ナイトフィーバーは終わらない

 ここで、筆が止まった。普通の小説の時は気分転換にジョギングしたり、または投げ出したりするが、今回のは依頼主がいる。そこで、第三の選択肢だ。

 電話を手に取り、ボタンを押す。編集部の担当の元へ。ワンコールで繋がった。

「あの、今回の依頼、転校の辺りで止めてもいいですか」

「ダメです。それぐらい書けなくて、小説家を名乗れるんですか?」

「……じゃあ、他の先生の元……」

「甘えないでください!私はあなたの事を考えて言ってるんです!スキルアップですよスキルアップ!本屋大賞取りたくないんですか!?大した新作のネタがなければちゃんと書き上げてください!」一方的に切られた。確かに正論だが、そんなに簡単な話ではない。何しろ、ここからの展開が重すぎるのだ。だがそれはもうちょっと後で話そう。簡潔に。

 まずは、今回の仕事について。彼女からその依頼を出したらしい。『事件について、小説にしてほしい』と。今では風化の一途を辿っているが、彼女はそれを阻止したいのだ。しかし、大したメリットのない仕事である。

 その重いたらいは、いわゆる気鋭の若手である私に回された。つい最近デビューした私なので、二つ返事で許諾するしかなかった。

 だが、本当に忘れ去られたくないのだろうか。彼女からの依頼の条件とはいえ、流石に人物の性別を変えて執筆することは風化につながるのではないか。

 利保くん、君の名前の表記は変えてないが、『りほ』ではない。君は『としやす』だ。お父様から一文字受け継いだ、れっきとした長男坊の君。たとえ今の性別が女性だとしても、それではフィクションになってしまう。

 事件の大まかな流れは一緒だ。だが、この話には続きがある。重量感満載の。……いや、待てよ?

 もう一度、受話器に手をかける。今度は利保さんの元に。四回のコール音が、耳で響いた。

「りほさん。突然すみません。依頼を受けて執筆しております、小説家の宮田です」

「そうですか。大変でしょうが、依頼を受けてくださって、ありがとうございます」

「いえいえ。今回電話させてもらったのは、話の中で、展開に関する話なのですが」

「はい。何でしょう」

「二人が転校する所までは執筆したのですが、その先は、書いている身としても少し厳しい箇所なので、執筆せず、転校した所で以上、ということにさせても宜しいでしょうか」

「ええ、大丈夫です。というか、依頼するときに『その部分は自然にカットでお願いします』と伝えたはずなのですが」

「え?そうでしたか。それはこちらの確認ミスでした。すいませんでした」

「いえいえ、大丈夫です。それでは、完成した作品を楽しみにしてます」

「こちらこそ、無駄なことに時間を取らせてしまいました」会話終了。

 担当には後で二往復ビンタしておくが、これでやっと、肩の荷が降りた。これからは自分のプロットに集中するが、本来の結末を、一応紹介しよう。

 転校した後、岸こずえは自殺した。もちろん、犯罪者のレッテルに耐えられなかったからである。以上。

 そして、今気づいたのだが、利保は岸こずえの生きた証を遺そうとしたかったのだろう。『こずえちゃん』の記憶を。

 週刊誌でこの事件関連の記事が載る頻度はここ十年間変わってない。きっと、このペースは変わらないだろう。しかし、それらは全て亡くなった『岸こずえ』の記録だ。

 私の文章中ではハッピーエンドになったが、あなたは違う。ずっとこずえちゃんに囚われるのだろう。性的少数者であることで家族からも見捨てられ、周囲からも見放された利保くんの唯一の心の拠り所である彼女に。だが、家族の件はとても残酷なので、明記していない。ちょっと匂わせたけど。機会があったら、読み直して、その箇所を見直してほしい。

 だが、私はりほさんが、knight fever 、『騎士の病』から少しでも楽になることを祈念したい。ね?君もそう思うでしょ、岸こずえさん。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ナイトフィーバー 深谷田 壮 @NOT_FUKAYADA

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