File.30
二日かけて愛しのボロアパートに帰ったジャックだったが、すぐにさらなる放浪を余儀なくされた。
あの一方的な別れ方に納得しなかったアリシアがジャックを探して訪ねてきたのだ。
彼女の凄まじい行動力については把握しているつもりだったが、実際にそれを向けられると改めて恐ろしさすら感じる。
それでも、ジャックが適当なホテルや知り合いの家を泊まり歩いて二週間弱やり過ごしているうちに諦めたようだ。
そんなある日の黄昏時。体に馴染まない革ジャンに袖を通したジャックは一抹の寂しさと安堵を抱きながら、しばらくぶりに〈グレイ・ホース〉の扉をくぐった。
相も変わらず閑散とした店内だが客はゼロではない。ジャックの定位置であるカウンターの奥の方に二人、猫と女性のペアがいる。
このバーを訪れる者は大半がジャックの知己で、その二人も例外ではない。
猫の方はブラッドで、女のほうはライアだ。ブラッドはいつも通りの紳士風の服装で何ら真新しいところはないが、ライアはスキニーのジーンズに黒いタンクトップと、引き締まった肢体を惜しげもなく披露している。
ジャックはその二人の隣の席に着いた。何を隠そう、ジャックを呼び出したのはこの二人だ。
何かを頼むまでもなく、グレイがいつものバーボンをさっとカウンターに置いた。それをロックで一口飲んだジャックは口を開く。
「わざわざこんな所に出向いてまで、俺に何の用だ?」
勘繰るように話を切り出したジャックにライアが答えた。
「メイフォールズの一件が片付いたのでな。一応報告に来た」
「手短に頼む」
ジャックはそわそわとバーの扉を気にしながらライアを急かす。
「まずマシューの共犯者についてだが、貴様の推理通りだ。ミラー氏は土地買収の口実として利用されただけでシロ、ドルフ・ファミリーも核兵器については全く関知していなかったので通常の犯罪として後処理は州警察に一任した」
ドルフが命拾いしたことに若干安心した。小物には小物らしい終わり方というものがある。国家反逆罪など似合う男ではない。
「それとマシューが核を売ろうとしていた武器商人だが、どうやらこちらの政府と取引関係にある組織らしい」
「下請けでもやってたのか?」
悪名高い死の商人と称される人物・組織は世界に大勢存在するが、その最大勢力は我が合衆国に他ならない。表立って国同士で売買することもあれば、それができない時もある。そこで登場するのが裏社会の武器商人だ。法を恐れず下請けや先鋒として動き回ってくれる彼らは国にとって欠かせない存在だ。
「ああ。だが、今回の件はさすがに看過できることじゃない。政府は神の加護をやつらから奪い取ったよ。ま、長生きはしないだろう」
ライアは嘲るように笑って、手元のグラスからワインを一口飲んだ。
「武器商人も所詮は仲介役だろ、本当の買い手はどこだ?」
「残念ながらその情報は私に降りてきていない。『高度に政治的な問題』ってやつだ」
「そうか、教えてくれてありがとな」
少し酒が回っているのか、いつもよりライアはお喋りだった。一部隊の指揮官でしかない彼女が今回の事件で無力さを感じる機会は多かった、というのは想像に難くない。
「で、ブラッドは何をしに来たんだ? ただ飲みに来たってわけじゃなさそうだ」
「ええ、今回は色々と君に弁償するために参上しました」
それなら、とジャックは遠慮せずに今回の仕事にかかった経費を書き連ねていく。車、銃、革ジャン、その他諸々に色を付けて算出した。
「三万ドルで手を打とう。三日以内に指定の方法で振り込んでおいてくれ」
「……手厳しいですね」
そうは言いながらもブラッドは素直に応じた。もう少し割り増ししておけばよかったか、とジャックは後悔する。
そしてグラスに二杯目のバーボンを注ぎ込んだジャックは、ライアとブラッドが帰り支度を始めていることに気付いた。
「ん? もう帰るのか」
「ええ、そもそも私はある人の依頼で君をここに呼び出しただけですから」
「ある人? 依頼?」
訊かれたブラッドとライアは何やら意味深な笑顔を浮かべている。
「君を見習って『何でも屋』を始めてみたんですよ。今日はその初仕事みたいなもので」
『何でも屋』じゃなくて『解決屋』だ、とブラッドの言い方を訂正しながらも、「ある人」という単語の方が耳に引っかかってたし、何ならある程度の予想というか予感はしていた。
これ以上何も答えないブラッドと生産性のない言い合いをしていると、店の外から重厚感溢れるアイドリング音が聞こえてきた。普段はボロ車の絶え絶えの駆動音か、タガが外れた改造車の下品な音しか通り過ぎないというのに。
素早く窓に近付いて表を見ると、ドイツ製の赤いセダンが停まっている。
「何だありゃ?」
ジャックが思わず呟いた言葉にライアとブラッドが、ほとんど同時に反応した。
「政府の口止め料をあれに使ったのか」
「私の賠償金もですね」
半分くらいしか事情を呑み込めていないジャックは、窓に顔を押し付けてセダンの運転手を確認しようとした。しかし既に車内は無人だ。
直後、バーの入り口が勢いよく開いた。ドアベルが短い悲鳴を上げる。
反射的に目をやると、見覚えのある金髪とミリタリージャケットの少女が立っていた。
「ジャック! 次はどこに行く?」
ショットガン・キャット 福大士郎 @sirofukuhiro
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