21.安堵。香織も違和感に気がついたみたいなんだけど
「ねえ、香織……どこまで気がついてる?」
「わかんない。でも私たちって小さい頃から一緒だったよね? それこそ琴音とは、保育園からの付き合いなのに、琴音に妹が……鈴音ちゃんがいたって記憶は私にはないのよ……これって、どゆこと……なんだろ……?」
私の問いに、目を瞑って考え出した香織の眉間に深いシワができる。そういう私も、自分でも口元が引きつっているのがわかる。もう、その時点で認識が違うんだよ香織。
香織はちょっとだけ違和感に気がついたみたいなんだけど、正直言ってその気がついた内容が根本的に違うのよね。それこそ私の記憶と比べても、もう色々と。何ていうのかな、もうホントみんな違う。
私と香織はね、高校で初めて出会ったの。
だからそもそも幼馴染じゃないのよね。
もし香織が言うように、私と香織と保育園が一緒だったとしたら、この辺りだとまず同じ地域に住んでるってことになるの。でも実際には私の家と香織の家は同じ地域にない。香織の家があるのは、隣の町なんだよ。だから保育園も別だったし、小学校も中学校も別の通学区だったから知り合いですらなかったのよね。
それでね、隣町にある香織の家なんだけど、それだって隣町なあるってことだけで、詳しくどこなのかは知らない。行ったこと無いんだもん。
でも香織の中で、隣町に住んでるってこの事実は、既に私の近所住みだったって事実に書き換えられちゃってるのよね。
……まあ、もしかしたらだよ。香織の認識のほうが既に正しいかも知れないんだけど。
「それじゃあさ。私が、香織の家は隣町にあるんだよって言ったら、信じる?」
「何言ってるの。信じるも何もそれは違うし。私の家は琴音の隣の家よ? それに今の場所に隣の町から引っ越したのって、確か私が保育園に入園するちょっと前のことよ。住んでいるっていうか、昔は住んでいったって……待って、何かが変……」
もう少しかな。だいぶ混乱している。
「香織は今も隣町住みだよ。朝だって通学するのに電車の路線が違うから、別の電車に乗っているよね? だから下りる駅も違うから、毎朝あの交差点で初めて顔を合わせてるんだし」
「そう……よね。言われてみれば、何だか私もそんな気がしてきた。朝電車に乗って、下りる駅が違うから、あのいつもの交差点で琴音と挨拶してたんだよね。そうだよ。うん、絶対に何かがおかしい。どうしよう私の家、もしかしたら知らないうちに場所が変わってるの?」
「もしかしたらもう、違う場所に変わっているかも知れないけれど、その認識でいいと思う」
「えっ、変わってるんだよね?」
「変わってるっていうか、変わったっていうか。まあ色々かな?」
「あはははっ、なにそれ。意味分かんない」
何だか私も意味が分からなくなってきて、変な顔をしていたのかな。顔を見合わせた香織は何だか楽しそうに笑った。
実際問題だよ、私に『織人』なんて兄が『できた』時点で、きっと世界がまた変わっているんだと思う。相変わらずこれって、私の異能が私の意思に反して勝手に発動した結果なんだろうけど、もうなるようにしかならないみたいだし。
今もほら、自然な感じで手を振りながら織人が公園の道を歩いてくるし。
さっきと打って変わって外見は……なんていうか、普通の格好かな。赤いポロシャツにジーパンなんていう、現代的な服装に変わっているね。逆にすごい違和感を感じるかな。出会った時が全身真っ白な白執事だったし。
ただ髪は相変わらず真っ白だし、肌は若干、まだ青白いような気がするけれど、黒馬の馬車に乗っていた時よりは遥かに健康的な肌色になってる。悪魔みたいな赤と黒の瞳だけは、何ともならなかったみたいだけど。
「お待たせしました。さあ、帰りましょうか」
「……えっと、どこに?」
「……どこって……琴音は何を言っているんですか……」
当然聞くよね?
