第23話

23

「どうぞ、早く飲まないと味がかわるぞ。」

食卓の上にカップを置きシスターに言われた通りに注ぐ。

今回は上手くいったと自負しているので、早く飲んで欲しくて1番を急かす。

1番は言われてカップに口をつける。「あ、美味しい‥。」とポツリと呟く。

上手くいったと思ったのは俺の瞼の裏だけじゃなかったようだ。

「美味しいです。驚きました‥、こんな特技があるなんて。」

そう言われると悪い気がしないな、カッコよくポーカーフェイスを気取りたいけど、どうにも口が震えてしまう。

「最近知ってな。人に飲んでもらったのは1番が始めてかな?」

「そ、そうですか‥。それは、あ、ありがとうございます!」

カタカタ‥。

目に見えて手が震えている‥初めて人に飲めせるわけだからそう聞いて不安なのかもしれないが1番は美味しそうに飲みきってくれた。

「とても美味しかったです!これはご両親から?」

「いや、最近知り合った人から。さっき話したシスターな。家に連れて来た時に教えてもらった。」

「そうですか、シスターさんから‥。私も話さないといけないですね‥。」

1番がカップを見つめて遠い顔をしている。

今1番が何を考えているのかはわからない、けど自分のいつかの立場とシスターの今までの立場が重なっているのかもしれない。

俺の視点からすると彼女達はただただ被害者だ。

式の邪魔をされ今まで手伝ってくれた人を襲撃し式や生徒会にダメージを与えた。

金を盾にいいように使われて挙げ句の果てに消耗品として捨てられそうになった。

「‥そうだな‥。話すべきかもな‥。」

でも、‥俺が知らないだけで5番と5番の家はそれぞれ生徒会に貢献、学費や教会に援助をしていた。一概に悪と結論していいか俺にはわからない。

もしかしたら俺がいなければ三人は‥苦しまないで‥いたのかもしれない‥。

頭が重くなってくる、針金で頭を縛られていくような感覚に陥る。

目の前がぼやけ始める‥、不安になるとたまにこうなる‥。

「‥‥。」

「大丈夫です。私は貴方に感謝しています。」

俺の考えている事がわかったのか、1番が立ったままの俺の手を握ってくれた。

「弱いよな‥俺‥。」

「貴方は私のために体を張ってくれました。私は‥貴方の優しさを知っています。」

「‥‥。」

目を閉じて1番の体温を感じる。

不思議だ、たったこれだけでさっきまで不安定だった心から波が消えていく‥。

「‥ありがとう。今日は楽しかった、そろそろ時間だろ?」

「はい、そろそろですね。私も楽しかったです‥。また一緒に映画を見に行きましょうね。」

1番と手を握りなおしてお互いの顔を見つめる。

紅茶の香りが辺りに漂っている。紅茶の香りに包まれながら1番の手を感じるこの感覚は離れて難かった。

「‥エンジンだ‥。」

遠くから車のエンジンが聞こえてくる。きっと1番を迎えに来た車だ。もう少しゆっくりでもいいのに、こちらに近づくのがわかる。

「1番、お願いだ。最後まで手を握っていてくれ‥。」

俺の情け無い願いを1番が聞いて繋いだ手を離さないでいてくれた。


「あぁ、そうか。わかった。今日はそっちに泊まるんだな?」

1番が車で帰って軽く片付けをしてシスターに連絡をしたら、今日は2番の家に泊まるという話になっていたらしい。

恐ろしいな、本当にあったばかりに近いのに家に泊める事になるのか‥。女の子ってわからない。

いや、俺なんか会ったその日に泊めたか‥。

「ええ、そういう事だから。今2番さんに変わるわね。」

「‥4番?シスターさんから話は聞いた?」

「聞いた聞いた。シスターはそっちに泊まるんだな?」

「そうなったわ、まだ色々と話したりしないといけない事があったから‥。今日はどうだった?」

話さないといけない事‥。そこで話をやめて話題を変えてきた、何か二人でしか話さないといけない事があるみたいだな。

「ああ、さっきまで1番がいたよ。今日は楽しかったって言ってくれたな。俺も今日は良い経験が出来た。」

久しぶりに映画を見たが結構楽しかった、また行きたいと思える程に。

「明後日はどうする?迎えに行くか?」

「そうね‥。それもいいかもね。‥迎えに来てくれる?」

「わかった。迎えに行くから待っててくれ。」

2番がそう言ってくれた。普段2番もあまり人に頼る事がないからこう言ってくれて正直嬉しかった。

その後シスターに改めて変わって貰い2番との会話はそれだけで終わった。

「じゃあ、明日な。」

「ええ、おやすみ。私がいなくてもしっかりした生活してよね。朝は起きて洗濯とか掃除とかも」

「ああわかった。」

プツン‥!

