File.23

 日没頃に廃車ヤードへ到着した。フェンスに囲まれた敷地の中に、錆や傷が表面に目立つ車が積み重ねられて迷路を作り出している。


 照明は皆無で、廃車の壁が影に溶け込んで不気味な存在感を放っていた。

 暗いのはジャックにとって有利に働く。しかしそれもあくまで相対的なもので、昼間の方がよく見えるという点は人間と変わりはない。


 ヤードのどこに行けばいいかは指定されていないため、とりあえず銃を抱えながら適当に進んでいく。弾薬はバッグショットを既に装填済みである。

 すぐに、ここに入った時から感じていた人の気配がより一層具体的に掴み取れるようになった。砂利っぽい地面が微かに擦れる音があちこちで聞こえる。数は二十人以上といったところか。


 シンプルに罠だと理解した。詳細な場所を指定しなかったのもこれで頷ける。最初から殺すつもりで呼んだのだろう。

 しかし、それならば銃を残しておいた理由が分からない。丸腰で乗り込んできたところを蜂の巣にするのが一番楽なはずだ。そもそも殺害の理由が「真実を知った者」の排除だとしたら、わざわざアリシアをさらう必要がない。適当な夜道で背後から撃ち抜けばよいだけだ。


 撃ち合ってくれと言わんばかりにお膳立てされた状況に疑問を抱きつつも、ジャックは銃を構えた。

 目の前の車の陰から男が飛び出してきた。ジャックに向けて拳銃を発砲するが、足元の小さな的を狙うのに手間取っているようで、弾丸はジャックの頭上を通り過ぎていく。


 三発目を撃たれる前にショットガンで脚を撃ち抜いた。

 この距離なら散弾でも骨は砕ける。二度と走り回ったりなどはできなくなるだろうが、人を撃つとはこういうことだ。


「悪く思うなよ」


 男が倒れ込むと同時に、彼が潜んでいた物陰に飛び込む。

 案の定、二人一組で行動していたようだ。相棒が撃たれたことに怯えた表情を浮かべているそいつの右腕を狙い、ジャックは発砲した。


 そのままジャックはするすると廃車の壁を昇っていく。四台目のルーフに辿り着き、周囲を見渡す。

 下で呻いている二人はだらけたパーカーやジャケットという出で立ちで、マフィアらしさといったものは微塵も感じられない。ブラッドの言う通り、これがドルフ・ファミリーの本当の姿なのだろう。

 さっきの短い交戦で、辺りの気配は蜂の巣をつついたように動き始めた。ライトや銃を振り回し、怒号を飛ばし合いながら駆け回っている。

 廃車の上に潜むジャックのことを見つけられていないようだった。この隙に先ほど撃った分の弾薬を装填する。そのまま車の上を静かに移動した。


 拳銃を大事そうに握り締めた四人組が、真下を通り過ぎたタイミングでジャックは飛び降りる。

 着地の音に気付いた二人の足を素早く散弾でジャンクにしたあと、飛び跳ねながら残りの二人に発砲した。反動を受け止める地面は不在で、ジャックは跳ね上がるショットガンとともに回転しながら後方へ吹き飛んだ。

 受け身を取って着地の衝撃を流しながら立ち上がる。


「久しぶりにやるとなかなかキツイな……」


 間髪入れずに、傷の浅かった敵が撃ってきたので転がりながら物陰に隠れる。

 一か所で長々と戦えば囲まれてしまう。素人であっても物量は脅威だ。

 ジャックは飛び出しながらまだ立っている男に散弾を叩き込み、すぐさま近くの車の上へよじ登ろうとした。同時に近付いてきた別の男達から銃撃を浴びる。今度は三人組だ、一人は短機関銃を携えている。

 ばら撒かれた拳銃弾が車体を貫通したり、角度が浅くて弾かれたりする音を聞き流しながら、車の屋根まで昇り切って走り出した。

 人間より遥かに小柄ですばしっこい猫へ銃を命中させるのは至難の業だ。試合中のバスケットボールを観戦席から狙う、と想像すれば分かりやすいだろう。


 そういう理由で銃弾の雨の中、ジャックは怯むことなく足を前に進め続ける。迷路のようなヤードの構造も味方し、ジャックのことを見失った三人組の背後に回り込めた。距離は十メートルもないが、ジャックが地面に降りた音は聞かれていない。


