第29話「凛奈の忘れ人 その8」
陽真達は馬車で城まで戻る。凛奈は服を破かれ、代えの服も持ってきていないため、シーツにくるまりながらうつ向く。ワゴンは気まずい雰囲気に包まれる。
「なぁ、凛奈」
「はい……」
「やっぱお前のブラジャー……結構大きいな」
「え? 見たんですか!? 陽真君のえっち……///」
いつものように頬を赤く染める凛奈。シーツで胸を隠す。気まずい雰囲気を少しでも和ませようと思っての発言のつもりなのか。リユニルと話している間、陽真は下着姿の凛奈が気になって仕方がなかったようだ。
「悪ぃ悪ぃ……お前、相変わらず胸が大きいからつい気になって……え?」
「ん?」
陽真はあることに気がつく。
「なぁ凛奈、今お前、俺のこと『陽真君』って呼んで……」
「あっ……あれ? 私……なんで……」
凛奈も無意識に言っていて気づかなかったようだ。丁寧語は今朝からずっとだが、まるで記憶を失う前の要領で陽真と話せているようだった。
「どうして……」
「よくわからないけど、あなたは私の大切な人だって思えるんです」
「え?」
「最初あなたが私を恋人だと言った時は何も感じなかったのに、今はなんだか……強くそう思えるというか……」
シーツがずれ落ちる。凛奈は下着を見せびらかしながらも、気にせずに陽真に寄り添い、彼の手を握る。
「あなたといると胸がドキドキします。助けてくれたあの時も、一番最初にあなたが来てくれると確信してました。なぜかはわからないけど……。でも、だからこそ、今なら信じられます。あなたは私の恋人だって。あなたは絶対に忘れてはいけないとってもとっても大切な人だって……」
ギュッ
陽真は凛奈を強く抱き締めた。下着姿であるからといってやましいことは考えず、純粋で熱い心で受け止めた。
「ありがとう……それを思い出してくれただけでも嬉しい。ありがとう、本当にありがとう……」
「私の方がありがとうですよ。ありがとう、本当にありがとう、陽真君……あれ?」
「ん? どうした?」
「なんかこのやり取り、前にもやったことがある気がして……どうしてでしょう?」
「ふふっ、どうしてだろうな」
陽真と凛奈は笑い合った。
城に戻った陽真は、凛奈を医務室へ向かわせた。そこにはリユニルの襲撃を受けたが、無事救出された花音も手当てを受けていた。そばには心配で様子を見に来たアンジェラもいた。
「アンジェラは凛奈のそばにいてやってくれ」
凛奈をアンジェラに預け、陽真は花音の元へ向かう。
「なぁ花音、ありがとな。お前の作ってくれた機械のおかげで助かったぜ」
「私じゃなくて、私の知り合いね」
「そうだったな。しかし、ようやくわかったよ。なんで異世界なのに電話が繋がるのか」
陽真達は今まで謎に思っていた。なぜフォーディルナイトにいても、現実世界にいる人間と電話のやり取りができるのかを。そもそも凛奈の居場所を特定できたことも謎だ。この世界にGPS衛星など飛んではいない。GPSを利用するのは不可能のはずだった。
しかし、実は花音が知り合いに頼み、小型衛星を開発して飛ばしてもらっていた。電話が繋がるように、異世界でも電波を送受信できるアンテナを開発してもらっていたようだ。元々は霧を発生させる人にスムーズに連絡できるようにして、二つの世界を行き来しやすくするために環境を整えたらしい。
「その開発してくれた知り合い、フォーディルナイトのこと知ってるんだよな? ちゃんと口止めさせてるか?」
「大丈夫、あの人は約束を守ってくれる素敵な人だから♪」
妙に頬を少々赤らめながら言う花音。まるでその人に想いを寄せているような。
「ん?」
「と、とにかく、凛奈が無事でよかったわ」
「あぁ」
キー
医務室のドアを開け、哀香や蓮太郎、仕事を終えたロイドとヨハネスもやって来た。
「さぁアンジェラ、さっそく試しましょ」
「うん……」
哀香に促され、アンジェラは凛奈の正面に立ち、凛奈も唾を飲んで身構える。果たして記憶を復活させることは可能なのか。
「凛奈、いくわよ」
「はい……」
アンジェラは手を組み、神様に祈りを捧げる。髪が逆立ち、全身が青白い光に包まれる。アンジェラは一気に力を解放する。
「……」
