第22話
22
それから1番はソースを作り始めた。
「何か苦手な味はありますか?」1番が醤油やソースなどを出しながら後ろにいる俺に聞いてくる。
「あー、その。昔からニンニクとか大葉とかあとそれ系のドレッシングが。」どうにも臭いがキツイ物は食べれない。椎茸とかも正直苦手だ。
「そうなんですか、わかりました。ふふっ、ふふふ。」
むう、子供っぽい舌だと思われたか。でも苦手なんだから仕方ない。
「実は私もあんまりニンニクは食べれないんですよ。」それぞれの調味料を混ぜながら1番が話してくる。「そうか‥。俺は食べるとなんか気持ち悪くなって、それが苦手なんだよな。」「あ、わかります。私も一日中それが続く気がして苦手なんです。」
お互い口下手だからか好きな物の話でも嫌いな物の話でも共通の事が有ると話が弾むようだ。お互いコミュ力低いな。
「そろそろバターを室温に戻しておきましょう。少し溶けてる位が美味しいんですよ。」
ソースを作り終えた1番が食器棚から小皿を出し冷蔵庫からバターを出す、小皿にサイコロ二つ分程の大きさにしたバターをのせて残りを冷蔵庫へ。
シスターといい1番といいなぜどこに何があるかわかるのか?1番が出した小皿を俺はこの休みに初めて見た。
「じゃあ食器を出しましょう。ローストビーフと野菜をのせるお皿と‥‥」
1番の指示に従い必要な食器を出して食卓に持って行く。
「こんな所か?」食器棚からナイフとフォーク、後箸も出しながら1番に聞く。
「はい、これで十分です。それに‥もういい時間ですね。」
言いながら1番がアルミホイルを解いて中の肉を確認する、開けた瞬間の香辛料の香りがたまらない。
「後はこれを切るだけですね。切ってみますか?最初ですから少し厚めに切ってもいいですよ。」と言う1番からのお許しを頂き切らせてもらう事にした。
「お、柔らかいな。ストンって入っていく。」包丁を当てて少し引くだけで刃がブロック肉を切り裂いていく。
「ふふ、4番君ってたまに可愛い反応しますね。今みたいに。」
1番から可愛いと言われた。なんだろう‥嬉しいような恥ずかしいような。複雑な心情だ。
「‥たまにしてる?」「はい、たまにですけど。」1番に聞き返しても具体的に言ってくれなかった。今度から気をつけないとな。
俺が二枚位切った後に1番がブロック肉の半分程をスライスする。見比べると俺の断面はガタガタで美しくないが、1番の断面はお店で出せるレベルの迷いがない切れ後で中の赤い部分が鮮やかだった。ここも経験の差があるな。
「じゃあ俺が持って行くよ。」切ったローストビーフを縦長の食器に乗せて食卓持って行く。思った通り結構重量がある、そして1番はこの肉をトングを使って片手でひっくり返していた。「1番、ありがとうな。美味しいそうだよ。」「?。はい!ありがとうございます。私も嬉しいです。」急に俺からの感謝の言葉に面食らったみたいだが1番は嬉しそうだ。
俺が用意していた食器群の真ん中にローストビーフを置いて二人で向かい合わせに食卓につく。
「「‥‥‥。」」なぜだろう。なんか‥気恥ずかしい。無言のまま二人で下を向いてしまう。
「い、いただきます。」「はい‥、いただきます‥。」このまま冷めてしまってはいけないと、思い切って切り出してみて1番もそれにのってくれた。
早速ローストビーフを一枚、俺が切った物を取ってみる。
「ソース使わせて貰うよ。」まずはパンも野菜も使わずにローストビーフだけを食べてみる、そして口にローストビーフを入れた瞬間。
「‥!おぉ‥!」美味しい‥!柔らかくて変な臭みが全くない。これが肉の甘みか‥。そして数分で作ったとは思えない程にソースが肉と合っている。中が少し生だからか味が外と中で違いがあって食べていてとてもジューシーだ。
「どう、どうですか‥?」1番が自信と心配を持って聞いてくるが、答えたくてもまだ口の中で味わっていたい程美味しかった。
「美味しいよ、すごいぞ!1番!何枚でも食べたいぐらい美味しい‥。」
もっと他に伝える事があったのではないか?君の料理の腕は最高だ、とか、俺にこれを食べさせてくれたありがとう、とかなんか言えないのか俺は?