 遠慮せず最後尾の男の脚を撃つと、先頭に立っていた男が短機関銃を乱射しながら振り返った。ジャックは間に位置していた哀れな男が倒れ込んだのを確認し、短機関銃の持ち主の胴体にも散弾を撃ち込んだ。

 当たり所が悪ければ命を落とすだろうが、ああも豪勢に発砲されては多少手荒になっても仕方がない。

 もう一度ジャックが車の上に昇った時には、周囲を走り回る気配は半分以下にまで減っていた。何人かはこの場から逃げ出したらしく、予想よりも早く片付きそうだ。


 使用した三発を装填し直し、下の様子を窺った。

 残っているのは四人グループが二つの計八人。ジャックのショットガンは短銃身モデルのため薬室内を含めても五発までしか装填できない。つまり、合流されると厄介ということである。


 手近な方の四人組をターゲットに設定するとジャックは一気に駆け出した。

 そして男達の真上に到達すると、銃を抱えたまま飛び掛かる。一人の男の頭に全体重を掛けて着地、そいつが脳震盪を起こして倒れるのと同時に離脱し、他二人の脚を撃った。反動で後方に転がるジャックを狙って拳銃を撃つが手前の地面に土煙を上げるだけだ。態勢を立て直したジャックは冷静に男の腕を狙い撃った。

 リロードする間もなく、銃声を聞きつけた最後の集団が近くの車の陰から顔を出してきた。

 残弾を惜しげもなく放って制圧射撃を行い、一気に距離を取る。


 全速力で何度か角を曲がりながら弾を装填していく。何個かシェルを取り落としてしまったが二発分装填できた。追ってくる敵の銃弾が近くを掠めていく。

 直線を避けようと次の角に差し掛かったその瞬間、敵の一人と鉢合わせしてしまった。人間の腕が届く距離だ。

 しかし、相手は焦って自分の足下に拳銃を向ける。ジャックはスピードを緩めることなく男の股下に滑り込んだ。重たい銃声がジャックの数十センチ上で響いたが、幸い命中はしていない。


 そして、中途半端な姿勢で発砲した男は反動を受け止め切れずによろめいた。ジャックはその脚を背後から無慈悲に撃ち、その際に相手が落とした拳銃を拾った。

 50AE弾を使用するイスラエル製拳銃のシルバーメッキバージョンだ。


「熊でも撃つつもりか? このマヌケが」


 倒れた男にそう吐き捨てた直後、他の三人の姿が直線状に見えた。

 ジャックは無駄に重たい拳銃を何とか持ち上げると一発だけ三人組へと威嚇発砲する。反動を抑えるつもりなど全くなかったので、はじけ飛ぶように拳銃はどこかへいってしまった。

 一瞬だけ敵の脚が止まり、その間に何とか二発分の装填を済ませる。


 面倒なことにはなりたくないのでどうにか殺害は避けていたが、命のリスクとは代えられない。ジャックはそのまま無造作に三発撃ち込んだ。アバウトな狙いでも命中するのが散弾の良い所であるが、その分距離が離れるとどこに当たるか分からない。


 ばたりと倒れた三人組の悪運と頑丈さを信じて、ジャックは歩き始めた。

 すぐ近くに気配はないが銃声を聞き過ぎたせいでいまいち確信は持てない。リロードした後、警戒しながら進んでいく。


 ヤードをだいたい横断した辺りで、トタン壁の倉庫とその前に停まる一台のワゴン車を見つけた。車両のエンジンは起動済みで、中に複数の人影も見受けられる。

 あそこにアリシアが監禁されているかもしれない、とジャックが駆け寄ろうとした瞬間、ワゴン車は走り出してしまった。


「おい待て、止まれ!」


 ジャックは地面を蹴って追いかけたが、走ってどうにかなる距離ではなかった。

 足を止め、反射的にショットガンを構えたが、もしあの車にアリシアが乗っていて、万が一当たってしまうことを考えると引き金にかけた指が固まった。

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