第3話気付いていた告白
「そういえばずっと聞きたかったんですが、神様は趣味とかあるんですか」「趣味?趣味ねえ、どれがいい?」「はあ? 」
「カメラ、釣り、音楽はジャンルが色々だから逆に難しいか、昆虫も好きだね、遊びで卓球、ビリヤード、テレビゲームもやりはするよ、まあ、多芸は無芸とは思わなくもない」
「そう・・・すごいですね、そりゃ天職かも、あ! じゃあ、ちょうどよかった! カメラが欲しいと思っていたんです。店員に言ったら極端に高いものを勧められ困ってしまって」
「そりゃいいや、一緒に行こうか、カメラ屋巡りで夕食が押してもいいかい」
「もちろんです、有難うございます! 」コーヒーもまだ温かいうちに飲み干して、店を出た。
「へえ、レンズ沼ねえ、カメラは難しいとは思っていたんですが」彼が小さな部屋を貸し切ってくれていて驚いた、ここでなら仕事の話が聞かれることも少ないと考えてのことだろうが、話はずっとカメラのことばかりだった。
「レンズがとにかく高いんだ、どんどん良いものが欲しくなって、それにはまる感じさ。俺は今のところそこまで行ってない、別の趣味もあってよかったと思ってるよ」
「そうですか、でも助かりました、危うく高い一眼を買うところでした」
「どのカメラも手入れはしなくちゃいけないからね、一眼は特に念入りにしないといけないから面倒だろう?最初は扱いやすいものから始めた方が無難だよ。でもそれからがカメラ沼の始まりかもしれないが」
「来年に新しいのを買っていたりしてとか」
「そうそう、こっちに帰ってきたら、俺よりもものすごく詳しくなって、いいものをもっていたりとか」
「ハハハハ」少々お酒も入って二人とも上機嫌だった。でも、笑い終わっての一瞬の静寂は、彼が何を言いたいかを自分は察してしまった。本当は何か月か前からうっすらとわかっていたから、自分から話すことにした。
「俺の仕事は、安全な株式の運用と同じだよ」
「どういうことですか」
「テレビでずっと株式で儲けている人に、秘訣は何ですかと聞いたらこう答えたんだよ、四季報をみているってね」
四季報は株式の情報が載った誰にでも手に入るものだ。
「つまり俺の仕事も公的書類からすべてを導き出して、これからの事を考えるのであって、その資金を実際裏でどう回しているとかいうことには触れられない、そこまでの調査は出来ないんだよ、冷たいだろうけれど」
沈黙が長く続いた。あまりにも長かったので
「すまない」
としか言えなかった。彼は何度もうんうんと頷いて、それを永遠に繰り返すのかと思うほどだったが、酒の力か、泣き始めた。
「謝ってもらうことなんてないんです・・・自分がふがいないだけです。正しいことを正しいと、間違っていることを間違っているとあなたのように言えないことが。今まであなたの仕事を何も手伝ってないのに、自分が困ったら助けを求めようなんていうこと自体がおかしいんです。弱かったから格闘技をして強くなった、強い人間になったと思っていたんです。周りから文武両道で凄いと褒められて、いい気になっていただけだったんです。でもこんなに弱いとは、何も変わっていない、情けない・・・」
それから先は言葉が詰まってしまった、悪いが自分は酒をちびちび飲みながら落ち着くのを待った。酒もまた、崩れることのない必要悪の塔なのかと感じた。しばらくして
「タバコはやらないんだよな」
「ええ、やりません、大丈夫ですよ。僕も息抜きの方法はあります。あなたが趣味が多いのは、気晴らしをしなければならないからですか? 」
「いや、老後のボケ防止かな、カメラ仲間で言うんだ「背景はボケても自分はぼけたらダメだって」ね」
カメラではピントが合ったもの以外をボケさせるというのがテクニックの一つとされている。
それからは彼の個人的な話を聞いた、学生時代の話、一人暮らしが初めてだからどうしたらいいとか、自分の失敗談だとか、笑って終わりたいと二人とも思っていたのだろう。
「都心のいいところの公務員宿舎にどうして住まないんですか? 」
「緊急性のある仕事じゃないからね、それに国民から首を傾げられるところには住みたくない。まあ正直言うと、そういう話もこないんだ、幸か不幸か故意なのかわからないがね」と愚痴らしきものも聞いてもらった。楽しい時間だった。
外は固まったように寒く、明日は雪になるかもという予報だ。二人で終電近い電車に乗って、降りてしばらく歩いたらお別れとなる。
「また会うかもしれませんが、とにかく今までありがとうございました」晴れやかな彼の様子を見て安心した。
「こちらこそ、御馳走様でした。もし何かあったら手紙でも」
「手紙ですか? 」
「守秘義務だよ、第三者から見られたら困る場合はね、案外いいと思うよ」
「なるほどですね、凄いや」公務員の義務だ、軽々しく外で仕事のことを言うことなどできないし、通信機器の情報はすべて漏れているのだから。
「あの、ちょっと言いそびれたんですが、その、そんなに大きなことではないんです、自分が悪いと思ったことは」と照れ臭そうに言ったが
「それは違うね」ときっぱりと断言した。
「ちりも積もれば山となるだよ。知らないかい、だいぶん前だけど、どこかの会社で公衆電話を事務のデスクにおいて、十円持って電話させたら、電話代がぐんと下がったって。まあ、今は使ってないかもしれないが、それくらいの気持ちでやらないといけないだろうとは思うよ、それこそ税金なんだから」
「それは、少し耳が痛い話です」酔いもさめるような寒さもたまには良いと、立ち話を少しした。そして最後の最後に彼はこう言おうと決めていたのだろう。
「帰ってきます。必ずあなたのやっていることの、手助けができるほどになって」
力強かった。
「いろいろ大変だと思うよ、地方は地方でね。頑張って」自分の家に帰った。
今日は金曜、いやもう土曜になっていたかもしれない、すぐ風呂に入って寝た。
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