シスターからお小言の途中で通話を切る、切った後に気づいたが明日この事で怒られそうだな。

「まぁ、いいや。」

そして今日は風呂に入って終わらせる事にした。


「まったく、呼んでも返事がないから何かあったと思ったら‥。」

「‥‥はい。」

油断してしまったらしい、シスターが家に帰って来るのが何時かわからないけどそれまでに家事をやっておけばいいと適当に思っていたが。

「まさか余裕を持って昼少し前に帰って来たら、まだ寝てるなんてね。」

「‥すみません‥。」

「まぁいいわ、折角の長期の休みだもの。ゆっくり寝たいのよね、とりあえず何か食べましょう。」

シスターはそれ以上何も言わないでくれた。

二人で昼食を用意して席について食事を始める。

まだ半分寝ている頭のまま食器の音を立てて食べていると、「聞かないの?2番さんと話した事‥。」自分から切り出してくれた、俺も気にはなっていたが。

「‥いや、大丈夫。2番としか話したくないから一人で行ったんだろう?話さないでいいよ。いずれ聞き事になるかもだけど、今は聞かない。」

「‥‥わかったわ。その時が来たら話すから。あのね実は昨日1番さんと少し話したの。」

「1番と‥。昨日の夜か。」

「ええ、とっても良い人ね。少し話しただけで仲良くなれたわ。ちょっとだけ大人し過ぎるけど。」

1番のあれをシスターもわかったらしいな、楽しく話せたらしい。

「あの二人を同時に縁談なんて5番も身の程知らずよね。プライドがあると自分も見えなくなるみたい。」

なかなかに辛辣な事を言っているな‥。

「そ、そうだな。アイツも考えが足りなかったな。」

「ふふ、貴方も気をつけないとね。ああならないように♪」

‥なぜだろう‥。決して他人事じゃないと言われているように感じる‥。

昨日何を2番や1番と話たか色々聞かせてくれた。中には確実に俺の事で悪口で盛り上がったと言っていて少し心臓に悪い。


「‥あのね。私考えたことがあるの‥。」

食事終わりにシスターがそんな事を言ってきた。神妙な感じなので俺も座り直して聞く。

「どうした?」

「私、そろそろ教会に戻ろうと思うの。」

いずれ来ると思っていたが唐突にだった、確かに休みの間中ずっとここにいられないとわかっていた。

それに俺は散々シスターの生活能力に頼ってきたのだ、いい加減に自分一人で家事をしないと、とは考えていた。

「そうか、シスターも教会に戻りたいよな。」

「まぁ、向こうを安心させる為にもって所ね。あれから一度しか顔を見せてないし。」

自分も帰りたいって言わない所もシスターらしさな感じがする。

「‥‥。」

「‥ふふ、あなたってすぐ顔に出るのね。寂しい?」

「‥寂しい‥。」

素直に声に出てしまった。今誰もいない家を後1週間近く想像して膝が震えてしまった‥。誰かが傍に誰もいないのは苦しくてつらい。休み前には一人で大丈夫だと思っていたが今はもうわからない。

2番や1番ともいられない時間、それを俺は後1週間耐えられるだろうか。

「‥‥。」

「実はね。2番さんから言われてる事なの、あの人は今すごく不安な状態だからあなたに傍にいてあげて欲しいって。大丈夫よ少なくとも休みの間はいてあげるから。」

「2番から‥。」

「昨日ね。だからもう少し一緒にいてあげる、感謝してね。」

「‥シスター‥。」

「ん?何?」

シスターが席を立ち上がって近寄って来た。

そのまま俺の頭を腹部で抱きかかえてくれた。これも‥2番から聞いたのか‥。

「今‥怖くなった‥。誰もいない家を考えたら‥俺は。」

今までの生活で寝坊した事なんてなかった‥。俺はシスターが帰って来てくれるって安心してしまったから眠り続けてしまったのかもしれない‥。

「試してごめんね。でも大丈夫よ、私がいない時があるかもだけどその時は2番さんや1番さんがいるからね。」

「でも‥シスター、教会は‥。」

「大丈夫よ。この休み中でも何度か顔を見せるつもりだし、何度か泊まるかもしれないから。でもその時は誰かがこの家にいるから‥。」

俺に声をかけながら頭を撫でてくれる‥。

「ごめん‥。かっこ悪いよな‥。」

「誰だって常にカッコいいわけないから。貴方は充分私のために戦ってくれたわ‥。」

そのまましばらく動けなかった。結局俺は一人じゃ何も出来ないらしい‥。

みんながいないと一人暮らしなんて夢のまた夢だろう。

「どうする?もう少し?」

頭を撫でながら聞いてくれる、それに俺はシスターの背中を抱きしめることで返事をする。回答がわかったのか俺が落ち着くまで頭を撫で続けてくれた。

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学術都市前日譚 一沢 @katei1217

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