最終話 秘密と秘密


 小五の時の事だった。


 夜中にふいに目が覚めた俺は、目覚めてすぐのどかわきを覚えた。


 理由はよく分からないが、もしかしたらその日、部屋がとてもかわいていたのかもしれない。


 とにかく喉の渇きを覚えた俺は、どうしてもそのままもう一度寝直す事が出来ず、一階の台所に水を飲みに行く事にした。


 当時、まだ俺と菜々花ななかの部屋は分かれておらず、二人で一つの部屋を使っていた。そのため、部屋を出る際は菜々花を起こさないように細心の注意を払わなければならなかった。


 部屋を出ると俺は、これまた両親を起こさないように、極力音を立てないようにして廊下を移動した。


 廊下を抜き足差し足忍び足で歩き、後少しで階段に辿り着くという所で、俺の耳に両親の話し声が聞こえてきた。


 まだこんな時間まで二人とも起きているんだと思いながらも、その内容は気にも留めず、そのまま階段を降り、一階にある台所に俺は向かった。


 台所で水を飲み満足すると、すぐにその場を離れ、階段を登り二階に移動した。


 別に悪い事をしていたわけではないが、両親にはバレたくないという気持ちがその時の俺にはなぜかあった。


 二階に上がり、両親の部屋の前に行くと、再び二人の話し声が聞こえてきた。

 その中に自分の名前が出てきた気がした俺は、今度は立ち止まり、扉に近付くと室内の声に聞き耳を立てた。


 内容はやはり俺の事であり、菜々花の事でもあった。


 つまり要約すると、両親は実は再婚で、俺は父の連れ子、菜々花は母の連れ子だったという。それをいつ俺達に伝えるか、その事を両親は相談していたのだ。

 それを知った俺のショックは決して小さくなかった。まるで世界そのものがひっくり返ったかのような衝撃が、その時の俺を襲っていた。


翔兄しょうにい?」


 か細い声に振り返ると、すぐ側に菜々花が立っていた。


 室内の声を必死に聞くあまり俺は、妹の接近に気付かなったらしい。


 目をこすり、こちらを見る菜々花を見て俺は、我に返った。


 例え、母さんが産みの親でなくとも、菜々花が本当の俺の妹でなくとも、そんなのは関係ない。なぜなら俺達は、何年も一緒に暮らしてきた家族なのだから。


 その事に気付いた俺は、この日聞いた話を自分の胸の奥底にしまい込み、誰にも話さない事にした。


 両親が打ち明けてくれるだろう、いつか、その日まで。





 校門の所に、一人の女の子が立っていた。

 誰かを待っているのか、女の子は何をするでもなく、ぼっと一点を見つめている。


「菜々花」


 声を掛け、女の子――菜々花に近付く。


「兄さん」


 俺を見つけ、菜々花の表情が一転してやわらぐ。


 その事を少なからず俺はうれしく思う。


「遅かったじゃない」

「少しクラスメイトに捕まってな」


 言いながら俺は、菜々花の前まで行き立ち止まる。


「私とクラスメイト、どっちが大事なの?」

「……もちろん、菜々花だよ」

「よろしい」


 俺の答えに満足したのか、菜々花が得意げな顔を浮かべ、校外へと足を一歩踏み出す。

 その後に俺も続いた。


「そういえば最近、駅前にお洒落しゃれなカフェが出来たらしいの。今度一緒に行ってみない?」

「お洒落なカフェね……。なんかそういうとこって、休日にはカップルが多いイメージだけど」

「あら、別にいいじゃない。黙っていれば、私達だって立派なカップルだわ」

「……」


 いやまぁ、そうかもしれないけど……。


「それとも兄さんは、私とそう見えるのが嫌なのかしら?」


 そう言って菜々花が、一見不安げな表情を浮かべ、俺の顔を上目づかい気味に見上げてくる。

 演技と分かっていても、その顔に俺は弱かった。


「分かった。今度の休みにでも一緒に行こう」

「やった。兄さん、ありがとう」


 さっきまでの顔付きが嘘のように、菜々花が満面の笑みで俺に礼を言う。


 いや実際、嘘だったんだろうけど。


 菜々花は、俺が自分の本当の兄ではない事を知らない。だからこれ程までに俺に気を許し、甘えてきてくれる。けれど、その真実を知った時、果たして俺達の関係は今まで通りでいられるだろうか。


「兄さん、何難しい顔してるの?」


 どうやら頭の中で考えていた事が、表情として顔の方に出ていたらしい。


「いや、なんでもないよ」


 本当の事はとても言えず、そう言って俺はこの場を誤魔化ごまかす。


「そう? なら、いいけど」


 俺の言葉に納得したわけではないだろうが、菜々花としてもこの話題をこれ以上続ける気はないようだ。


「ねぇ、兄さん」

「ん?」

「私達ってはたから見たら、本当にどう見えるのかしら?」


 そう言って菜々花は、にこりと俺に向かって笑ってみせるのだった。





 それは私が小三の時の事だった。


 夜中にふいに目を覚ました私は、室内に翔兄の姿がない事に気付き、一人部屋を後にした。





「え?」


 と言ってそのまま、驚いた顔で表情を止める翔兄。


 その反応があまりにも予想通り過ぎて、私は思わず込み上げてくる笑いを隠し切れなかった。


「本気にした?」

「なんだ、冗談か」


 私の言葉にほっとしたのか、翔兄が表情をゆるめ、その顔に苦笑を浮かべる。


「さー。どうでしょう?」

「え? どうって……。菜々花?」


 すっかり困惑した様子の翔兄に私は、更に追撃を加えるべくこう言い放った。


「私だって、いつまでも何も知らない子供じゃないんですよ」


 だけど私はまだ決定打は口にしない。だってそれを口にしたら今の関係のままではいられないから。だからもう少し、後数年の間だけは、この秘密は私の胸の中で眠っていてもらう。


 私には二つの秘密がある。一つは家族である翔兄の事が好きな事。そしてもう一つは――

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とある兄妹の事情と秘密 みゅう @nashiro

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