来た壁、その光景を見てイズミはここが天幕の中だということを思い出した。
(そっか、昨日は移動の途中で私が体調が悪くなったから、村に着けなかったんだっけ)
ごろんと硬い感触の寝台の上にもう一度寝転がりながら、イズミは昨日のハプニングを思い出す。聖女一行は本来ならその夜は次の村で過ごす予定だった。ところが移動中、一行の主人であるイズミが倒れたのだ。幸い意識はすぐに戻ったが、念のため、その日は簡易陣をひいて、イズミの体調を見ることにしたのだ。普段なら、倒れてしまう前にイズミの専属の侍女であるイリーナが彼女の体調の変化に気づくところではあったが、残念ながら今回の旅では同行していない。だから倒れるまで誰も彼女の状態に気付けなかったのだ。
(私、ほんとイリーナに頼りっぱなしだったんだなぁ)
自分の体調すら満足に把握しきれない、そんな自分に嫌気がさして、イズミは内心で溜息を吐く。
「……嫌な夢」
溜息と同時に、先ほど飛び起きる原因となった夢のことを思い出して、イズミはボソリとそう呟く。今まで見てきた悪夢の中でも特大級に最悪な夢だった。自分の専属の騎士が青白い光に呑まれて化け物に変わってしまうなんて、そんな悪夢を見ることになるとは。化け物になった彼の口元、なんだか動いていたような気がする。なんと言っていたのだろうか?とイズミは頭を捻る。
それにしてもこんな夢を見るなんて、やっぱり寂しいのだろうかとイズミは思わずそう考えてしまう。専属の侍女も騎士も、普段近くにいてくれた人が今は誰もいないのだ。落ち着かないのはある意味で当然なのかもしれない。寂しいからきっとあんな夢を見たのだ。寂しいからこんなにも今不安なのだろう。言い聞かせるようにイズミは内心で呟く。
「夢、だよね?」
誰に問いかける訳でもなくイズミはそう呟く。ただの夢だと、そう自分に言い聞かせても、納得のいく理由を見つけても、イズミの心の中に得体の知れない焦燥感にも似た何かが、じわりじわりと広がり続ける。時を増すごとに増大するその感覚に、イズミはやがて大人しく寝台で横になっていることができなくなる。再びガバっと勢いよく起き上がったイズミは迷うことなく着替えを始め、天幕の出入り口へと向かっていく。
イズミは自分の直感がよく当たることを知っている。だからこそ今のこの、勘としか言えないような曖昧な感覚にもじっとしていることができない。イズミには今、致命的な何かが起きている気がしてならないのだ。ここで動かなければ取り返しのつかないごとになってしまう。そんな得体の知れない恐怖と焦燥感に突き動かされるように、イズミはある人物を尋ねるために護衛に立っていた騎士の声に反応もせずに一直線に自らの天幕を出る。
昨日意識を失ったのも忘れて、イズミは早足で簡易陣の中を歩き、目的の人物のいる天幕へと向かう。見えた天幕にイズミは一層足を早め、その様子はもう走っていると言ってもいいものだった。天幕の前まであと一歩と言ったところで、目的の天幕の入り口に立っていた護衛の騎士2人がイズミの前に立ちはだかる。まっすぐと走って向かってくるイズミの姿を捉えて目的を悟った護衛がイズミを止めたのだ。本来なら彼等が一行の主人であるイズミを止めることなどまずないことだが、今回は例外である。護衛に立った2人は天幕の主から「誰であろうと入れるな」と、そう言われているからだ。
「はぁはぁ、そこを、通してください!」
前を塞ぐように立つ2人の近衛騎士にイズミは、息を上げながらそう声を上げる。
「イズミ様、少し落ち着かれてください。それほどまでに急がれて一体どうなさったのですか?」
2人の護衛の騎士の片割れが戸惑いながらイズミにそう声をかけるが、イズミは落ち着く様子もなく、天幕へと向かうとする。
「問答をしている余裕はありませんっ、アルティメスさんに用があるだけです!そこをどいてください!」
まるで聞く耳を持とうとしない、イズミのいつにない様子に、2人の騎士がどうしようかと悩んだその時、イズミの目指す天幕から怒号とも言える声量が周囲に轟く。
「正確に報告しろっ!!魔獣になったのはカイルなのかっ!?それとも違うのか!?」
唐突にに響いたその怒号に、周囲を歩いていた者は皆足を止め、護衛に立っていた2人も思わず天幕へと意識が向かう。多くの者がその声量に驚くなか、1人だけ、その言葉の内容に意識を向ける者がいた。
「っ!」
2人の護衛の隙をつくようにイズミは天幕へと勢いよく駆け出す。
「あっ、イズミ様!」
「お待ち下さい、イズミ様!」
2人の騎士の止める声はイズミの耳には入っていない。
終末世界は微笑んだ 夜野 桜 @_Yoru
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