現代神

@nakamichiko

第1話心ある抗議


 この物語はフィクションです、存在している団体などは実名で出てきますが、現実のものではありません、この話を読んでいくうち、こんなことがあるのではと思い、その団体に電話などの確認は絶対にしないようにしてください。では




「この世にはどうしても必要悪というのがいるんですよ。ですからあなたもご存じでしょう? タバコに近いものは世界中に存在する、何故かです。本当に悪いだけのものだったら徐々になくなっていくはずなんです、生贄の風習のように。でもある、つまり太古から自殺防止剤としての役割が大きかったんじゃないかということですよ、自殺者の中に喫煙者が少ないことを考えると」


固定電話の受話器は長時間持っても疲れないと改めて感心する、そんなことを考えられるほど余裕ができた。この電話の主と三十分ほど話しているが、お互い潮時だ。


「それは・・・わかっています」

「確かに健康に害のある煙草の販売を、公共企業体が担っているのはおかしいことです、しかし人口の減少は大変な問題ですから」と少し出まかせっぽいことを言ったが、そのあと正直に


「あなたは僕よりも若い、医師として肺がんで若くして亡くなった患者さん、その残された幼い子供さんのことを思うと、胸が引き裂かれるようにつらいのはわかります。でもあなたが医師としてできることは、その子供さんに「君は将来タバコを吸わない方がいい」と伝えることですよ。お酒を浴びるように飲んでも肝臓が悪くならないという人もいます、その逆もしかりなのです。医師であるあなたの言葉は何よりも響くでしょうから。でも思いますよ、最近の若い人はきちんとしていますよ、あなたも」


「どうも有難うございます、聞いていただいて。すいませんがお名前をお伺い出来ないでしょうか、あなたとならいろんなことをお話ししたいのですが」


「有難うございます、でも私は名乗るほどではないんですよ、あなたのお名前だけ伺って失礼でしょうが、ごめんなさい、仕事上名乗れない規則にもなってもいるんです。命に係わるお仕事だから大変でしょうが、これからも頑張って下さい、それでは」


電話を切った


「はあー疲れた」


そう言ったからといってお茶が出てくるわけでもない、保温状態のコーヒーメーカーで煮詰まったものを、少し水なりお湯なりで薄めて持ってきてくれるわけでもない。席を立ち、瞬間湯沸かし器のスイッチを自分で入れて、数分待たなければいけないのだ。


「これが神様のやることかね」


まずデスクの冷めた飲み物を口にして、とにかく喉を潤した。さっきの医師もそうしているだろうなと考えている合間にお湯が沸き、簡単なスティックコーヒーを入れた。


「わかってやれよ、みんな国家公務員なんだろう? 友達にいるだろう、医者が。同窓会とか何とか言って飲みに行くのに何話してんだ。若い医師なんだ、きっと夜勤明けの休みに抗議の電話をして、さんざんたらいまわしにされて、最後はここだ。何が神業だ、人の気持ちを考えられないだけじゃないか」


 そう、ここは国の大中枢、霞が関ビル群の中にある、窓のない一室だ。二十畳ぐらいのスペースに机が数台、パソコンしかり、壁際は誰でも判るようにきちんととまとめられた今までの資料の棚、棚。これを神業とは思っているが、もちろんデータとして保管もしている。何重にも。それと、ぎりぎり失礼ではない程度の来客用のソファーとテーブル、まあ後は、先ほどの湯沸かし器とインスタント飲み物たちの置き場である小さな台所用の棚。その部屋に自分がたった一人、三十過ぎのまあ若造が、この広さを好きに使えるはず等ない、御国の機関でも、一般企業でも社長か何かでない限りはだ。


