File.26

 予想していなかったわけではない。今回の件に良からぬ形で関わっているというのは、むしろ確信していた。それでも旧友が自分に銃を向けている、なんていうのは信じたくない状況だった。


「よく避けましたね、流石です」


 ブラッドがゆっくりと優美な足取りで部屋に入ってきたのが、足音だけでも推測で来た。もし今隠れている場所から少しでも顔を出して、推測の答え合わせをしようものなら脳味噌を床に散らばせることになるだろう。

 それをジャックにはっきりと分からせるほど、ブラッドの声には冷たい覚悟が込められていた。

 訪れてほしくなかった事態だが、ブラッドの介入はディアナらにとっても意外なものだったらしく、動揺が広がっている。


「ブラッド、あなたに頼んだのは情報提供だけだったはずですが?」


 怪訝そうに尋ねるディアナにブラッドは悪びれもせずに返す。


「はい、そういう約束でしたが気分が変わりましてね。ジャックとは直接決着をつけたい……。それに、私が来なかったらあなた方はそれなりに危ない状況だったのでは?」


 返答に窮したディアナの代わりに、今度はアリシアが言葉を投げかけた。


「ジャックとは仲間じゃなかったの? なんで裏切るのよ」

「裏切ってなどいませんよ、私は彼の間違いを正しに来ただけです」


 ブラッドはそう言うとリボルバーをアリシアに向けた。


「さて、ジャック。最後の選択のチャンスです。彼女を殺して君が生き残るか、二人共死ぬか。正解は分かるでしょう? 昔選んだ答えをもう一度選ぶだけです」


 その言葉の裏にあるものが何なのかは簡単に分かる。あの任務の再演を今ここでやれ、ということだ。

 ジャックは意を決して隠れていたケースの陰から体を晒した。


「つまらん二択だな、お前の枠組みに従う義務はない。死ぬつもりはないし、俺は絶対にアリシアを助ける」

「……残念です。それではこいつで決めることにしましょう」


 ブラッドはリボルバーをスピンさせ始める。


「勝った方が正義ってわけか。一対一の勝負だ。他の奴らには下がっていてもらおう」

「もちろん、構いませんよ」


 ブラッドが目で指示をすると、防弾スーツの男が椅子ごとアリシアを肩に担ぎあげ、ディアナと共に部屋を出る。

 その去り際、アリシアは必死に顔を上げながら、


「ジャック、絶対に死なないで!」

「ああ、分かってる」


 ジャックの言葉に、アリシアは気丈な笑顔を作った。

 彼女達の姿が見えなくなった瞬間、ジャックはケースの裏に身を隠す。ほとんど同時に弾丸が撃ち込まれた。


「珍しくせっかちだな、いつもそれぐらいだと嬉しいんだが」

「最後ですからね、君の好みに合わせてるんですよ」

「ついでに減らず口も直してくれると有難い」


 しかし、そうやって茶化してみてもブラッドが手強い相手であることに変わりはない。


 いわゆる古典的な正面対決でブラッドに敵うものはチームRにもいなかった。かといって稚拙な小細工に引っかかるほど単細胞でもない、優秀なガンマンだ。

 飛び出て早撃ち勝負を挑めば間違いなく負ける。リロードを狙おうにも残り四発の残弾を撃ち切るようなことはないだろう。ブラインドショットで当てられる位置関係でもない。


 ジャックは一度フォアエンドを前後させスラグ弾を排莢した。威力の面ではオーバースペックで命中させようと思えば心許なかったからだ。

 三発目以降にはこの状況を見越して極小の鉛玉を撃ち出すバードショットを装填しておいた。本当に使うと思うと、何か重たいものが胸にのしかかってくる。


 バリケードの裏に隠れているというのに、無防備に立つブラッドとまともに対決して勝つビジョンを思い浮かべることができなかった。だが、そもそも正々堂々の決闘など自分の領分でないこともジャックは知っている。

 ジャックは近くの影の角度から照明の位置を推測した。一つは入り口近くに立てられた業務用ライト、もう一つは床に置かれた懐中電灯だ。


 勢いよくショットガンだけを外に出して懐中電灯の方に撃ち込む。ガラスの割れる音とともに部屋が若干暗くなった。しかし銃を引っ込める前に、ブラッドの放った弾が銃身に命中してしまった。

凹んだ銃身を目にしてジャックは生唾を飲み込んだ。


「めくら撃ちとは醜いですね。がっかりさせないでくださいよ」

「そんなことよりも後で弁償しろよ、こいつはお気に入りだったんだ」

「後、はありませんよ。それとも、棺桶に入れておけば死後の世界でガンスミスに頼みますか?」


 幸いなことにジャックの狙いは気付かれていなかった。

 この調子でもう一つの照明も、とジャックが姿勢を変えた時、銃声が響いた。数秒遅れて肩のあたりがじんわりと熱くなる。弾丸が掠めたのだと理解するのにさらに僅かな時間を要した。

 革ジャンに穴が空き、その内側ではジャックの白い毛に血が滲んでいた。


「おいおい、このジャケット高かったんだぞ! クソッ!」


 本音の叫びと共に次の照明も撃ち抜いた。金属やガラスの混ざり合った騒音とともに部屋全体を闇が覆う。

 今頃になってジャックの目的に気付いたブラッドは余裕そうに鼻で笑った。


「お互い猫なんですよ。暗闇が大した意味を持たないのは馬鹿でも分かるでしょう」

「猫だからな、暗い所が落ち着くのさ」


 ジャックは適当に返事をしながら革ジャンを脱いだ。ベルトに付いた弾薬ポーチも外し、身軽になる。


「弾を捨てるとはいい覚悟ですね。持久戦なら勝ち目があるかもしれないというのに」

「問題ない、次の二発でケリがつくからな」


 ジャックが言い放った瞬間、ブラッドの纏う雰囲気が変わった。明らかに警戒心と集中を限界まで研ぎ澄ましている。たとえジャックの言葉がハッタリだとしても全力で受けて立つつもりなのだ。


 息の詰まりそうな沈黙が続いた。カミソリで赤ん坊の肌を撫でるような緊張が張り詰めていき、そして、限界に達した。

 ジャックは脱ぎ捨てて丸めた革ジャンを放り投げる。


 ブラッドは反射的に二発の弾丸でそれを正確無比に撃った。弾薬ポーチを包んでいる革ジャンを。


 瞬間、眩い閃光がほとばしる。この暗闇では太陽と見紛うような光だった。


 マグネシウムをぎっしり詰め込んだドラゴンブレス弾が被弾の衝撃で破裂、急速燃焼したのだ。

 瞳孔が目いっぱい開かれたブラッドの瞳を眩ませるには、十分すぎる光だった。


 閃光の瞬間、予め目を閉じていたジャックはケースの裏から飛び出る。そして、ショットガンに残された最後の一発を叩きこんだ。

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