アンジェラの光が消え、逆立っていた髪が全て下りる。はっと我に帰った凛奈は辺りを見渡す。陽真達は心配そうに凛奈を見つめる。
「凛奈……」
「大丈夫?」
哀香やアンジェラが声をかけるも、凛奈はそれに応答しない。まさか再び失敗か。
「あぁ……」
凛奈は自分を囲む人々の中から、陽真の姿を見つける。すると、涙を流しながら立ち上がり、陽真に駆け寄る。
ギュッ
「陽真君!」
勢いよく陽真に抱きつく凛奈。陽真はそれを優しく受け止める。声のトーンが戻っている。
「凛奈! 記憶が戻ったんだな!?」
「陽真君……ごめんなさい……私、何もかも忘れて……陽真君から教えてもらったこともすぐに忘れちゃって…本当にごめんなさい……」
「何言ってんだ、ちゃんと思い出せたじゃないか。お前は本当にすごいやつだよ。アンジェラの記憶消去を受けても、俺のことだけは完全に忘れきってなかったんだから」
壊れた蛇口のように涙が止まらなくなった凛奈の頭を、陽真は優しく撫でてやる。
「陽真君は優しいんだね……」
「凛奈もそうだろ」
「えへへ……///」
「そう、それだ。お前はその『えへへ』がないとなぁ」
いつもの笑顔を取り戻した凛奈を、陽真は微笑ましく見つめる。この笑顔こそ、記憶が戻った何よりの証拠だった。
「でも、なんで今度は成功したんだ?」
「進化の段階が違ったんだよ」
ヨハネスは一同に説明した。アンジェラの能力には習得できる順序が決まっていた。ヨハネスが導き出した答えはこうだ。
記憶消去の能力を一回使うと、「個人単位での記憶消去」ができるようになり、二回使うと「消去する記憶の選別」ができるようになり、三回使うと「消去した記憶の復活」ができるようになる。
「なるほどなぁ」
「とりあえずアルバート様とカローナ様には話しておこう。あとは俺達だけの秘密な」
ヨハネスは口元に人差し指を持っていき、一同に口止めするよう命じた。
「それと凛奈、お前と“性行為”をするのはもう少し先な」
「えっ?///」
凛奈の頭から湯気が吹き出す。陽真はようやく理解できた。記憶を失った昨日の夜、凛奈が陽真に求めていたことを。色仕掛けで性行為を誘っていたのだと。純粋な凛奈がそんなことをするわけがないと思い、その考えに至らなかったのだ。
「無計画なセックスはよくねぇんだぞ。避妊しきれないで、子を身ごもっちまう可能性だってあるんだ。コンドームとかピルの使い方とか、よくわからねぇだろ? 凛奈にはなるべく無理はしてほしくないからな」
「え? セックス? コンドーム? ピル? えぇ……?」
凛奈は混乱する。よく知らない単語が頭の中で飛び交い、きょとんとしている。
「え? コ、コンドーム? ピル? 何それ……」
「は? 知らねぇのか?」
「うん、よくわかんない……」
「お前……本当に知らねぇのか?」
「うん。教えて、陽真君」
凛奈は性知識に関する言葉をよく知らないで性行為を望んでいたようだ。したら体験できるという気持ちいい快感だけを目的に。恐らく友人から聞いたような知識だけで、保健の教科書に載っているような知識は頭にない。
「お前にはまだ早い。もっと大人になったら俺が教えてやるよ」
「えぇ~、気になっちゃう! 教えてよ陽真君。セックスってどういう意味なの?」
「え、えっと……男と女が交わって……///」
「あのさぁ……」
気まずい雰囲気の中、哀香が口を開く。
「アンタら……私達がいること、忘れてない?」
「あっ……///」
「……///」
またもや周りにもお構い無しにイチャついていた二人。これも記憶を取り戻した証だ。二人は改めて実感した。思い出の大切さを。たとえ記憶を失ったとしても、二人の積み上げた思い出は絶対に無くならない。思い出がある限り、二人の関係は何度でも復活する。
「もう絶対に忘れない。陽真君のこと」
「俺もだ、約束する」
「大好きだよ……陽真君……」
「大好きだ……凛奈……」
最後に二人はいつものようにキスを交わす。相変わらず甘ったるく思いながらも、哀香達は目をつぶった。そして祝福した。世界で一番ラブラブなカップルの復活を、微笑ましく眺めながら。
かみさまの忘れ人 番外編 KMT @kmt1116
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