20話 細野 貴司3
「この一年であの大学の生徒が送検されたのは、これで3人目ですよ。一体どうなってるんでしょうね、あの大学は。」そう言って部下の木村はため息をついた。
「そうだな。まぁこれで一件落着、って所だろう。木村、あと頼んだ。俺ちょっと出てくるから。」そう言って、資料を木村の机の上に置いた。
「えぇ!またっすか?!勘弁してくださいよ、先輩。」
「まぁ、そう言うな。じゃあ、よろしくー。」そう言って貴司は薄手のコートを羽織って表に出た。
もうすっかり春なのに、まだ風は冷たい。
しばらく歩いて、大学の近くの公園のベンチに腰掛けた。
わざわざ木戸政宗殺害事件と交通事故が起きた場所で待ち合わせしなくても、と貴司は辺りを見回しながら思った。貴司の方が先に着いたようだ。
大学まで行こうと思っていたが、今あの大学はマスコミが押し寄せている。
それもそのはずだ。警察関係者の木村ですら疑問に思うのだから、マスコミには格好のネタだ。
『有名大学に潜む闇』だとか、
バカなコメンテーターが『ずっと勉強をしてきた反動で心の----...』だとか、
分かった様な事を連日ワイドショーで言っている。
今回の大野巧を中心とした事件は『被疑者死亡』という形で終結した。
立件できたのは放火だけだったが、
それでもあの大野巧を送検できた事はありがたかった。
決め手になったのは楓のぬいぐるみから出てきた『合鍵』だ。
あの鍵が大野巧と桜井由美を繋げる証拠として採用された。
出来る事ならば生きたまま大野巧を逮捕したかったが、こうなってしまっては仕方がない。
「---...ません、聞こえてますか?」
貴司はすぐ目の前にミノルがいる事に全く気付かなかった。
「あ、あぁ。ミノル。着いてたのか。」
「えぇ、何度か声をかけましたが、全く反応がありませんでした。考え事ですか?もしかして、巧君の事ですか?」ミノルはそう言って、貴司の横に腰掛けた。
「あぁ、大野巧の事を考えていた。どうして分かった?まさか今日の事を【視た】んじゃないだろうな?」そう言って笑うと、ミノルは相変わらずの無表情で否定した。
「私は普段この力は使っていません。巧君がいたから毎日の様に使っていましたが、おかしい事が無い限り、普通に過ごしています。巧君の事を考えているのかな、と思ったのは貴司さんの顔が悔しそうに見えたからです。」ミノルにはお見通しらしい。
「そうか。顔に出てたのか。気を付けるよ。そういえば、大野巧は被疑者死亡で送検になった。高橋絢は殺人で送検だ。まぁ、一応報告だ。なぁ、ミノル。不思議に思っている事があるんだがいいか?」そう言うとミノルは頷いた。
「大野巧はあの日の事を【視て】いたんだよな。高橋絢がナイフをもって来ることが分かっていて、ミノルがあの場にいる事も分かっていた。それを利用して、飛び込んできた高橋絢にミノルを殺させるつもりだった訳だよな?【視て】たなら俺があの場に到着するのも分かってたハズだよな?あの時、咄嗟にミノルが危ないと思って飛び込んだが、それで助けれてしまうものなのか?俺が飛び込んで助けようとするのも【視て】きたのなら、どうとでも出来たと思うんだ。というか、大野巧ならきっとそうするだろう。そこが納得出来ないんだ。」
そう言ってミノルを見ると、少し考えてから言った。
「そうですね、巧君は【視た】と言っていましたし、時計に目をやって『もう時間だ』と言いました。事実、その直後に高橋絢が飛び込んできた事から考えても、間違いなく巧君は【視て】いたのでしょう。その事を踏まえて私が考えているのは2パターンです。一つは、巧君が【視た】未来では貴司さんが到着するのはもう少し遅く、死んでいたのは私だった。という可能性です。」
そう言われて貴司は少し混乱した。
「どういう事だ?俺の到着がもう少し遅かった未来を【視た】のなら、そうなるハズだろ?」