でも、これが正直な感想だった。
「ほ、ほんとう‥ですか?上手く出来てますか‥?」恐る恐る1番が再度聞いてくるが回答は同じだった。「本当だ。すごい美味しいよ。もっと食べてもいいか?」
答えて貰う前に再度ローストビーフを俺の皿の上にのせてソースをかける、今度はパンや野菜も一緒に食べる。「よ、よかった‥。私、嬉しいです‥!。」
俺が黙々と食べている光景が楽しいのか1番は、にこやかに俺を見ている。
「ほら1番も、じゃないと全部俺が食べるぞ。」作った本人に向かってそんな事を言ってしまう。だけどこの感情を1番と分かち合いたかった。
「あ、はい。じゃあ私も‥。」言いながら1番もローストビーフに手を伸ばす。
1番は最初、何もかけずにそのままローストビーフを食べた。
「‥よかった。上手く出来てますね‥。」思い通りの味になっているのかほっと一息つく。
「すごいな、この味は親から習ったのか?」俺も何か親から習った味があればよかったな。「あ、その。これは母からなんですけど‥ふふふ。」なんだ?1番が急笑い始めた。「実は母にこれを教えたのは大叔父様なんです。」昼間のマスターか。
「じゃあ、1番はマスターの孫弟子?」「ふふ、弟子とかではないんですけど、そうですね。この大元は大叔父様ですね。」1番が笑いながら肯定してくれた。
もしかしたら、あのカレーのスパイスはマスターが作り上げたのか?
「マスターって料理上手いだな。あのカレーも美味しかったし。」ローストビーフを食べながら1番に聞く。「はい、あのカレーは昔から大叔父様の家に行った時に食べさせて貰った思い出の味なんです。」昔からか、昔からあのカレーを食べてたって事は1番は辛いのが大丈夫だし好きなのかもな。
マスターから教えてもらった料理を中心に好きな料理を食べながら話していると。
「あ、もうなくなっちゃいましたね。」
半分切ったローストビーフがもうなくなった。結構量としてはあったのに何枚でも食べれる気がして、正直まだまだ食べたい。
「あーその。まだ食べてもいいか?」
「ふふ、はい。私もまだ食べたいです。」
俺に気を使ってくれたのか1番自身まだ物足りないのかそう言って残りのローストビーフを切りにいって、すぐに戻ってきた。
そして食事は続き1番との会話も続ける。
「今日の映画、かなり面白かったな。」内容が内容だけに盛り上がるというものではないにしてもあの映画について話したかった。
「はい!あの、最初に流れた曲なんですけど!実は‥」話を振っておきながら1番の急な饒舌に驚いた。
その後も1番によるあの音楽家の映画で語られていない半生やあの時の彼の行動の理由を細かく話してくれる。
「それでですね!あっ、すみません‥、私、その‥、一人で‥。」
自分が一人でかなりの早口で喋っていたのに気が付いたのか黙ってしまった。
「あ、別に良かったぞ?俺もあの映画面白かったし。もっと1番の話を聞いてもいいか?」正直早口で少し聞き取りずらかったが、映画の考察が深まって興味深かった。
「え?いいんですか‥。私、特別、専門家とかじゃ‥。」
「いいって。俺も専門家とかじゃないんだし、ただ1番の話が面白かったから聞きたいだけだよ。ただもう少しゆっくり喋ろう、俺も一緒に話したい。」
あの1番のペースでは俺が口を挟む隙がない、それでは俺自身も話足りない。
「‥はい、わかりました。じゃあさっきの続きなんですけど。」
それから1番はゆっくり話してくれ、俺も1番との会話を楽しんでいた。練習の時もかなり話したけど、純粋に会話を楽しむのは1番とは初めてだったかもしれない。
「へー、じゃああの時。主人公が帰ったのは‥。」
「はい、親の不幸があったから、が大きいでしょうが。それ以外も、」
1番が真剣に楽しそうに話している。専門家じゃないと言っていたが今の1番はただの趣味で覚えたとかではなく感じる。
気づくとローストビーフはもうなくなり、パンも野菜も無くなっていた。
「あ、全部食べちゃいましたね。ふふ。」
残り半分を持ってきてからは俺が多分大半食べただろう。
「あーその悪い。俺一人で食べて‥。」
食べ終わって気がついたかが、もしかして1番は俺に遠慮してくれていたのかもしれない。そう思い1番に今更謝る。
「いいえ、私もお腹いっぱいでしたし。それに‥ふふ、ありがとうございました。美味しいかったですか?」完食されて1番は嬉しいらしく、微笑みながら聞いてくる。
「美味しかった、ご馳走さま。また食べたいよ。」心の底からの感謝と願いを伝える。
「良かった‥。お粗末さまです。」二人して感謝の意を伝え合う、やはりどこか固い挨拶のように感じるがこれが最高の言葉なのだろう。
「あとどれくらいで迎えが来るんだ?」
食器を片ずけて1番とソファーに座ってテレビを見ていると時計が目に入った。
「あと、1時間とちょっとですね。あっという間でしたね、ふふ。」
ほんとにあっという間だったな今日は。そして今日は沢山の知らない1番が見れて、楽しかった。
一緒に料理や食事をして心理的な距離感が近くなったみたいで今は二人でソファーに座っている。1番は少し汗をかいているようで1番の匂いをすごく近くに感じる。
「あ、あの。」1番のあの感じで何か聞いてくるが、まっすぐこちらを見てくる。
「どうした?」
「えーと、あの映画で‥その、手を!あ、繋ぐシーンが‥。」
「あ、あったな‥うん‥。」「‥‥。」
なぜ今誰もいない時にあのシーンなのか、あのシーンの後にセクシーな演技が流れていたのに、あの場面について話したいのか?それは少し‥。
「あ!いいえ!別に‥そういった!ち、違うんです‥。ただ、私はその‥手を、繋ぎたくて‥。」ああ‥!驚いた。心臓が破裂するかと思った‥。
「手を、繋ぎたいのか?‥。」
「もし、よろしければです‥けど‥。」
「‥いいぞ、繋ぐか‥。」自分で言ってて驚いた‥!俺はこんなに積極的だったか?
