File.28

「まず、今回の事件に関わっていたのは被害者であるカーリー家、そしてお前ら二人と、それに雇われたドルフ・ファミリー。ランドンに関しては今となっては推測しかできないが、おそらくはシロだろう。おおかた、マシュー、お前がアフガンの時のツテで接触しケーブル敷設の話を持ち掛けたとか、そんなところだろうな。土地を買収するにあたっての建前に利用したわけだ」


 ランドンがこんな計画に参加する動機は見当たらない。だとすれば本当の目的を知らずに関わっていたと考えるのが妥当だ。

 マシューはにやにやと笑いながら頷いた。


「正解です、彼のおかげで色々な手間が省けましたよ。余計なことを話される前に殺しておいたのですが、それがこんな結果を招くことになるとは」

「あくまでランドンが爆殺されたのは黒幕候補の減少に過ぎないからな。本筋の出来事じゃない……。まず初めに事態が動いたのは俺とアリシアがディアナに会いにいった時だろう。俺達の訪問を受けた彼女はお前に連絡をした。たぶんお前が俺の介入を知ったのはそのタイミングだ」


 ディアナが通話の事実を知られていたことに驚いていたが、ジャックは気にせず続けた。


「ディアナはマシューに連絡した後、ドルフ・ファミリーに俺達を監視・脅迫するように要請した。ここが最初の裏切りポイントだ。ドルフのジイさんは俺と組んで他の二人を出し抜こうという取引を提案してきた。まあ、最終的に俺は乗っからなかったが……。そして、その取引の話をドルフを裏切っていた側近二人がマシューに報せた。そこでマシューはドルフと俺の結託を防ぐために、側近二人を使って俺とアリシアを襲撃……疑心暗鬼になった俺はドルフと接触しなくなり、同時に命の恩人であるお前を多少は信頼するという結果になった」


 思い返してみれば何と短絡的な判断だったことか。ジャックは猛省するために心に刻み込んでおいた。


「ここからが第二の裏切りポイントだ。マシューはこの基地の存在を俺達に明かして探すように仕向けるとともに、ディアナを売るような素振りも見せた。当初の計画では土地を手に入れたあとに建築会社の設備を使ってじっくり探す予定だったんだろうな。結局、俺達が地下基地とデイビークロケットを見つけたことで、ディアナもドルフもあんたにとっては一人当たりの利益を減らすだけの鬱陶しい仲間でしかなくなった。ここからが一人勝ちを狙ったマシューの裏切り計画の始まりだ」


 そこでジャックが一旦息継ぎすると、話を聞いていたアリシアが呆れた様子で肩をすくめる。


「さっきから聞いてたら裏切りばかりね。このおばさんに至っては両方から裏切られてるし」

「おば――!」


 ディアナがアリシアをきっと睨みつける。今にも女同士のうるさい口論が始まりそうだったのでジャックが二人を制止した。


「いいから、続きを話すぞ! まず最初にマシューが排除したのはランドンだ。彼には後ろ暗いことがないから何かを話してしまう可能性が一番高い。次に排除しようとしたのはドルフのジイさんだな。素人集団だとしても関係勢力の中では一番武力がある。俺とあいつらをぶつけてあわよくば共倒れを狙ったが、結局は俺が勝っちまった。だが、それもマシューにとっては想定しうるルートの一つ。今度はこの地下基地でディアナと、そこで死んでる側近二人を俺に殺させようと考えたわけだ」


 側近二人はジャックとブラッドで始末してしまったので、マシューの計画は九割方成功している。だが、最後の一割を見誤って今の状況が完成したのだ。


「ここまで推理した俺は一つの賭けに出てみた。全員に裏切られたディアナをこちら側に引き込んでみよう、ってな」

「あ! さっきのあの電話がジャックからだったてことか!」


 アリシアが納得して、大きく手を叩いた。それとは対照的にマシューの顔には疑問の色が浮かんでいる。


「さっきの電話とは、一体何のことです?」


 この質問に対してはジャックの代わりにディアナが説明に回った。


「あなたがここへ来る前にジャックから私に電話があったのよ。そして、さっきの推理の概略を伝えられたの。同時に取引もね」


 そこから、取引についての話はジャックが引き継いだ。


「俺は、俺が失敗した時用の保険もかけてあるからな、要するにお前達の負けは濃厚だった。そこで彼女には俺の味方になる代わりに、減刑されるよう俺が働きかけることを約束したのさ」