簡単に想像はつくだろうが、この部屋も以前は一人ではもちろんなかった。案外に活気と希望に満ちた所だった、どこもそうかもしれない、新設されたところというのは。


 ご承知の通りこの国は極めて豊かな国の一つとはなっているが、大きな問題をいくつも抱えている、その中で数字で簡単に表せ、その数字が大きいもの、そう、赤字だ。この国では国債という言葉と離れがたいペアを組んで一体何十年になるのか、それが減ったという話は聞いたことがない。

十数年前、やっとこのことに対する部署が「秘密裡」に設けられた。なぜなら一般企業との癒着は、第三者委員会の諮問などでは、もうどうしようもないところまできていて、「自分たちでどうにかしなければ」という、こればっかりは褒めることしかできないような考えで、立ち上げられた部署だった。

構成員も変わっていた。なるべく中央の人間や企業とのパイプを持たない地方の国家公務員を呼び集め、仕事が長期に渡ることを予見して若い人間、自分のような国家公務員になりたてのような者を省庁かまわずかき集めた。

やり始めた頃は本当に面白かった、無駄な部分をバッサリ削ったり、一つにできるような外郭団体を統合させたりと、目に見えるような成果が上がっていたはずだった。しかし、だ、要は今まで回っていたお金が回らなくなると困る人間が大勢出てくる。


「予算を削ったから一般の業者の仕事が減っている」


と国家公務員が言うと、いかにも正統的な良識ある抗議のように聞こえるが


「違うでしょう? それなら無理な値段での入札をやめさせればいいんだ、その値段で工事をいうのはおかしいです。重機をレンタルして、天気にも左右される、そのことを考慮してないから彼らだって生活が成り立たないんだ、テレビ局に嘆いている工事関係者は五万といる」


自分がよくそんなやり取りをしているのを見て、同僚は「天職」と言ったが、人間そこまで強く言える者の方が圧倒的に少ないのだと気が付いた。


「君の幸運は内部をわからないままにこの仕事を始められたことだ」

否定とも賞賛ともとれないこの言葉を言った年配の上司は、結局いろんなものとの板挟みでここを離れ、また、ここでは絶対にあってはならない癒着が発覚し「表沙汰にはしないから」との不透明な理由で去った者、個人的な理由で地元に帰らざるを得なくなった者、若いものは早々とカップルになり二人で最長三年間の育休だ。それは悪いとは思わない。

最近の研究で「三つ子の魂百まで」が正しいと科学的に立証された。つまり三歳までに基本的な人格形成がされてしまうので、親がその間、対人関係等々のために一緒にいてやることが大切、それが育休に対する一般企業のお手本になる、ということに別に異論はない。が、その分の人的補充などは一切なかった。頭数はどんどんと減ってゆき、結果今は自分一人になってしまった、ということだ。


では閉鎖すればとも思うが、それはそれで困るのかよくわからない。

「やらなければならないこと」誰もがわかっているのに

「誰もなり手がいない」だけのことだと思う。だからなのか、みんな冗談半分に俺のことを「神」だの「神様はどうのこうの」と言う。


しかし、この都合の良い神様は、時々クレーム対応などもさせられる、今日のような志の高いものから、重箱の隅をつつくようなものまで。一時期全クレーム処理をさせられて腹立たしかったから、学んだことからノウハウを作り各省庁にばらまいた。数行だけ全部違う内容が書いてあるものだ。長くこの仕事をやっていると弱点は見えてくる、省庁によってそれはもちろん違うから、逆に面倒だった。


 久々ソファーに靴を脱いで足を投げ出した。そうしてコーヒーをちょうど飲み終わるころ、遠くから靴の音がする。ずっと一人でいるから物音に敏感になったのか、その靴の持ち主が怒っているかとか、こちらに好意的だとかまでわかるようになった。まあ、今からくる人物は大体怒りにしか来ない。でもなぜだろう、監視カメラは見ていないはずなのに、こちらが一段落するとやってくる。これが5分前だったら喧嘩になるかなと思うのだ。

さあ、小さな、自分としては先が読めているバトルをお目にかけよう。

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