19話 青野実 2
「こんにちは、巧君。ここで待っていれば、必ず会えると思っていました。」
警察署の前で待っていると、やっと大野巧がやってきた。
ミノルは貴司から連絡があるしばらく前からこの場所で待っていた。
「思っていました、か。どこで気が付いた?」そう言って大野巧は少し笑った。
もはや隠すつもりは無いらしい。
「気が付いたのは喫茶店で巧君に会った時です。正確に言うと、桜井由美さんにお会いした時ですね。すいません、私は巧君に一つ嘘をついていました。私が【視る】未来は『3日後』ではありません。巧君と同じ『2日後』です。ここまで言えば巧君ならもうわかりますよね。」
そう言って巧の顔を見ると、驚いた様子も無くやはり少し笑っている。
「嘘、、か。それにしても、よく生きていたな。爆発するのが分かっていたとしても、助かる保証は無かっただろうに。」
「そうですね。でも、由美さんを助けることが出来れば、君の思う未来とは大きく変わる事は分かっていました。巧君、君の負けです。私だけでは君を捕まえる事は出来ませんでしたが、貴司さんが力を貸してくれたお蔭でこの後君は逮捕される。『鍵』が決定的証拠だ。もう言い逃れは出来ません。」
そう言って巧を見ると、巧はスーッと息を吸って答えた。
「そうだな、俺は逮捕されるだろうな。鍵はこの事件が落ち着いたら、溶かすなりなんなりして処分するつもりだった。お前が死んでしまえば、後でどうとでも出来ると思っていたが、甘かったな。楓がぬいぐるみを証拠として出した事も、触っていた事も意外だったよ。楓への興味の無さがここにきて裏目に出た。どうせ逮捕されるんだ、最後に教えてくれないか?なぜ誰も死なずに済んだ?俺が【視た】未来では少なくとも由美は死んでいた。その隣にいるお前も死ぬはずだった。お前ら二人が生き残ったという事は、他の誰かが二人は死ぬはずだ。」
「そうですね、少しこの力の話をしましょうか。そもそもこの【視る】力では、起こる出来事は防げません。例えば、私がこの場所で事故で死ぬとして、助かるにはこの場所から離れるだとか、そもそも行かないだとかして助かる方法がありますよね。それで助かったとしても、この場所での事故は必ず起こります。そして死ぬはずだった私の代わりに誰かが死にます。未来を変えたとしても、なるべく本来起こるはずだった出来事に向かう様、勝手に調整されるからだと私は思っています。君が初めて未来を変えたのはいつですか?些細な事は少し変えたのかも知れませんが、大きく変えたのは公園での事故じゃないですか?」
そう言うと巧は少し考えて言った。
「あぁ。その時初めて人の死を変えた。公園での事故は元々子供が死ぬハズだった。その未来を俺が変えたから母親が代わりに死んだ。木戸政宗も、元々は航平が受けるハズだった仕打ちを木戸政宗が受けた。そうか、なるほど。あの爆発事故は本来起きるはずの無い事故だから、この法則には則らないのか。死ぬ未来に変わったとしても、作為的に引き起こした事で生まれた未来であって、本来の未来では爆発事故は起こっていない。爆発事故で死ぬハズの人間が助かっても、本来の未来に向かおうとする力が働いて、その死は誰の身にも起こらない、という事か。この事をお前はいつ、どこで知った?それから『三日後』と嘘を言ったのは何故なんだ?俺以外にも過去に【視る】事のできる奴に会った事があるのか?」
巧は納得して、すぐに次の質問をしてきた。
さすがに飲み込みが早い。たったあれだけの情報で、
ミノルが伝えたかった事の全てを理解していた。
「私は八歳の時にこの力に気付きました。しばらくして両親が車での事故で死ぬ未来を【視た】んです。後部座席には私がいました。未来では私は死ななかったが、両親は死んでしまう。恐ろしくて、その日は出かけたくない、と駄々をこねました。
八歳なんて、ただの子供ですからね。役得というやつです。結果、出かけなかった両親は死にませんでした。それで気を良くした私は何度も、死ぬハズの人を事故現場とは別の場所に連れていったりしました。中学に上がる頃、そんな私についに天罰が下ったんです。両親が殺害され、逮捕された男を見て、私は愕然としました。両親を殺害されるその日に、私が人助けと称して、助けた男だったからです。両親の通夜の日に、友人が私に言った言葉が更に追い打ちをかけました。
『俺も八つの時に両親が事故で死んじゃってさ。気持ちわかるよ。何でも力になるからな。』
そう言われて気が付きました。私が八歳の時、両親の代わりに同級生の両親の命を奪ってしまっていたという事を。私は、自責の念に圧し潰されました。両親と友人の両親、間接的に4人も殺したんです。自分等生きていてはいけない、そう思いました。そこで私は自らの未来を変える事にしました。本来、私は死ぬはずでは無かったのですが、飛び降りて死のうと決めました。未来は着々と私が自殺する未来へと変わっていき、私はビルに不法侵入して屋上に出向きました。飛び降りる覚悟と未来があったのに、その高さと命を失うという恐ろしさに酷く怯え、厚かましくも、生きたい、そう心の底から思ったのを覚えています。あまりの恐ろしさに私は屋上から飛び降りる事を諦めて、階段をおりている時にハッとしました。【視た】未来では自分は死ぬハズだった。このままでは違う誰かが死んでしまう、とね。その日、誰かが代わりに犠牲になるのでは無いかとずっと見張っていましたが、結局、何も起こりませんでした。違うビルで何かあったかも知れないと、翌日新聞を読み漁りましたが、何もなかった。その時にこの法則に気が付きました。私の両親は二度も死ぬ運命に見舞われてなんて運の悪い、と思うかもしれませんが、きっと本来は私が八歳の時に死ぬべきだったんです。私はこの経験から未来は絶対に変えるべきでは無い、と強く思いました。少し長くなってしまいましたね、すいません。
ちなみに、最初に嘘を言ったのは、君ならそこに気が付いて必ず『一日のズレ』を利用するだろうと思ったからです。他に【視る】事が出来る人には会ったことはありません。実際に私が【視る】事が出来るのが『3日後』だったら、あの爆発で吹っ飛んでいたでしょうね。もしくは、事前に会わされず当日あの場所に呼び出されていたら、そう思うとゾッとします。事前に桜井由美を私に会わせたのは、巧君にしては凡ミスでしたね。勝ち誇りたかった、という所ですかね。」
「凡ミス、か。ところで、今日の事はもう事前に【視た】か?」
そう言って巧は時計に目をやった。
「どうでしょうね」短く返したが、ミノルは今日何が起こるか知らなかった。
二日前、貴司は妹を心配して自殺しやしないか、と気を揉んでいた。
安心させるために細野楓を【視る】事に力を使ってしまっていた。
「長々とお前が話をする事も俺には分かってた。良い時間稼ぎになったよ。さすがに同じ話を二度も聞くのは応えたよ。もう時間だ。青野、勝ち誇りたいのはお前だろう?わざわざ種明かしをしに来てくれてありがとう。今から起こる事は俺が作為的に引き起こす事じゃない、元々起こる出来事だ。」
その直後、巧の後ろから一瞬人影が見えた。
ものすごいスピードで走ってきたのは女性か?男性か?一人か二人か。
一瞬の出来事で、それすら判別出来なかったが、
走ってきた人物は大野巧とミノルを巻き込んでそのまま転がった。
ミノル達が転がった地面は、生暖かく赤い液体がいっぱいに広がっていた。
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