「えぇ。でも、貴司さんが助けてくれたおかげで現に私は生きています。なので、貴司さんが自力で未来とは違う動きをした、という事です。」
「そんな事あり得るか?それが出来てしまったら、今までの大野巧を中心とした事件が根底から崩れるぞ。」
そう言ってミノルを見ると、ミノルは手を出し、少し待てというジェスチャーをした。
「えぇ、貴司さんの言う通り、それは多分あり得ません。だから、可能性の一つです。もう一つは、巧君は最初からあの日『死ぬつもりだった』という可能性です。どちらかと言えば、私はこっちじゃないかと思っています。」
「大野巧が死ぬつもりだった?その可能性はさっきの可能性よりも低いと思うけどな。ミノルはどうしてそう思ったんだ?」
「そう思う理由はいくつかあるんですけど、一番は巧君がズルくやろうと思えばいくらでもズルく出来た、という所ですかね。あの日、私は何が起こるのか本当に分かりませんでした。巧君は事前に【視た】のだからその事も知っていたハズですし、私が警察署の前で待っているのも知っていたのだから、逆に私の家の前で待ち伏せしていれば、私はきっと死んでいました。高橋絢は家から巧君を殺すつもりで家を出てからずっと尾行していたんですよね?私の家の前なら貴司さんもいませんからね。巧君がやろうと思えば、いくらでもやりようがあったんです。」
「そのやり方が思いつかなかった、それ程に追い詰められていたという可能性は?」
「それはないでしょう。そんな簡単に崩れてしまう様な人間なら、私が監視すると言った時点で、もう何もせずひっそりと生きていくハズです。友達でも、付き合いが長かった訳でもありませんが、何となく分かるんです。あの場で私を始末出来たとしても、放火で逮捕されるのは間違いなかった。それは彼のプライドが許さなかったんじゃないのかな、と。物凄く負けず嫌いで、プライドが高いからこそ捕まる事よりも死を選んだ。死にはしたがお前を殺す事も出来たんだぞ、俺の勝ちだ。そういうメッセージに感じました。そういう意味で、あの場所で死ぬ事を選んだのではないでしょうか。」
「なるほどな。俺には分からないが、実際にやりとりしていたミノルがそう言うならそうなのかもな。ミノルの言う通りなら俺たちはあの日、大野巧の思う通りに動いていた、という事だな。なんだか勝ち逃げされた気分だな。」
「本当に分からないですか?貴司さんも最初からそう思っていたから、あんなに悔しそうな顔をしていたんじゃないですか?実際、勝ち逃げされたようなものですからね。」
貴司は核心を突かれた。
「ミノル、お前、やっぱり今日の事【視て】きただろう?」
そう言って笑うと「実はそうです」と言ってミノルも笑った。
「ところで、ミノルは卒業したらどうするんだ?今年でもう最後の大学生だろ?」そう訊くとミノルは少し考えて答えた。
「私も警察官になろうかな、と思っています。」
「そうか、警察官か。良い刑事になりそうだ。一緒に捜査出来るのを楽しみにしてるよ。ん?私も?他に誰か警察官になりたい人がいるのか?」
「なるほど。楓さんから聞いてませんでしたか。楓さんは警察官になろうとしていますよ。この前、楓さんを【視た】時に分かりました。きっと巧君との事で、心境に変化があったんじゃないですかね。」
「それはマズい。妹が警察官になるのは困る。危険な仕事なんだ。ミノル、その未来変えられないか?」
「それは無理です。未来は変えるべきではありませんから。」
二人は顔を見合わせて笑った。
多くの犠牲や、迎えるべきでない未来を迎えた者もいて、大きな傷跡を残したが、
大野巧が死んだ事で一連の異常な事件から、少しづつ日常に戻ろうとしていた。
視る ゆ @sumire0710
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