第4話オリンピックと生物多様性


 年を取ると時間の流れが速く感じるというが本当にそうだ。自分の好きな人も亡くなって一年以上になる、落語家の桂歌丸師匠だ。自分がだいぶ大きくなって世の中のことが見え始めた頃だったと思う。何をどう言ったのかまでには覚えていないが、笑点で、年末の道路工事のことをそれは上手に、上品に皮肉っていた。


「この人はなんてすごい人だろう」


と感動したから、これをやっているとまでは言えないが、全くの無関係でもない。


 この年末の恒例行事は、誰からもわかる正しくないことの一つだ。そしてこのことに関する神様の解決策はもちろんないわけではない。


ではシュミレーションを始めよう。


 外来種が増えて問題になっている、民放のテレビ局が駆除をやってくれているからいい機運だし、この番組に環境省のお偉いさんも出演済み。派手な事は彼らに任せて、地味な外来種の草刈りを大規模にやればいい、特定指定外来種でなくとも、危険なものはたくさんある。

だがそういえば誰かがこう言うだろう。


「道路工事の業者に収入が入らない」だったら


「その会社に除草作業をやってもらったらいいんですよ、感謝もされない道路工事がいいか、感謝をされる除草作業がいいか、の選択だ。ほとんどアスファルトが敷かれて、仕事は減っているはずだから「生き残り」って言えばいい。もちろん、除草作業専門の業者との本格的な調整もいります」

でいったん終了。

これが一つ目の解決策だ。


 二つ目は、案外知られていないが「生物多様性基本法」という法律がある。興味のある人は読んでみてもらうといいが、簡単に言えば


「今までさんざん破壊してきた、だから残された自然を守りましょう」


というものだ。起草者は誰なのかわからないが、そこから感じるのは、これからは自然を守っていかなければいけないという情熱であり、責任感であり、この法律がこれからの基準になるべくという強い信念だ。自分の職場からそう離れてない所から生まれたものであることには間違いはないし、良い法律だと思っている。


 しかしこれに関する公式文書では、経済などと同じように「戦略」という言葉が使われている。自然を守ることと戦いというのはまるで両極だが、その言葉がふさわしい。つまりこうなっている。


「戦いを決めた人間のほとんどは、戦地には赴かない」


世界各国、昔からの慣例だ。

ビル群の中央で生まれたこの法律で、自然豊かな地方の人間が実際に戦わなければならない。だが地方の公務員が、この法律を知っているのかどうかさえ怪しいのだ。制定されて十年、これといった罰則がないため、厳しい現実になっていると環境省の報告書にも載っている。


 ここで登場するのが神様だ。神は人間だけを愛しているわけではない、動物も植物も、もちろん昆虫も。どちらかというと最近はこちらの味方に近い、彼らは紛れもない被害者の上、会議に出席することはできないから、丁度良いバランスだと思う。


「公共工事が始まってみたら、そこに希少生物がいた。その間の工事中断時の補償を余った金から捻出すればいい。その補償が全くないから報告も何もせず工事を断行するんだ、簡単に想像がつくことじゃないか。なんでそれが難しいんだ、公務員だろう、頭が悪いと言われたことのない人間なんだろうに。だったら「自分はこれだけやれる、これだけ先のことを考えられる」ってところを見せればいいんだ。工事関係者のショベルカーの見事な使い方と同じようなもんだ。

わからないかなあ、こいつら成績がいいだけで頭が悪いと思われているのが」


俺は自分が他人にどう思われようが、正直どうでもいい。ただ、自分ができることで褒められるなら褒められたいし、どっちつかずの微妙な態度が嫌いなだけだ。


「そう、でもこのことには時間がかかる、丁寧にやらなければ大きな問題が起こってくるだろうから、まずは調べなければいけないのは重機のレンタルの・・・」仕事は永遠にある、残業はしないが家で調べ物をする日々も続いていくだろう。



 あれから実は彼とカメラを買いに行って、本体はプレゼントできなかったが、備品をそうすることにした。また、家にあった使えそうなものも渡したので、多分本当に喜んでくれたのだとは思っている。

そして帰り道、一人になって数日がたった。


 慣れたような寂しいような、気が滅入るような人ごみの中に入って駅に向かった。東京のどこにも貼ってあるオリンピックの広告、ピントのあったきれいな写真、鍛えられた美しい体を何故か立ち止まってまじまじと見た。


彼が「手助けができるように」と言ってくれた言葉はうれしかった。

いつかあの若い医師もどこかで会うかもしれない、そうなれば自分の味方になってくれるかとも思ったが、そうではない。否定しているわけでもない。人間がどう変わってゆくかは本人の自由で、自分の思い通りにならなかったと言って腹を立てる方がおかしいのだ。

たった一人の部署も、もしかしたら自分が音を上げるのを待っているだけかもしれない、「孤軍奮闘」そう、誰も頼れない。今は、自分で、自分がどうにかするしかない、それが神様だ、神以上の力を持つものはいないのだから。


 オリンピックに出られる選手というのはほんのごくごく一部で、この国ではメダルを取ったからと言って一生が保障されるわけではない。それでも大きな目標に向かってやっている、保障のある自分の方が優遇されていると思う。

彼らの相手は自分自身を含めた人間で、膨大に費やした時間を、一瞬、長くても数時間で出し切らなくてはならない。

 一方自分の戦う相手も人間だが、集団になっている場合が多い。でも闘志がわかないかと言えば逆だ。人間は神の言うことを聞かずに数々の失敗を繰り返してきて、今もそうしている。仕方がない、そういうものだが、神はやめるわけにはいかない職業だ。

本物は大変だろうなとふと思い、少し大きな声を出して言ってみた。




「がんばれ、日本! 」



揚々と帰宅するのは久しぶりだった。



もう一度、くどいようですが


この物語はフィクションです・・・・・


因みに、本当に生物多様性基本法は存在します。


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現代神 @nakamichiko

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