前に2番に散々甘えたのを思い出して、あぁ、自分はそうだったな‥と自覚。
「は、はい‥じゃあ‥‥。」「‥‥。」二人の間のソファー表面を二人して撫でるように手を近づける。そして指が触れた‥
「い、いくぞ!」「はい‥!」ゆっくりとだが二人で手を繋いでいく。
「手、大きいですね‥。」繋いだ瞬間は身震いするほどに背筋に何かが走ったが、何故だか‥。今はずっと繋いでいたいほどに、安心感がある。
1番の体温を手を通して感じる、もうすでに2番ともシスターとも手を繋いでいる。
何度やっても‥、この安心感は慣れないが何度もしたいほど惹きつけられる何かがある。
いつまでそうしていたか、お互い何も話さないでただテレビの音だけが流れる、でもテレビの内容なんて頭に入らない。
「な、なぁ、1番‥。」「あ、はい、いいですよ‥。あの時の‥ですね‥。」
そう言われて自覚した、俺は1番の足を見ていたようだ。俺も単純だな。
手を離して1番が自分の足を見せるようにする、俺はそのまま確認も取らずに足を枕にする。
「ふふ、これ好きですね?」1番が頭を撫でもう片方の手を俺の胸の上に乗せる。
「ごめん‥、俺これが好きみたい‥。」
胸の上の手に手を重ねるようにして再度1番と手を繋ぐ。
「可愛いですね‥。やっぱり貴方は甘えん坊です。」心臓を通して1番の手を感じる、このまま1番の手によって心臓を鷲掴みにされそうな感覚におちいる。
生き死にを1番に掴まれたような恐怖心となにもかもを1番に差し出したような背徳感、自分が自分以外の存在に飲み込まれるような充実感、これは前にも感じた気がする‥。
「‥1番‥話さないといけない事がある。聞いて欲しい‥。5番についてなんだ。」
いずれ話さないといけないと思っていた5番の家についてが口からこぼれでる。
「‥はい。私も聞きたいです‥。」
休み中のシスターとの出会いに5番の家からの攻撃、そして今のあの家について正直に話した。
「‥はい‥はい。」1番は俺の頭を撫でながら話を落ち着いて聞いてくれる‥。
俺にとって膝枕とは自白剤のようなものなのか?いや、違うな‥。俺にとってはこの人達こそが‥。
「そうだったんですね‥。」「ごめん、怒ってる?」
今日の最後にこんな話をしてしまった‥。1番は優しいから許してくれるだろう、だけど‥。本心ではどうなのか?
「いいえ‥。怒ってませんよ。貴方はいつも人のためにいるんですね‥。ふふ、貴方は‥ふふふ。」
胸の上に置いてある1番の手から熱を感じる‥。
「それに怒れませんよ‥。話しているときの貴方‥すごくドキドキしてるんです。」
「よかった‥。でも、話さないといけないって思ってたんだ。」
「‥私も聞かないといけないと思ってました。そんな事があったんですね‥。お疲れ様でした。」
1番はそのまま頭を撫で続けてくれる。
本当はこのまま眠ってしまいたい程心地がいい‥。もしかしたらここはもう夢の中なのかもしれない。
「ふふ、良いみたいですね?でも、もう‥時間ですね‥。」
「そうか。そろそろ‥起きないとな。」
「はい、そろそろ起きて下さいね。このままだと、私も困っちゃいます。」
よっと‥!。1番の膝の上から頭をあげるために上体を起こす。
「まだ少し時間があるな‥。ちょっと待ってくれ。」
返事を聞く前にキッチンに向かい、シスターから習いたての事をする。
確か‥この辺りに‥あった!。どうにかポットを探し出し、そしてカップを二つ。後は言われた通りの手順だ。
「はい、これ。」「あ、良い香り‥。これは‥4番君が?」
ポットとカップをソーサラーの上に乗せて現れた俺を1番が不可思議そうな顔をしている。
俺がこんな慎重な事ができると思ってなかったみたいだな。結構驚いた顔をしている、そんなに俺ってガサツ?。今度から気をつけると決めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます