最終話 自分で書いたノートをテストに持ち込めないのはおかしくないですか、先生

 夏休み中、委員会活動と称して、海水浴のほか、山に行ったりなどしたが、それ以外でも、蓮台寺は委員から個別に呼び出されることがかなりあった。円香は図書館に行くたびに護衛を命じるし、茉莉はゲーセンに誘う、怜子は喫茶店に呼び出して仕事の愚痴。与那に至っては、蓮台寺が図書館で涼んでいるとどこからともなくやってくる。だから円香と三人になることも多かった。

 蓮台寺と与那が朝の大学構内で一緒にいるのを見かけた田中俊は、「あんな彼女ができるならカンニングしようかな」とつぶやいた。

 亜有利は、蓮台寺の連絡先をどこからか聞き出し(田中俊からだ)、与那と遊ぶときは自分も呼べとうるさい。どうも、与那には直接連絡できないらしい。連絡先を知らないのだろう。与那は、「ちょっと亜有利ちゃん苦手だから、ね」と言って、逃げてばかりだ。


 蓮台寺が委員会のメンバーと二人きりのとき、進路の話が出たことがある。

 円香は、研究者になりたいらしい。大学院に進学したいそうだ。

「大学院は別の大学のにしようと思ってる。伊都くんも進学かと思ってたけど、違うの?」

 どうも、円香は、蓮台寺が大学に関心をもっていると感じているらしい。

 茉莉は、高校教師を目指している。

「あたしは、高校出るのも時間かかったし、大学来るのも時間かかったからさ。悩める若者たちに言いたいことがいっぱいあるんよ」

 蓮台寺は、なるほど、と思ったものだ。だが、驚いたのは、茉莉が体育と英語の教員免状を両得しようとしていることだ。

 怜子は、海外に留学したいらしく、奨学金を調達するための対策に奔走している。

「留学は若いときにしとかないと、就職してからは大変。資格武装はそのあとでもできる。女子は大変よー」

 怜子いわく、高学歴女子が高給取りになっても、結婚や育児でキャリアが断絶すると、リカバーが極端に難しいらしい。高学歴有資格なら、海外のほうが働きやすいこともあるそうだ。だから、英語圏の有力大学に留学しておきたいとのこと。

 与那はと言えば。

「わたしは文部科学省に行く。そして、大学を潰すわ。いらないもの」

 相変わらずだった。

 それに対して、蓮台寺は。

「じゃあ、ぼくは大学に残ります。で、与那さんを止めます」

 そんなやりとりだ。どこまで本気か、お互いにわからない。

 あと、卒業まで二年以上ある。


 夏休みが終わり、第三期が始まった。

 授業初日。人文学部の掲示板を見て、蓮台寺は驚いた。

 掲示板には、第三期以降、原則、すべて「持ち込み不可」のテストにするという通告が張り出されていた。新学部長の加藤教授の名前入りだ。

 張り紙には、説明も付されていた。第二期のテストで、同じノートが出回ったせいで同じような答案が量産され、テストの識別力が大いに疑問に付されたからだという。

 蓮台寺は、もう、カンニングをするのはやめようと思っていた。バレるリスクに見合わない。その意味では、蓮台寺は、してもいないカンニングで捕まったことで懲りていた。それになにより、カンニングは非効率的だ。高校までとは違い、記憶力に頼っていては、教員の満足する解答は作成できない。そんな時間はない。それは、「持ち込み可」のテストも「持ち込み不可」のテストも変わらない。

 しかし。

 蓮台寺は学部長室に向かって歩き出した。

 学部長には、タイミングよく、加藤教授が在室していた。蓮台寺がノックすると、どうぞ、と返事があった。

「一年の蓮台寺です」

と、蓮台寺は名乗った。

「突然、何の用だね。たまたま時間があるからよかったものの。アポイントメントをとってくれたほうがありがたいのだが」

「すみません、先生。第三期からテストが原則『持ち込み不可』となると聞いて、要望があって来ました」

 加藤教授は、ほう、と言って眉を上げた。

「あの張り紙は掲示したばかりだが、もう意見があるのかね。聞こうじゃないか」

「同じノートを持ち込めば、同じような答案が量産されるのは当然です。持ち込みを許せば、そうなることももちろんあると思います。今までそれがなかったのはたまたまでしょう」

 加藤教授は、手を机の上で組んで聞いていた。

「だから『持ち込み不可』にしようとしているのだが?」

 同じノートが出回ったのが問題なら、一気に「持ち込み不可」までいくのはやりすぎだ。だから、頭デッカチの教員は困る。蓮台寺は、正々堂々、こう主張することにした。

「自分で書いたノートをテストに持ち込めないのはおかしくないですか、先生」

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