File.27

 ブラッドは撃たれた衝撃で吹っ飛ぶと、そのまま部屋の外の通路まで転がった。

 立ち上がる様子はない。

 ジャックは床に転がるショットシェルのうち何個か無事なのを見繕って装填すると、じんじんと痛む肩を押さえながら倒れたブラッドのもとへ歩み寄った。腹の辺りが真っ赤に染まっている。


「『次の二発』が俺だけのカウントだとは言ってないからな」


 勝手な思い込みでジャックの一発目はまだ大丈夫だと高をくくって甘えたのがブラッドの敗因だ。

 返事は無かった。代わりに通路の奥から複数の足音が聞こえてくる。じきに部屋を出ていた三人と、もう一人の男が姿を現した。


 DIAのエージェント、マシュー・カールトンだ。

 彼は芝居じみた動きで拍手をしながら近付いてきた。


「決着はついたみたいですね。どうです? また仲間を殺した感想は?」


 マシューは横たわるブラッドを見下ろしながら薄ら笑いを浮かべる。以前会った時と比べると感動を覚えるぐらいの豹変ぶりだ。


「お前に話す必要はないな」


 ジャックがマシューの方へ向き直ると、彼はすかさず拳銃を抜いた。


「色々と楽しませてもらいましたよ。父親が撃たれてからのカーリー家の絶望っぷりやら、君とこの少女の探偵ごっこやら。あんなに右往左往しながらもここまで辿り着いたのは、腐ってもチームRってところですかね」


 嗜虐性の垣間見える口調にジャックはうんざりした。DIAの職員に対する精神鑑定精度を疑わざるを得ない。


「お前みたいなやつがDIAに入れるとは、世も末だな」

「まともな人間なら国家のために一生を捧げようなどとは思いませんよ。途中で裏切った私はいくらかマシな方に分類されるでしょう」

「……同感だ」


 ジャックもマシューも狂気の世界で長く生きていたせいで、常識的な感性を語れる立場にない。それだけは意見の一致を見た。


「まあ、楽しめたといっても最後の方はいただけない。君がここまで愚かだったとは、がっかりです。何に拘ったのか知りませんが、私に勝つチャンスはいくらでもあったでしょうに」

「思い上がらない方がいい。まだ俺が負けると決まったわけじゃない」


 ジャックの返答にマシューは勝ち誇ったように口元を歪めた。


「強がりは結構。私が今からあなたを殺してデイビークロケットを手に入れる。それでゲームは終了です」

「そう思ってればいいさ」


 テンプレートな思い上がり具合にジャックは笑いを堪え切れなかった。


「何が可笑しい?」


 問い詰めてくるマシューに、ジャックはショットガンを地面に置くことで応えた。

 眉をひそめているマシューの目をジャックは真っ直ぐ睨み返した。


 その時、鋭い声が響き渡る。


「動かないで! 銃を捨てなさい!」


 マシューの背中にディアナが小型拳銃を突き付けていた。不意を突かれた彼はゆっくりと拳銃を地面に置き、両手を上げた。

 彼は少なからず動揺している。が、まだ余裕は崩さずに大きなため息をついた。


「こんなタイミングで裏切るなんて、血迷いましたか? そこまで馬鹿な女だったとは知りませんでしたよ」

「あいにく冷静な判断の結果よ」


 マシューが忌々しそうに舌打ちした瞬間、ドルフの側近だった男がディアナに銃を向けた。

 しかしその銃口から弾丸が撃ち出されることはなく、代わりに男は自身の頭から血を噴き出しながら倒れる。


 近くに死体が倒れてきたアリシアは「きゃっ」と短く悲鳴を上げたが、それとは対照的にディアナは服に血を浴びながらも動じることなくマシューに銃を向け続けていた。

 核兵器を盗もうとしていただけあって精神の図太さは一流のようだ。

 そして、ジャックの傍らから硝煙の臭いが漂ってきた。


「……これで良かったんですよね?」


 上体だけ起こした状態で片腕でリボルバーを構えたブラッドが、苦しそうな声で尋ねてくる。


「ああ、上出来だ」


 ジャックは満足げに頷きながらショットガンを拾い上げた。マシューの驚きで見開かれた目が滑稽で仕方がない。


「な……なぜ生きている?!」


 焦りと混乱で大声を上げたマシューに、ブラッドは赤く染まった腹をさすりながら答える。


「ジャックの小道具ですよ。血糊入りのゴム弾、とてもプロ相手には通用しない粗末な物ですが薄暗い中であなたを騙す程度なら楽勝です。まあ、たぶん肋骨は折れてるので早く治療を受けたいところです」

「まさか……最初から二人共手を組んでいたというのですか?」


 次の問いには、話すのが辛そうなブラッドに代わってジャックが応じた。


「いいや、勝負が終わるまでは本当に敵同士だった。その証拠にブラッドの銃に入ってるのは全部実弾だったろ? で、俺が勝負に勝ったからこいつは俺の作戦に従ったのさ」


 狂気じみているルールだとジャックも自覚しているが、これが二人の昔からの取り決めだった。

 ジャックはショットガンをマシューに向けると同時に、ディアナへ目配せした。彼女は小さく頷いてアリシアの拘束を解く。


 縄やテープが外されていく間、アリシアは何が起きているか分からないといった顔をしていた。自由の身になった彼女は体の節々を伸ばしてほぐしながら、ジャックに疑問の目を向ける。


「えーと、これは何が一体どうなってるの?」


 マシューやブラッドも含め全員の視線がジャックに注がれた。

 ネタばらしには丁度いい頃合いだろう。


「オーケー、それではお待ちかねの推理ショータイムといくか。最初に言っておくがクオリティは期待しないでくれ。俺はコロンボじゃないんでな」


 残された証拠から謎を解いたり、言葉の矛盾を突くような推理は本来的に自分の領分じゃないことをジャックは理解していた。自分にできるのは人の考えとそこから生じる行動を予測することだけだ。

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