さすがに私の口からその言葉が出るとは思っていなかったみたいで、織人は一瞬あっけにとられたような顔をした後、額に手を当てて苦笑いを浮かべた。そんな仕草も様になるから、さすが白執事って思ったのは内緒。
「もちろん帰るのは自宅ですよ。いったいどこに行くというのですか」
「……うーん、なんか怪しいよね。織人だし」
「怪しくないですよ。何ですかその不審者みたいな扱いは。失礼ですね。
さっきも電話で教頭先生にも頼まれましたから、自宅以外の別の場所に行くという選択肢はありませんよ。もっとも、帰りにコンビニに寄る程度は問題ないでしょうけれど。
それと香織さん――」
織人の視線が私の隣に座っている香織に向いたから、私も香織に顔を向けると、何だか顔を真っ赤にして俯いている。えっと、どゆこと? さっき会ってるはずなんだけど?
明らかに『恋しちゃってる』みたいな表情に、思わず私の顔も緩んだ。想定外もいいところだよ。
「香織さんの親御さんとは、連絡がついていますから安心してくださいね。ただ、出張先での仕事が当初の予定よりも立て込んでいて、帰るのが明日になるそうです。うちの父と母と相談して、今夜は我が家で過ごしてもらう話になっていますから、特に問題はありませんが」
「そ、そうなんですか……はい……」
「ちょっと織人。私そんな話聞いてない」
「そりゃそうですよ。ついさっき私があちこち連絡して決まったことですからね。ついでにうちの両親も、飛行機が遅れていて帰りが夜中遅く、日付をまたぎそうだと言っていましたね。お忍びで旅行していた有名人のせいで、空港がパニックだとか……迷惑な話です」
「なにそのお約束展開……?」
「知りませんよ。私だってこんな展開、想定外もいいところなんですから」
力なく肩を落としている織人の様子からして、ほんとうにウォルドとして何かをしたわけじゃないみたいで、ちょっとだけ顔がひきつった。
たぶんこれって、私の異能の影響……だよね、きっと。
『刻繰りの魔王を取得しました。異能に組み込みます』
「えっ……待って?」
「なんっ!?」
ここでまさかの異能取得アナウンスが、私の頭の中に流れる。
びっくりして思わず出た私の声と、前に立っていた織人の声が重なった。どうやら本人にもアナウンス聞こえたみたい。さらにどうやら想定外だったみたいで、大きく目を見開いている。うん、悪魔の目が見開かれると、結構怖いね。
さらに隣では、静かにアイスクリームを食べていた鈴音がベンチから立ち上がっているし。相当びっくりしたのかな、手に持っていたアイスクリームが地面に落ちてる。
「こ、琴音お姉ちゃん? どうなってるの、何でウォルドが琴音お姉ちゃんの……」
「わかんないよ。私何もしていないよ?」
「ええ、私も何も。それと鈴音、私は織人です」
「こ、琴音? 大丈夫?」
もうね、頭抱えてもいいよね?
いきなり頭を抱えた私を心配して、香織が横から顔を覗き込んできたんだけど、もうね、ほんと勘弁してほしいって思った。
今回の異能は、なんと『魔王』。これってウォルドそのものが私の異能になったってことなんだよね。ここまで来るともう、私の異能が何だか分からなくなってくる。
そもそもだよ、異能って何さ。
こんなにポンポンと取得するものなの?
「これは……若干の違和感を感じますが、問題なく世界に固定された感じですね。能力にも制限がかかりましたか。それに世界移動も不可能になりましたね……神とのリンクが切断されているのが不自然ではありますが、この程度であればまあなるようになるでしょう」
「あっ、あっ、悪魔っ! 琴音っ、どうしようさっきの悪魔っ」
「おや……すごいですね。認識すらも改変されましたか。香織さん、さっきぶりですね」
何でかな、ほんとちょっと前まで恋する乙女モードだった香織が、一転して織人のことを悪魔だと認識したみたいで、真っ青な顔して震えている。
もうね、意味がわからないよ。
どうしよう、このカオス……。
悲報。私の異能が私の意思に反して勝手に発動するんだけど 澤梛セビン @minagiGT
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