第3話 皆の顕明

「痛っ..!」

目を覚ませば真白な天井があった。

「..包帯?」

「あ、起きたのね」「貴方は。」

いつも分からない人がいて、理解し難い光景が広がる。生まれたての赤ん坊の見ている映像を体現しているように思える。


「宝生 緋奈香さん、ですよね?」

「なんで、名前を..」

「私、恵梨です。

富竹...恵梨、解りますか。」

「富竹。」

深く聞き馴染みのある姓を名乗る彼女は、よく見ると目元が瓜二つだ。

「朱実の妹..」「初めまして。」

何度か家にも遊びに行ったが、彼女は既に一人暮らしを始めており妹と顔を合わせる事はまるで無かった。

「なんでここに?」

「私が病院に連絡したんです。驚きましたよ、通っている大学の近くの建物の陰で血を流して倒れていて。」

「あっ」

そのとき初めてここが病院で、自分が入院している事に気が付いた。

「ありがとう。

ごめんね、大変な目に合わせて」

「いえ、そんな事は。

怪我人を助けただけですよ」

雰囲気が似てる、そう思った。

穏やかで棘の無い、優しい感じが。

「私看護師目指してて、言い方は変ですけど、今回の出来事は少し力になったかなと思ってますよ?」

「そう、なら良かった。

その点私は貴方の姉を救えなかった」

「……。」

言うべきでは無いとわかっていたが、敢えて伝えた。タダの謝罪では、許されない気がしたからだ。

「警察の方から話を聞きました。

貴方は、必死に姉を助けようとしてたと言っていましたよ?」

「..でも実際は!」

「悪いのはアナタじゃありません。」

「え..?」

「殺したのは、別の人ですよね?」

確信を突いた目、ハッタリでは決して無さそうだ。


「それを知ってるの?」

「...やっぱりそうなんだ。

間違いじゃなかった、良かったです」

ほっと安堵した表情に戻りやがて優しい笑顔を向ける。

「では行きますね、お大事に。

数日休めば治るそうなので、じゃあ」

自分の中の伏線を回収したのかするりと気を抜いて病室を後にする。

「何だったの..?」

頭の痛みが生きている事を実感させる

「加減して殴ったの。

私が運が良かったのかな、ミスかも」

様々な可能性を模索するも生存という現状は変わらない。

「食欲は..確かに無い」

瞼を閉じると次の景色を見るのが怖い


『ブー...ブー...』

鈍く重たいバイブ音が響く。

「もしもし..ええ、石は処理した」

静かに話す、囁くか細い微かな声で。

「余計な事なんて言わないで

感謝してるんですよ、貴方には。」


「お姉ちゃんの事教えてくれたから」

  『ブッ...』

「勝手に切ったな。

まぁいいか、もう会う事も無いだろ」

孤独を好み偏愛する、周囲に人がいるのが耐えられないから突き放す。自分自身が天才ならと、夥しく高尚な人間ならと何度も悔やんだが、それでもつるみ徒党を組むという選択肢を取る事はままならなかった。

「お陰で随分罵られた、納得してみようと折れ目をつけようとした事もあるだが気が付けば真っ直ぐ伸ばしてる」

プライドが高いのか?

