File.29
マシューが収容された後、ディアナも兵士に連行されていった。ジャックは一応の口添えをしておいたがどれだけ効果はあるか不透明だ。
そして、デイビークロケットの回収が始まるため、ジャック達はトラックの近くに退避。適当に設置された椅子で待つことになった。負傷中のブラッドは横たえられて、ジャックとアリシアは座ってぼんやりと過ごした。疲れた体が椅子にくっ付きそうだ。
「これでやっと終わったのね」
案外と感動の少ない声でアリシアが尋ねてきた。
「ああ、そうだな」
「この人達はジャックが呼んだの?」
「まあな、たぶんブラッドも呼んだんだと思うが」
アリシアは「え?」と不思議そうにブラッドの顔を覗く。
「はい、私も呼びましたよ。万が一の保険としてね」
ブラッドは答えたが、アリシアの顔から疑いは消えなかった。話の着地点を掴めないでいる彼女はそのままジャックに顔を向ける。
「そういえばジャックの推理にはブラッドが登場しなかったけど、彼はどう関係してたの?」
「こいつか? こいつはただ単に俺に嫌がらせをしたかっただけさ。アリシアに俺のチラシを送り付けたのもブラッドだ」
考えれば簡単に分かることだった。ジャックの過去は機密資料を漁れば知ることができるが、退役後に作ったセンスのないチラシを手に入れられるのは近所に住んでいるか、昔からの知り合いでなければ無理だ。
そして、この件の関係者で該当するのはブラッド一人のみ。
「ご名答、と言いたいところですが、別に嫌がらせがしたかったわけじゃありませんよ。何となく君と勝負がしたかっただけです」
「私闘目的で核兵器を持ち出されてはたまらんな。これに懲りたら火遊びはやめにしておけ」
ジャックは椅子から脚を伸ばしてブラッドの腹を小突いた。ブラッドは苦しそうな声を上げる。
そのやり取りを微笑みながら見ていたアリシアが思い出したように口を開いた。
「てゆーか、こんな軍隊呼べるなら最初から呼べばよかったのに。そうすれば誘拐されずに済んだし」
至極もっともな疑問にジャックとブラッドは顔を見合わせた。答え方に迷ったジャックは苦し紛れの説明を捻り出す。
「んー、何というか、呼べない事情があったんだ。で、マシューが犯人だったおかげで彼らを呼べたのさ」
「どゆこと?」
「決してわざと呼ばなかったわけじゃない。それだけは信じてくれ」
「……ジャックの言うことは信じるよ。気になるけど、諦める」
「すまない、感謝する」
そうこうしていると、例の軍服姿の女が歩いてきた。遠目からでも感じられる鋭い視線に、ジャックとブラッドは反射的にできる限り姿勢を整え、アリシアも緊張で背筋を伸ばしている。
「そう硬くなるな。今回はご苦労だった」
彼女の第一声を聞いてジャックとブラッドは多少姿勢を崩したが、普段と比べると数倍は礼儀正しい素振りを見せている。
女はそんなジャック達の様子をどこか懐かしそうに見つめると、アリシアの肩に優しく手を乗っけた。
「名乗りが遅れてすまない、私はライア・エイベル大佐だ。詳細な所属を明かすことができなくて申し訳ない」
ライアが全力で柔らかい表情を作ろうとしているのが見て取れたが、十分にキツイ目つきのままであった。
ジャックとブラッドがその光景を可笑しそうに見ていたのに気付いたのか、ライアは鋭く二人を睨みつける。
「何よりもまずは、うちのバカ猫共が迷惑をかけたことについて詫びねばならないな」
「ジャックと知り合いなんですか?」
ライアの気迫に思わず慣れない敬語が飛び出るアリシア。
「こいつらは元々私の部下だった。優秀ではあるがバカなのは治っていないらしい」
彼女はそこで言葉を切ると、小さく笑ってアリシアの肩をぽんと叩いた。
「少々三人だけで話がしたいので、席を外してもらえると有難い。君の迎えはあちらに来ているよ」
ライアが目線で示した先にはカーリー家宅があった。よく見ると照明は灯されているし、軒先に二つの人影が確認できる。
「父さんと、母さん……?」
「ああ、早く行って安心させてあげなさい」
「……うん、怒られちゃうかもしれないけど」
そう言って走り出したアリシアは途中で振り返り、ジャックに向かって手を振ってきた。
