File.24

 車に戻ることも考えたが、それまでにワゴン車を見失う可能性が高い。


 何もかもが遅きに失した。もう少し早くワゴン車を見つけていれば、対象が出発した時点ですぐに車に戻っていれば、原因を上げればキリがない。

 遠ざかっていくエンジン音に膝を折られそうになる。それでも何とか堪えられたのはプロとしての矜持とアリシアへの思いがあったからだった。


 まだ終わっちゃいない、ジャックは自分を奮い立たせ次の手を考え始める。

 そして、ヤードの中で呻いている男達に何か吐かせてみるか、という考えを浮かべた時、倉庫のシャッター扉の奥でごとりと重たい物が動く音がした。

 確認のためジャックが近付くにつれ、謎の音は崩壊間際のジャズのように不規則にがなり立て始めた。耳を澄ますと擦れた声も混じっている。


 十センチ程開いたシャッターと地面の隙間に銃を差し入れて、てこの原理で押し上げた。何とか銃を構えながら通れる幅までこじ開け、中を覗いた。

 暗い倉庫内で誰かが椅子に縛り付けられてもがいている。こちらには背を向けているが太めの体躯からして残念ながらアリシアではないのは一目瞭然、しかし何かを知っているのは確実だ。


 縛られた者の正面に回り込んで、ジャックは少なからず驚いた。

 見覚えのあるダサいサングラスの老人、マフィアのボスであるドルフが拘束されていたのだ。


「おいどうしたジイさん、ユニークな性癖だな」


 ジャックはそう言いながらドルフの膝に飛び乗って、口元のテープを剥がしてやった。


「ありがとう、ジャック……素直に感謝させてもらうよ」

「礼はいい、それよりもさっきまであんたの他に誰かいなかったか?」


 ジャックはドルフの膝に乗ったまま彼の胸倉を掴んで揺すった。


「わしの側近二人に、それと若い女がいたな。あの声はたぶん農場の――」


 話の流れからしてその側近二人がボスであるドルフを裏切り、黒幕側についたのだろう。しかし、そんなことよりも興味深い情報が最後にくっ付いていた。


「アリシアか? アリシアがいたんだな?」

「名前までは知らんが、君の思い浮かべてるのと同じ女だろう」


 もう少し急いでいればという後悔とともに、引き金を引かなかったことに安堵する。


「それで、どこに向かうってのは聞いたか?」

「具体的な場所は分からんが、合流とか回収とか言っておったな」


 黒幕と合流しそれから何かを回収するつもりだろう。その何かが核兵器なら向かう場所は農場のはずだ。しかし動き始めるには情報が足りない。これ以上判断ミスを重ねるわけにはいかないのだ。

 何か解決の糸口を探ろうとジャックが思考を回転させ始めると、いくつか不可解な点が浮かび上がってきた。


 最初からジャックを排除するための罠ならアリシアをここに連れてくる必要などなかったはずだ。ジャックのショットガンがそのままにされていたことと相まって、あと一歩で人質を救出できるところまで来ていた。

 この状況をセッティングした者は、なぜ自分からリスクを大きくするような真似をしたのだろうか。

 そしてドルフをここに拘束する意味も分からない。結局のところジャックに情報を与えてしまっているだけだ。


「おい、ジイさんを裏切ったのは俺を襲ってきた二十人全員か?」

「いや、側近の二人だけだろう。他の奴らにはわしが脅されて指示を出してしまった、君を襲うようにな……あいつらには悪いことをした。君と戦って無事でいられるわけなぞないのに……わしが殺したも同然だ。いや、君のことを責めるつもりはないが」


 ドルフは感情を押し殺すようにつらつらと話していた。

 彼がここで拘束されていた理由は分かった。もう得られる情報はない、とジャックはドルフの膝から飛び降りる。そして背後に回って彼の拘束を解いてやった。


「安心しろ、保証はできないが、死んでないはずだ。さっさと911に電話することだな」


 そうジャックが去り際に残した言葉に、ドルフは小さく声を震わせる。


「そうか……本当に良かった……」


 マフィアのボスにはとてもじゃないが向いていない老人の姿がそこにはあった。


 ジャックは車に戻ると早速スマートフォンを取り出し、いくつかのところに電話をかけた。相手にされるかは分からないが、決着のために必要な手順だ。

 だいたいの事象は繋がった。ここからは先手を取らせてもらおう。

 口元に微笑を浮かべたジャックは車を発進させる。

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