第27話「凛奈の忘れ人 その6」



「もしかしたら、女王様の能力で記憶を戻せるかもしれない」

『え!?』


 衝撃を受けた哀香達。まだ罪悪感に苛まれたまま、うつ向いているアンジェラも思わず頭を上げる。


「何言ってんだ? 女王の能力は記憶を消すことであって、戻すことじゃねぇだろ?」

「あぁ。でも理の書にはまだ続きがあったんだ」

「それって、記憶を個人単位で消すこととか、記憶の種類を選別して消すことができるってやつだろ? 現に女王は種類を選別するやつは失敗しちまったわけで……」


 どこまでも横槍を入れてくるロイドを押さえ、話を続けるヨハネス。


「それもあるが、女王様の能力は消すことだけじゃない。消去を繰り返す度に復活する能力も得るんだ」

「本当か!?」


 陽真が身を乗り出してヨハネスに問う。


「恐らくな。最近、理の書のまだ解読できていないページを解読していたんだが、新たに発見した事実がいくつかあるんだ。さっきの新たに加わった消去能力と共に、記憶を復活させる能力の存在を」


 解読できた時、ヨハネスはそれをわざと他人に伝えなかった。一緒にいたロイドや、アンジェラ本人にも。


「なんでそれを早く言わねぇんだ!」

「まだ信憑性が無かったんだよ。さっきみたいに失敗することも考えられるし」

「……」


 アンジェラは自分の右手を見つめる。新たに発覚した事実。自分には記憶を消去させるだけでなく、記憶を復活させる力も秘められている。

 しかし、自分にできる気がしない。先程のようにまた凛奈から再び記憶を奪ってしまうことになりかねない。現に記憶を選別して消去するという能力を試し、失敗に終わっている。




 プルルルルルル……


「電話?」


 哀香のズボンのポケットに入れていたスマフォがバイブする。画面を見ると、どうやら花音からの電話のようだ。着信ボタンを押し、哀香は電話に応答する。


「もしもし? どうしたの花音」

「はぁ……哀香……ごめん……」


 息の切れた花音の声が電話から聞こえる。非常に苦しそうだ。何かあったのだろうか。哀香はスピーカーを起動し、陽真達にも花音の声を聞こえるようにする。


「花音、大丈夫? 何があったの?」

「はぁ……凛奈が……拐われた……」

「えぇ!?」


 陽真は驚いて席を立つ。アンジェラも身を乗り出して電話に耳を傾ける。


「どういうこと? 誰に!? ていうか、護衛の騎士がいたんじゃないの!?」

「みんな……殺された……。私も戦ったけど……敵わなかった……。なんとか逃げたんだけど……そいつ……凛奈を捕らえられてどっかに消えた……ごめん……」

「とにかくアンタが無事でよかったわ。私達もすぐそっちに行くから。場所を教えて」


 哀香は自室へ向かい、凛奈を救いに行く準備をした。ロイドとヨハネスも救出に向かう騎士をかき集めるために騎士団棟へ足を運んだ。


「どうしたの陽真、早く行くわよ」




「……俺なんかが行っていいのか」

「はぁ?」


 陽真は助けにいきたいと思いながらも、席から立ったまま足を踏み出せないでいた。哀香は呆れながら言う。


「アンタまだそんなこと言ってんの? 凛奈がピンチなのよ! 恋人であるアンタが助けに行かなくてどうすんのよ!」

「アイツは……俺のことを何もかも忘れてる。もうアイツにとって俺は恋人じゃねぇんだ。助けに行ったところで、アイツが思い出してくれるわけでもねぇ」


 陽真はいつになく弱気になっていた。これ程まで気持ちがダウンしている陽真を見るのは、哀香も初めてだった。いつもは励ましの言葉がスラスラと頭に浮かぶ哀香も、ここまでネガティブになった陽真の前では何も返せなくなってしまった。哀香達の足も止まる。




 バチンッ


「アーサーの馬鹿!!! 弱気になってるんじゃないわよ!!!!!」


 アンジェラが背伸びをして、陽真の頬をひっ叩いた。小さな手からは想像もつかないような力だ。陽真は情けなく床に倒れる。


「忘れられたって助けに行けばいいでしょ! 凛奈はアーサーの一番大切な人なんでしょ? 凛奈にもしものことがあったらどうするのよ!」

「アンジェラ……」

「私言ったわよね、凛奈を傷付けたら許さないって。凛奈を助けにいかないのは、あの子を傷付けるのと同じことだわ。そんなことしたら許さないから。弱虫いくじなしのクソ野郎のアーサーなんか……騎士失格にしてやる!」


 陽真は赤く腫れた頬を押さえながら立ち上がる。背は圧倒的に陽真の方が高いが、今はアンジェラの方が何百倍も頼もしく見える。


「忘れられたって助けるのよ! あの時、凛奈だってそうしたのよ? アンタに忘れられても、どれだけ殴られたり叩かれたり蹴られたりしても、ナイフで切りつけられて傷だらけになったとしても、どんな屈辱を受けて拒絶されたとしても、凛奈は諦めなかったわ! それだけアーサーを愛していたんだもの!」

「……」


 アンジェラの激励が続く。


「凛奈の記憶を奪った張本人が何言ってんだって思うかもしれないけど、私は助けに行くわよ。凛奈は私も救ってくれたんだもの。凛奈は私の大切な仲間よ。だからアーサー、アンタも行くの。アンタが行かなくてどうすんのよ! フォーディルナイト一の最強騎士が弱気になってるんじゃないわよ! 今こそ愛する者のために立ち上がりなさい! いつまでもぐちぐち悩むんじゃないわよ! この泣き虫! 弱虫! ゴミ! クソ野郎! 悪魔! 邪神! 死神! ギャングもどき!」


 アンジェラの怒鳴り声に感化され、陽真は瞳に乗りかかっていた雫を曽手で拭った。迷いを全て振り払った。


「ありがとう、アンジェラ。目が覚めたよ」

「アーサーに涙なんか似合わないもの。さぁ、行くわよ!」

「あぁ!」


 いつの間かたくましくなったアンジェラの背中を、陽真達は追いかけた。


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