「後でゼッタイに報酬は払うから、ちょっと待っててね、ジャック!」
ジャックも軽く手を振って返した。残された三人でその小さくなっていく背中を見送る。
「さて、人払いも済んだ。貴様らにはいくつか聞きたいことがある」
「得意の尋問か? 楽しみだな」
「ジャック、貴様はまだいい。まずはブラッドからだ。今回の件について全てを知った上で、今の今まで通報せず、あろうことかジャックを巻き込んだ訳を聞かせて貰おう」
問い詰められたブラッドは不敵な笑みを浮かべたものの、素直に色々と白状し始めた。
「ジャックとは常々方向性の違いを感じていましてね、ここらでどちらが正しいか決めたかったんですよ」
「正しい、とは何についての話だ?」
「私達の原点、南アルトビアでの一件ですよ。私はあの時の自分の行動が正しかったと信じていましたが、彼は違ったみたいで……結局のところ過去に囚われていたのは私の方みたいですね」
ブラッドは自らが正しいことを証明するためにジャックを否定しようとしたのだ。
結果的には勝利で終わったジャックだが、その論理には異を唱える。
「今回の一件で過去の何かが変わるわけじゃない。誰が正しいか定まりはしないし、誰かの間違いが消えることもない。ただ単に今回のメイフォールズの事件を解決した……それ以上でもそれ以下でもない」
「随分と無機質なことを言いますね。嫌いではありませんが」
二人の会話を見ていたライアがふと頬を緩めた。
「貴様らがつまらないことに命を賭けていたのなら殴り飛ばそうかと思っていたが、やめておこう。それなりの成果はあったようだな」
ジャックはアリシアに感謝した。考えを変えられたのは彼女あってのことで、おかげで殴られずに済んだ。
「それにしても大佐も因果な部隊を率いてるな。反逆者の拘束・暗殺専門特殊部隊なんて」
ジャックはそう尋ねてから要らぬ地雷を踏んだか、と一瞬危惧したがライアは平然と答えた。
「因果も何も指令が下ったからこの任に就いただけのこと。それに、私は南アルトビアでの決断は正しかったと今でも信じている。無論、だからと言って彼らが間違ったわけでもない。どちらも正しく、どちらも間違えた。正義とはそういうものだ」
「そうか、しばらく見ないうちに大佐は随分と丸くなったな」
以前のライアなら相手の正義に配慮することなど考えられなかったし、抵抗するマシューにあんな選択肢など提示しなかっただろう。即刻、脚と腕を撃ち抜いて拘束するだけだ。
「貴様らは口数が増えた」
彼女はその後、ブラッドを救護車両へ搬送させ、部隊に撤収の指示を出した。
みるみるうちに運び込んだ設備や車両が片付いていく。
マシューが国家の裏切り者だったとしても、彼が語った「国にとって大ごとにしたくない事件」であるというのは真実だ。軍の長居は厳禁である。
訓練の行き届いた部隊の動きを感心しながら眺めていたジャックはある決心をして、指揮車両に乗り込もうとしているライアを呼び止めた。
「すまんが、俺も乗っけて行ってくれないか? 適当な街で降ろしてくれれば自力で帰れる」
ライアは眉をひそめてジャックと、その次にカーリー家宅の方をちらりと見る。
「それについては構わないが、仕事の報酬はまだ受け取っていないのだろう?」
「それはブラッドの野郎から搾り取るさ」
「……あの少女のことは?」
ジャックはライアの視線を追って家を見た。テラスで家族三人、暖かな時間を過ごしているのが窺える。
「それなりに敵の多い身なんでな、俺はこれ以上関わらない方がいい」
ルールその三『仕事の後はフラットな関係に』。忘れかけていたルールだが、こんな時のためにあるのだ。
「臆病者め……まあいい、さっさと乗れ。出発だ」
どこかがっかりした様子で腕組みしたライアの隣にジャックは腰を下ろした。
「感謝する」
ゆっくりと走り始めた車の窓から何度か寝泊まりした家が見えた。
「悪く思わないでくれよ、アリシア」
遠ざかっていく景色に一言だけ、投げかけた。
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