File.25
一時間足らずで農場に戻って来ることができた。月明かりが薄っすらと小麦畑を白く照らしている。
予想通り地下基地の入り口近くに、小麦を踏み荒らして侵入したワゴン車が停車していた。
ジャックは持てるだけの弾薬をベルトのポーチに詰め込み、歩き出した。
推理が正しければ万事上手くいくはずだ。自身の能力はある程度信頼しているものの、心臓の鼓動が速くなるのは抑えられなかった。
地上から覗き込んでみると地下基地の中にはジャックが入った時と違い、簡易的な照明が設置されていた。入り口近くに人の気配はないのでゆっくりと降りていく。
広めの通路まで下り、前回と同様に左側へ進んだ。
通路の最奥、デイビークロケットのある部屋が見えてきた。開かれた扉からは話し声と明かりが漏れ出してきている。
ショットガンを構えたジャックは躊躇なく飛び込んだ。
部屋の中にいたのは四人、ドルフの元側近二人と、スーツ姿のディアナ、そして椅子に拘束されたアリシアだ。
「ジャック!」
アリシアが上ずった声で叫んだ。今にも泣きだしそうなその声にジャックの心が痛む。
「待たせてすまない、今すぐ助けてやるから待ってろ」
しかし二人の間に男二人が立ち塞がった。先日ジャック達を襲撃した者達と同じ防弾アーマーを着込んでいる。あの時には既にドルフを裏切っていたというわけだ。
ジャックと男二人が銃を向け合って沈黙するなか、アリシアを盾にするように後ろに下がったディアナが口を開いた。
「あなたがどうあがこうが既に手遅れ、我々の勝ちです」
「そいつはどうかな?」
強気で言い放ってはみたが二対一で銃を向けられている状況はお世辞にも良いとはいえなかった。「先手」もまだ使うべきタイミングではない。かっこつけで飛び込んだ自分を恨む。
しかし、このような圧倒的有利な状況で二人組がジャックを撃たない訳はひとえに覚悟の違いへと収斂するだろう。今すぐ撃ち合えば単純計算の結果としてジャックは死に、二人組の片方は生き残れる。だからこそそこに覚悟の違いが生じるのだ。
確実に向かってくる死を待ち構える者と、生きる確率に縋ろうとする者の間には決して埋めることのできない大きな差がある。プロフェッショナルでないのなら尚更のことだ。
とはいえジャックが先にどちらかを撃てば、堰が切れたように相手も撃ち返してくるに違いない。
ならば撃たなければいいのだ。
ジャックはショットガンの銃口を下げる。
「あー分かった、銃を置くから一旦話し合おう。話せば分かる」
ディアナは戸惑った表情を浮かべ、男二人はにやつきながらなおもジャックに銃を向けていた。
「駄目、ジャック! 殺されちゃう!」
アリシアが切り裂くように叫ぶ。ジャックは笑顔を作って応じた。
「問題ないさ。目を瞑ってろ、すぐに終わる」
そして男の不躾な腕が伸びてきた瞬間、ジャックは銃を捨てると見せかけて背後の地面に向けて発砲した。
室内に轟音が反響すると同時にジャックの身体は反動で天井近くまで浮かび上がった。そのまま空中にいる間にフォアエンドを引き、片方の男の胴体に狙いを付ける。
二発目に装填しているのはスラグ弾だ。人が身に着けられる程度の防弾装備じゃ防ぐことはできない。
殺しは好まないジャックだが、誰にでもその論理を適用するほどお人好しではない。微塵の躊躇もなくトリガーを引いた。
射撃の反動を余すことなくその身に受けたジャックは、強風にあおられた落ち葉のように回転しながら吹き飛んだ。目まぐるしく動く視界の隅に、撃たれた男が床に崩れ落ちるのを捉えた。
ディアナやアリシアの頭上を飛び越えたジャックは部屋の奥、デイビークロケットの収められたケースのさらに奥に着地した。そのまま身を翻してケースを盾に銃を構える。
この核兵器が撃たれた銃撃程度で爆発してしまう欠陥品かどうかは知らないが、それは相手も同様だ。十分に有用な盾になる。
「形勢逆転だな」
ケース同士の隙間から僅かに銃口と目だけを覗かせたジャックは自信満々に呟いた。
残された男は泳いだ目で、既に絶命した片割れと、鉄製のケースの裏に隠れたジャックを交互に見る。取るべき行動を完全に見失っているようだ。
未だ囚われの身であるアリシアを上手く利用すればまだ手はあるだろうが、ふやけた頭ではそんなこと思いもよらないはずだ。
あとは悠々と狙い撃てばいいだけ、煮るなり焼くなり思いのままだった。
ジャックがフォアエンドを引いた軽快な金属音に、男はびくりと体を震わせる。
誰かの命を握っているというぬめついた高揚感が湧き上がってきたが、すぐに振り払った。殺しを楽しむほど落ちぶれちゃいないし、無用な興奮は失敗のもとだ。
大きく深呼吸し、静かな湖面のように気持ちを静めた。そして引き金に指をかける。
しかし、それ以上に冷徹な殺気を皮膚に感じ、本能的に身を引いた。刹那、数センチのケースの隙間を通り抜けた弾丸がジャックの背後の壁に小さな穴を穿つ。
聞き覚えのある銃声だった。実際に耳にしたのは数年ぶりであり、正面から聞くのは初めてであったが。
「ブラッドか……!」
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