融通利かずの自己中なのかよく考えた


「その結果答えは出なかったが、何でもいいのだと感じた。」

人の言うことが聞けなかろうが協調性が無かろうが、知らぬと真顔。

「周りの毒気に侵される前に抗体を得る。浴びる毒を無害に変えれば痛みは和らぎ血は巡る。」

自分以外は皆他人

事実であり真実、虚無であり孤独。

「稚拙な奴は賊軍を〝仲間〟だとか、

〝家族〟だとか言うがそんな訳あるか〝需要と供給〟〝四面楚歌〟だ。」

ちなみに〝嘘×貪欲=〟の公式で人間が割り出せる。しかし残念ながらこれはテストには出ない。

「俺全然勉強してない」

しかし人が変われば思想も願望も変わる。多くを語ると自己が肥大化するので黙っているが、それが表に現れた時誰しものたがは外れ捻り狂う。


「よし、ここなら大丈夫そうね。

ずっと前から目を付けてたんだぁ」

「………」

殺風景な廃ビルで男を縛り安堵する女

座らせて、口をガムテープで止めれば完成だ。

「お姉ちゃんがやられた分、全部返してあげる」

「ん!んっ...‼︎」


「ねー、あの人何してんのー?」

「食事..いや、違うな。何だろ...」

駅前のベンチでそれは起こった。

「お兄ちゃん何してるの〜?」

「……。」

ビニールの袋に入った一口サイズのパン屑を咥えては出し咥えては出し...。

「....毒味だ。」

「ハトさんにあげるのー?」

「..食うか、人にあげたことは無い」

「いらねぇ!」

子供は情報を得ると走り去っていく。素直はときに意地が悪く映る。

『リリリリ..』 「電話?」

 「もしもし」

スマホを耳にあてがうと、記憶の中に溶けていた過去の人物の声がした。

「繋がった。」

「..何で番号を知ってる?」

「知らない、枕元に落ちてた紙屑広げたら数字が書いてあってさ。かけたらお前が出た」

「あいつ、落としたな..」「何?」

「電話帳に登録してないだろうな?」

「何、されてたらマズいんだ。」

「..いや、単純に誰かの情報として登録されているのが気持ち悪いだけだ」

「気難し..元気そうじゃん。

あと一つ聞きたいんだけどさ」


「...何だ。」

「私の頭、加減して殴ったでしょ?」

「..お前の運が良かっただけだ。」

「そうきたか」「それよりいいのか」

「何が。」

「お前の形見が、もうすぐ汚れるぞ」

「はっ?」

「紙の裏側を見てみろ。」

「裏側...何、どこ此処?」

 『ブツ..』 「あ、ちょっ!」

正しく伝えず電話を切った。

しかし何となく、理解は出来た。

「住所、行かなきゃ。

これ以上はもう無理だ..!」

頭の痛みを帯びつつも、足は素早く動いていた。


「妹の私が気付いて無いと思った?」

「ん、んっ!」

上半身を裸にむかれ、幾つかのアザが付いている。まだ新しく、新鮮な傷だ

「夏でも全身隠れる服着ててさ

汗掻きながら見せないようしてた。」

「ん、んんっ!」

「お前に同じ痛みを与えてやるよ!」

鉄のパイプを胸に振り下ろす。

勢いのままの衝撃が、逃げ場の無い的を強く叩いて響かせる。

「ん!んんぅっ!」

「..他に何したんだよ?

顔か、腫れるまで殴ったのか?」

「ん!んっ!」

誰よりも身近で寄り添った存在は、今までの経歴を全て見てきた。あるときは腕に包帯を巻き、またあるときは頬にガーゼをしていた。

「おい、応えろよ..」

ガムテープを剥がし口を解放する。

聞きたいのは、懺悔ではなく情報のみ


「わ、悪かった!俺が悪かったよ!

許してくれよぉっ..!」

「姉はアンタに何度そう言った?

..お陰様でさぁ、長い事あの人の可愛い顔、見れて無いんだよねっ!」

「あ..がっ!」

力の限り頭部を殴打、意識は遠のき首はだらりと垂れ下がる。

「ウンザリなんだよ、お前みたいな奴が得して笑ってる世界は。」

傷を付けても晴れはしない、延々流れる怒りと矛盾。内面だけでは解決できず、結局のところそれは物理的な事柄に表すしか無い。

「..もういいや、終わりにしよ」

ポリタンクに用意した油を、囲うように男の近くへ撒いた。

「な、何やってんだお前!?」

「動くなよっ!」

逃げられないように足を潰す。

「もう終わりにすんだよ、価値の無いゴミを燃やすんだ!」

ライターに火をつけ、掲げる。

「死ねよ、ゴミ。」「ひっ..!」

廃墟の床に、炎が落ちる。

作られた道標に沿って、炎は男を取り囲む。

「うあぁぁぁ..!」

悶える声とは裏腹に、女は眉一つ動かない。


「やっと着いた..」

「あ、こんにちは緋奈香さん。

頭の具合どうですか?」

「大丈夫、だけど..。

アンタ何やってんの?」

「気にしないで下さい、ちょっとした断捨離のようなものです。」

「断捨離...。」

止める前に動いていたものを、再度変えようとは思えなかった。ただ一つ、事実を伝える事にした。

「恵梨ちゃんその..大元は確かにコイツだけど、殺したのは別の人だよ?」


「...知ってますよ。」「え..?」

「確かに窓から突き落としたのは別の方です。しかし原因を作ったのはこの人。ならそこを断てば、もう悲劇は生まれませんよね?」

洗脳..違う、干渉されるのが大嫌いなあの男が人に踏み込む筈は無い。

「この子が元々思ってた事なんだ..」

隠された本性が浮き彫りになり、やりたい事を心からやった。物事の良し悪しはそこには存在しない。

「はーお腹空いちゃった!

一緒にご飯行きませんか、駅前に凄く良いお店があるんですよ?」

「..いいわね、行きましょうか。」

常識など人の範疇で変わる、押し付けられる定説は最早存在しない。


「少し、眠たいな」

疲れた男はホテルに向かった。

「一泊頼む。」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

サキザキ アリエッティ @56513

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