第28話「凛奈の忘れ人 その7」



「えへへ……やっと二人きりになれたねぇ~♪」


 凛奈は謎の男に人気のない場所に拉致された。騎士に馬車で果樹園に送ってもらう道中で、男の襲撃に遭った。目にも止まらぬ早業で、運転していた騎士の喉元をナイフで切り裂いて絶命させた。

 同乗していた花音は、護身用に持っていたナイフで抵抗したが、男の見事なナイフさばきに圧倒され、体中を負傷した。恐怖のあまり逃げ帰った花音をよそに、男は凛奈に無理やり睡眠薬を飲ませた、眠らせて連れ去った。


「薄情だねぇ~、君の友達。君を置いて逃げるなんてさぁ~」


 凛奈は腕を背中の後ろでロープで巻かれ、口は布のようなもので塞がれ、完全に身動きが取れずに冷たい床に寝かせられていた。周りは木製の壁で覆われている。どこかの建物の中だろうか。人の気配は全く感じられない。


「いやぁ、ずっと君を探してたんだぁ。偶然見つけられてよかったよ。あの黒髪の騎士と恋人みたいだけど、そんなの僕には関係ないさ。君は今から僕のものになるんだから♪」


 男は凛奈と面識があるような口振りだが、記憶喪失の凛奈には当然誰だかわからない。ただ自分を拘束してニタニタと不気味な笑みを浮かべる姿に恐怖する。


「あぁ……近くで見るとやっぱり可愛いなぁ♪ これじゃあ女王と思われても仕方ないよね。女王と結婚は今となっちゃ流石に無理だけど、もうどうでもいいや。君はもはや女王以上の美しさを持っている。君じゃないと満足できないなぁ」


 さっきから男は何を言っているのだろうか。凛奈は話の内容がまるで理解できない。記憶を失う前の自分であれば理解できるのだろうか。この男が一体誰であるのかも。


「悪く思わないでね。君が僕を惚れさせたのが悪いんだ。君の美しさが悪いんだよ。というわけで、責任取って僕と結ばれてよね。それじゃあ、お楽しみタァ~イム♪」


 男は凛奈を床に押さえつけ、ナイフで凛奈の着ているシャツを切っていく。ある程度切り込みを入れると、手でシャツを引き裂く。


「んん! んんー!!!」


 凛奈は叫び声を上げながら抵抗するも、布で声がこもって響かず、男の腕力に敵うわけもなく、なすがままに襲われる。


「んんー! んんんんー!」

「あぁ~、怖がるその声も可愛いなぁ~。興奮するよ♪」


 ビリッ

 男は凛奈のシャツを無理やり引きちぎった。凛奈の付けているブラジャーも露になる。男は目を丸くして再び不気味な笑みを浮かべる。


「わぁ~、宝物のお出ましだねぇ♪ どれどれぇ~?」

「んん……」


 凛奈の大きな胸に手を伸ばす男。凛奈は目を閉じて自分の不幸な運命に身を委ねる。もはや誰も助けに来る気配はない。助けを呼ぼうにも口が塞がれてできない。このまま自分はこの男の手に落ちてしまうのか。


 そういえば、自分は前にも同じ目に遭っていなかっただろうか。そして、いつも誰かが助けに来てくれた。誰かはわからないが、とても大切な人であることだけはなぜかわかる。自分のことを一番に思ってくれて、強くてカッコいい憧れの存在。そんな大切な人……。




“助けて…”




 そう、彼の名前は……




“助けて……陽真君!”






 ズガァァァァン

 建物のドアを蹴破り、お望み通り陽真が参上した。もはやお決まりの流れなのであまり言及はしない。


「凛奈!」

「クソッ、もう恋人のお出ましかよ」

「お前は……リユニル!?」


 凛奈を拉致した男の正体は、前にアンジェラの身代わりをした凛奈に媚薬を仕込んで襲おうとしたリユニル・グラシファーだった。アルグレン王国の元王子で、凛奈を襲おうとした罪で国に送還され、王位継承権を剥奪されたと聞いた。


「どうしてお前が……」

「あれから国からも追い出されて途方に暮れてたんだ。お前のせいで人生めちゃくちゃなんだよ! お前がいなきゃ女王と結婚できてたかもしれねぇのに」

「いや無理だろ」


 陽真が冷静にツッコミを入れる。演技だったとはいえ、リユニルのかつての紳士的な面影は何一つ残っていなかった。


「それより、なんでここがわかったんだ」

「こんなこともあろうかと凛奈のメガネに発信器を付けてあるからな。スマフォのGPSでここまで来たってわけだ」

「ス、スラ……? ジ……ジーピーピー?」


 頭が混乱するリユニル。精密機械の扱いに手慣れていないこの世界の人々には、理解が難しいようだ。


「さぁ、凛奈を返してもらおうか」

「フンッ、嫌だね。この子は僕のものだ! それに記憶を失ってしまえば、君はもはや赤の他人だ」


 リユニルは凛奈が記憶を失っていることを知った上で、よかれと思って拉致したようだった。赤の他人と言われた陽真は、立ちすくむ。ポケットに手を突っ込む。


「そうだろう? 君とこの子の関係はもう無くなったんだ! だからこの子はもう僕のもn……ぶふぉあっ!?」


 陽真は丸い塊をリユニル目掛けて投げつける。あまりのスピードに反応できず、リユニルは衝撃をもろに顔面に受け、5,6メートル先まで吹っ飛ぶ。


「陸上部だからな。走るだけじゃねぇ、砲丸投げもやってんだ」

「……!」


 陽真が投げたのは砲丸投げに使う黒色の丸い小さな砲丸だった。そして、凛奈は陸上という言葉に聞き覚えを感じる。


「痛て……」

「確かに記憶が無くなれば、俺なんか赤の他人に思えるかもしれねぇ」


 顔を押さえながらリユニルは起き上がる。陽真は凛奈の元に駆け寄り、リユニルを睨み付けながら言う。


「だがな、思い出だけはどうしても消えねぇんだよ。それを教えてくれたのは凛奈だ。凛奈はそんな大切な宝物をくれたんだ。だから俺はもう絶対にそれを捨てたりしねぇ! 関係を終わらせてたまるかってんだよ!!!」

「クソッ……少しばかり顔がいいからって調子に乗りやがって!」


 ダッ

 リユニルはナイフ片手に陽真の方へ走り出した。陽真は剣やナイフなどの武器を何も持っていない。勝機を確信したリユニルは一心不乱にナイフを突き出した。




「おおっと、動くな!」


 陽真の蹴破ったドアから、無数の騎士が建物の中に入ってきた。先頭をロイドとヨハネスが仕切る。どうやら陽真が入る前から、この建物を取り囲んでいたようだ。驚いたリユニルは立ち止まる。


「しぶとい野郎だな。国に送還された後も、ずっとその子を探してたのか」

「しつこい男は嫌われるぜ~」

「ぐっ……」


 歯ぎしりするリユニル。この無数の騎士相手では勝ち目はない。敗北を確信し、ナイフを床に落とす。


「アンタのような……男のクズは……」

「じょ……女王!?」


 リユニルは驚いた。取り囲む騎士の間からアンジェラが出てきた。


「こうしてやる!」


 アンジェラは手を組み、光を放った。リユニルはその光に包まれる。




「……あれ? 僕は……何を……」


 リユニルは記憶を奪われた。アンジェラの個人単位の記憶消去の能力によって。


「確保!」


 ヨハネスが命令し、騎士達はリユニル目掛けて走り出した。状況が理解できずたたずむリユニルの体を大勢で拘束し、そのまま馬車に乗せて幽閉場へと連行した。


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