18話 細野貴司2
管内で起きた大きな爆発事故に、消防と警察は総動員で動き回っていた。
貴司もその一人だ。この火災は古いアパートで起きた。
火元はそのアパートの住人である、桜井由美の部屋。
煙草の不始末という事に『今は』なっている。
ジワジワと炎が広がり、不完全燃焼によって火の勢いが衰え、可燃性の一酸化炭素ガスが溜まった状態の部屋のドアを、桜井が開いた事で起きた。
所謂バックドラフトというやつだ。
古いアパートだった事から、この爆発事故でアパートは全焼。
しかし、ドアを開けた桜井由美はもちろん、他の住人も含め死者は0人。
全ての住人がこの時間、このアパートには居なかった、という稀な事故だ。
最も貴司には何故被害がアパートの全焼で済んだのか分かっている。
というよりも、貴司が全ての住人を外に逃がしたのだ。
あの時間、あの場所にいたのは桜井と青野実だけだ。
これは事前の打ち合わせで決めていた。
『出来れば、アパートの火事も未然に防ぎたいのですが、ダメですか?』
ミノルはそう言ったが、けが人を出さないという事と、貴司が協力する事で折り合いをつけてもらった。
ミノルから初めて話を聞いた時はまさかそんな事が、と
半信半疑ではあったが、話を聞きに行ってからミノルは毎日会いにきて、
貴司に起こる事を予言してきた。
それは次々と当たり、貴司はミノルの言っている事を信じる事にした。
最初からミノルの言っている事を信じていれば、高瀬航平はあんな事をせずに済んだかも知れない。その事を貴司は悔やんでいた。
そんな貴司をミノルは励ますように言った。
『仕方ありませんよ。高瀬君は本当に残念ですが、貴司さんのせいではありません。私が毎日【視る】力を貴司さんに使っていたのは事実ですが、そうしなかったとしても、高瀬君を私が毎日【視る】事もしなかったでしょうから、きっと防げなかったです。』
そう言われて、一体どちらが大人なのだろう、と、自分が情けなくなったが、
同時に貴司はこの言葉に救われた。
あれ程までに達観出来る様になるのに、彼は一体どんな経験をしてきたのだろうか。今度ミノルに聞いてみようか、そんな事を考えながら喫煙室で煙草を燻らせていると、部下の木村が慌てて入ってきた。
「先輩!今消防から連絡がありました!出火原因は煙草では無かったそうです!」
貴司は煙草をにじり消した。
「そうか、煙草じゃなかったか。木村、悪いけど、大野巧に連絡してくれないか?署まで来てもらっておいてくれ。俺は少し用事があるがすぐに戻る」
そう言ってすぐに自宅に舞い戻り2階へと続く階段を駆け上がった。
貴司は楓の部屋の前で大きく息を吸って、ドアをノックした。
「楓?入っていいか?」
返事は聞こえなかったが、ドアを少し開けると楓は椅子に座って窓の外を眺めていた。窓から差し込む光は妙に眩しく見えた。
「日照時間が長くなってきたな。」そう言うと、
楓はこちらを見ることなく「うん、もうすぐ春が来るね。」と、小さく答えた。
「あのな、楓。今日は楓に少し協力して欲しくてこの部屋に来たんだ。」
「うん、分かってるよ。巧君の事でしょ?」そう答えると楓の両目から涙がこぼれ落ちた。
「そうだ。彼の事で聞きたい事があるんだ。彼から最近何か貰ったり渡されたりしなかったか?」そう言うと楓は飾ってあるぬいぐるみを指さした。
「お兄ちゃん、ごめんね。そのぬいぐるみを巧君に貰った日に気付いてた。そのぬいぐるみの中に何か入ってるの。でも、開けたくなかったし、誰にも言わないでおこうって決めていたの。私ね、小さい頃にもらったぬいぐるみを今でも大事にしてるんだよ?でもね、触らないで飾る程、上品じゃないんだよね。小さい頃、一人でいる時はいつもそのぬいぐるみと遊んでた。その巧君に貰ったぬいぐるみも会えなくて寂しい時に、、、」楓は嗚咽をもらした。
「もう話さなくていい、良く話してくれたな。そのぬいぐるみ、兄ちゃんに渡してくれるか?」そう言って楓の頭にポンと手を置いた。
楓は小さく頷き、更に声をあげて泣いた。
貴司は家を出てぬいぐるみを片手に携帯電話を取り出した。
「ミノルか?証拠は全部出揃った。ありがとう。最初に約束した通り、大野巧が署に来る前に話をしてきてくれ、ただし話をするのは署の前で、だぞ?俺もすぐに向かう!」
そう言ってミノルとの電話を切った。
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