第2話神と他人


「部長お久しぶりで」


「お久しぶりではない、何かね今度の報告書は」


「定例ですよ、皆さんお忘れかと思って。もういい加減にやめませんか、ウソの収支報告書は。だから県も市も町もそれに倣う、余ったら余ったで我々は赤字国債をどうにかすればいいんですから「国債を現金化してください、そうすれば経済が回ります」で済むでしょう。砂山崩しのように省庁が予算を持って帰って、棒がこの国そのものの様な気がしてならないんですがね。

私が幼い頃、親が子供会の会計をしていましたが、余ったものは来年に回していましたよ、子供が見てもわかるような会計報告書でね」


「国と子供会を一緒にする気かね」


「例えばの話です、私だって忙しいことは百も承知だから、今すぐどうにかすることではなくて、提案という形だけにしたんですよ。予算を使わないで残せたところには報奨金を出すって、なかなかいいでしょう? 」


「税金だ! 」


「無理やり使ってしまおうということの方が問題です、これは永遠のループだからやめましょう。とにかく元号が変わって仕事も倍増しているでしょうから、一般論だけにしたんです、それと先ほどクレームがあったのですが」


「聞いていたよ」


「そうですか、その報告書は? 」


「必要ない、自分の所で作ろうという話が来ていたから」

クレーム処理の電話が誰でも聞けるようにしたのも自分だ、なぜならほとんど他人事では済まされないからだ。


「そうですか、有難うございました」


そして部長はドアを開けて


「見事だったよ、正直」


優しめに閉まった。


彼にとってこの「帰り際の一言」が快感になっているのは間違いない。自分の上司になって一年、だがこの仕事を手伝うわけではない、監視者、という感じだ。

バトルも恙なく終わって、そろそろ終業時間だ。若い国家公務員には悪いが、今日は帰らせてもらうとしよう。

 


 建物を出る前に用足しに行くと

「神様、今日もご苦労さん」と自然に女性から声を掛けられた。自分には日常茶飯事で「神様はモテますね」と他の男から言われるが、


「仕事で戦っているからだろう? モテるために一生懸命何かをする人間じゃないんでね」

と言うから、周りの男は自分から去っていくと指摘されたことはある。


「あなたが神様ですか! お会いしたかったんです」


さっきの女性の部下だと紹介された、初めて見る顔だった。


「神様というともっと怖いイメージでしたけど、優しそうです」自分の見た目は一見どこにでもいそうな男だ、身長も体重も平均値内で、時々イケメンと呼ばれるが社交辞令だとわかっている。


「君も可愛いね、国家公務員でユニット組んだら売れるんじゃないか」


「それで得た収入は国庫に入るんですか? 」


「そうだよ、みんなの残業資金としてね」周りの若い男は笑ったが、年配者には不評なようだったので、そそくさと外に出た。


「変に若い頃残業させて、年をとって楽をさせる、それも極端に。だからシステムに文句を言わない、か。誰が考えた。まあ公務員を安月給にするとたちまち不正だらけになるか」


独り言だが、まばらな人間はほとんどが同業者だから聞こえてもいいだろう。 そして仕事終わりの恒例で、横断歩道の手前にいつものごとくこちらを向き人が立っている。ガッチリとして背も高い。


「お待たせ、ジョー」


彼も若い同業者、誰が見てもわかる警察庁の人間、文武両道とは彼のことを指すのかと思う。


「今日は早かったですね、例のクレームの書類ももう済んだんですか? 」


「聞いてたのかい、そっちは暇なの? 」


「まあまあ、クレーム対応は課題でして、どこでも」


二人で歩きだした。彼をなぜジョーと呼ぶか、この国に育っているのであればそう難しいものではないと思うが、自分の親が熱烈な石ノ森章太郎のファンだったことを付け加えておこう。あとがえるようになるが 


ジョー→ 島村ジョー→ 009→00(ダブルオー)→007→ スパイとなる


 俺の仕事のもう一人の監視員、まあ、それだけでもない。何年か前、一人で帰りに公園周りを散歩していたら、猛烈な速さで棒が飛んできた。明らかにボウガンか何かで撃ったのだろう。池の周りだったから鳥を狙った可能性の方が高いが「護衛のため」とそれから家まで彼と帰ることになっている。お互いの家は近いは近い、ただ彼の方は実家で俺は一人暮らしだから、食事に行ったこともない、逆になるべく誘わないようにしていた。だが彼の方から


「どうですか、一緒にお食事でも、おごりますよ。今日が最後ではないかもしれませんが、どうも移動が決定的なので」


キャリアー組の栄転の始まりだ。これを繰り返してここに戻った時は、自分より偉くなっているだろう。


「そう、お祝いだけどそうしてもらおうか、でも先にコーヒーでも飲もうよ、これはこちらのおごり」と店に入った。


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