第12話 迷い ラスト4

 わからない。自分や妹は、人と共に生きていけるだろうか。確信を持って、結論を言ってやることができない。

「ほら! どうしたのよ! なんとか言いなさいよ!」

 竜のちぎれた尻尾が、力強く床を叩いた。石畳が血で汚れる。天井からパラパラと砂が降ってくる。

 クオンには、塔の竜を否定することができない。かと言って、肯定してやることもできない。

「僕は……」

 頭の中を、様々な考えが巡る。彼女の境遇は、ひどいものだ。人間を憎むに値する。かと言って、彼女が人間を滅ぼすのを黙って見ていることもできない。

「ねえ、僕はどうしたらいいだろうか」

 ザクロに問いかけてみる。ザクロも、困った顔でクオンを見返している。

「ひとまず、手当てしてあげよう。竜の傷は、竜の涙が癒せるんでしょう? クオンなら、治してあげられる」

 一歩、クオンが足を踏み出すと、塔の竜は一歩後ずさった。

「大丈夫、僕たちは君に危害を加えない」

「……本当に?」

 しかし、とクオンはまた迷う。この子を治してしまって良いものだろうか。この子は、人の世に災厄をもたらすだろう。

 塔の竜の前に立つ。竜はクオンを見上げている。頼りなく揺れている瞳に、クオンの顔が写り込んでいる。

 自分の顔を、初めて見たような気がする。

「どうしたのクオン、早く治してあげてよ」

 塔の竜の傷をじっと見る。痛々しい傷を見ていると、腹の底に怒りが湧いてくる。しかし、この子が元気になった後、何をするかを想像すると、それはそれで体が震える。生かしてはおけないという気になってしまう。

 妹の目が、すっと冷めた。

「そう、あなたは私を助けてくれないのね」

 塔の竜は爪を振り上げて、クオンに襲いかかった。それを防ぐこともできず、クオンは弾き飛ばされる。その勢いのまま、クオンは窓から真っ逆さまに落ちた。地面に叩きつけられ、息がつまる。一拍間を置いて、塔の上からザクロも降ってきた。

「クオン! 大丈夫!?」

「そっちが大丈夫!?」

 クオンは慌てて翼を広げ、翼膜でザクロを受け止める。

 見た所、怪我はしていない。竜に突き落とされたわけではないようだ。きっと、自分を追って飛び降りたのだろうと、クオンは呆れた。

「どうして助けてあげなかったのさ」

 地面に着地して、ぜえぜえと息を整えながら、ザクロが聞いた。

「……泣けなかったんだよ。涙が出ないんだ」

 きっと、自分が中途半端なせいだろうと、クオンは思った。

 心の底から、あの子を助けたいと思えなかった。でも、だからといって突き放すこともできない。

「僕は竜の味方も、人の味方もできないよ」

「だからって、あの子を放っておくの?」

「僕にはどうすればいいかわからない」

 満月の光が、塔を照らし出す。足元で砕けたグラスが煌めいた。塔の上から、すすり泣く声が聞こえる。クオンの目は、乾いたままだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

竜の宝石 タイダ メル @tairanalu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