 ジャックはそこで話を区切り、銃を構えたままマシューに詰め寄った。


「全員で協力していれば勝てただろうにな。さあ、話は終わりだ、さっさと地上に出るぞ」


 マシューは観念したように出口の方へ振り返る。

 やっとこれで解決だ。


 ジャックはこれまでのことを思い返して小さく笑った。全員が互いを裏切って、最終的に誰も目的を達成できないなんて、考えてみれば馬鹿みたいな事件だ。

 それでも少なからず死者や怪我人は出たし、絡んでいたのは核兵器だ。そんなグロテスクなアンバランスさについては笑えない。

 疲れも相まって少しの間ジャックが感傷にふけっていると、前方から短い悲鳴と重たい音が聞こえた。

 気が付くとマシューがディアナの拳銃をもぎ取って構えていた。振り乱れた前髪の奥ではぎらぎらと目を輝かせている。


「今回は私の負けです……また次の機会に再戦といきましょう!」


 ここで撃ち合う気はないようで、彼は高笑いしながら通路の奥に走って消えていった。

 取り残されたジャック達四人は、だんだんと遠ざかっていく笑い声をただ黙って聞いていた。だが、すぐにアリシアが焦った様子でジャックに呼び掛けてくる。


「え、ちょっと! あいつ逃げちゃったけどどうするの!?」


 そのまま肩を揺さぶってくるアリシアに、ジャックは耳の裏を掻きながらのんびりと言った。


「大丈夫、問題ない。あいつは俺のライバルになれる器じゃないから」

「いや、そういう問題じゃなくて」

「まあ、一応追っておくか。アリシア、お前はブラッドを運んでくれ」


 ジャックは気怠そうに歩き出した。ブラッドを大事そうに抱えたアリシアとディアナがその続く。ブラッドは何度かアリシアの腕からもがいて抜け出ようとしたが、体が痛みに耐えられず最終的には観念して運ばれていた。


 子供に抱きかかえられるというのは猫にとってそれなりに屈辱的なことで、かつての仲間にそれを味わわせるということに心苦しさを感じなくもない。が、大事なジャケットをおじゃんにされたことを考えれば妥当な報いだろう。ジャックは内心満足げに頷いた。


 途中にマシューが待ち伏せているということもなく、地上に続く急な階段に辿り着いた。ジャックは最初の一段に重たい足を掛ける。その時、強烈な光が地上から差し込んできた。何も知らなければ太陽と見紛ってしまうほどの強力な照明だ。


 やっとか、とジャックは外の様子を確認するために階段を駆け上がった。

 出口から少し離れた所、小麦畑の真っ只中で複数の屋外照明に照らし出された男がいる。混迷を極めた様子であちらこちらに拳銃を振り向けているマシューだ。


 捉えようによってはスポットライトで照らされた舞台の主役だが、残念ながら却ってその矮小さが際立っている。


 照明の間には大勢の重装備の兵士が並び立ち、マシューを取り囲んでいた。周囲を見渡すと装甲車や軍用トラック、頭上にはヘリの姿も確認できる。


「想像以上だな、これは」


 ジャックの後からアリシア達が続いて昇ってきた。


「うわ、何かすごいことになってる!」


 興奮気味に辺りを見回すアリシアと、それに付随して振り回されたブラッドが呻き声を上げる。


 もっと近くで様子を見ようとジャック達が近付くと、それに気付いた兵士に制止された。ヘルメットの下にはバラクラバを身に着けている。秘匿性の高い特殊部隊ならば当然のことだ。


「危険ですから、下がっていてください」

「すまんな、エンディングを見たいんだ」


 そう言って渋る兵士達の間に割り込むと、丁度一つの人影がマシューの前に進み出たところだった。

 銀の長髪が目を引く、背の高い人間の女性だ。引き連れている兵士と違って黒い軍服を背中に羽織っている。


「く、来るなぁっ!」


 裏返った声を上げながら銃を構えるマシューに対し、その女性は動じることなく銃口の前に立った。そして冷然と言い放つ。


「マシュー・カールトン……今、貴様には三つの選択肢が残されている。まず一つ、このまま抵抗せずに拘束され、国家反逆罪の容疑者として正当な裁判を受ける。第二に、もし抵抗し私の部下に傷をつけるようなことがあれば、国外のブラックサイトに送ってやる。脳味噌のシワがなくなるまで高度な尋問を受けることになるだろう。第三に、抵抗して死人を出すようなことがあれば行先は貴様の交渉相手だった武器商人のところだ。経験上やつらは容赦ないぞ、たぶん死んだ方がマシだろうな。さあ、好きなものを選べ!」


 女性が語気を荒げ一歩詰め寄ると、マシューは引きつった顔で拳銃を投げ捨てた。そのまま膝から崩れ落ちる。分かりやすく精神が折れたらしい。


「拘束しろ!」


 女性の掛け声とともに周囲の兵士が一斉に接近し、マシューを取り押さえる。圧倒的な力というものを感じさせる光景だ。

 その様子を眺めていたジャックは安堵して座り込むと、面白そうに口笛を吹いた。


「相変わらずすごい迫力だな、会いたくなくなってきた」

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