ナイトフィーバー

深谷田 壮

ナイトフィーバーが始まる

 彼女は、周りに合わせることが得意で、いつも中心人物の近くにはいた。そのお陰で、友達、と呼べる人はたくさんいた。今まで続いている人も数名。だが、親友だと断言できる人は、今までの生涯の中で一人しかいない。

 親友とは、どんな人なのだろうか。友人をレベル分けできる訳ないけど、彼女-りほ-は、『お泊り会』をした人のことだと思っている。もちろん、女子の中だけの話だ。

 親友の名前は、岸こずえ。大きな特徴がある訳ではない。ただ気が合う、それだけの理由。親友なんて、それだけでいい。そして、こずえを彼女の家に泊めた。

 りほの両親はかなりの高給取りで、元々住んでいたアパートの、近所に建てた新築の一軒家に住んでいる。兄弟は彼女を含めて三人いるが、全員がそれぞれの部屋を持っている。なので、心置きなく夜更かしできる。


「おじゃましまーす」普段と変わらない、呑気な口調でこずえが挨拶をした。

「おかえり、りーちゃん」

「ママ!その呼び方、人前で言わないでって言ってたよね!なんでやめないの!」

「そっちが『りーちゃんって呼んで』って言ってたでしょ」

「それは、家の中だけだからっ!」

「……お邪魔します」

「ごめんね、親子ゲンカを見させて」

「別に、大丈夫ですよ。りほの新しい一面が見えたので」

「もう!何でこずえまで私をからかうの!」

「だって、おもしろいじゃん」

「仲良しそうね。なら良かった。とりあえず、ウチの利保と、仲良くね」

 りほのママが勝手に奥へ引っ込んだので、

「とりあえず、私の部屋に来る?」

「そうしよう」


「ウワサどおり、やっぱり、りほの部屋は広いね」

「そんなことないよ」家族全員で寝るには少し狭い。それぐらいの広さだ。

「もう、ケンソンしないでよ」

「実際、私の部屋が一番小さいからね。他の兄弟と比べると」

 姉の部屋が彼女より大きいのはまだ納得できるが、弟より小さいのは訴えに行こうと模索していた。明日ぐらいに。


 突然、こずえが歓喜の声を上げた。

「え!『恋プレ』持ってるの!それも全巻!」

「え、こずえちゃん、これのファンなの?」

「そうだよ!」

『恋プレ』とは、『恋するインプレス』という少女マンガだ。とある一人のイケメンを巡り、総勢十名の女性が色々な手を使って争いあう、学園恋愛物語だ。今十八巻まで出ていて、残り三名、といったところだ。かなりドロドロなので、学校中で見てるのはりほだけ、そう思っていたが、違った。

「これ、読んでもいい?」

「いいよ」

「やったぁ!」と言って、抱きついてきた。

「ありがと!りほ!」

「どういたしまして」こずえにつられて、彼女の声が裏返りかけた。

「こずえちゃんは何巻まで読んだの?」

「ええっと……八巻までかな」二人が脱落。残り八名。

「好きなシーンって、どこ?」りほが尋ねた。

「イケメンと瑠璃が付き合うシーンかな」

 このシーンは、八巻の中盤辺り。瑠璃が他の七人に、九巻のラストで脱落させられることは、もちろん黙っておく。

「りほは、どこが好きなの?」

「場所じゃないけど、イケメンの名前がわかってないところかな」

「ホント、なんて名前なんだろうね」

「しかも、顔まで書かれてないなんて、想像しか出来ないよ」

「でも、それだから……」

「「最高のイケメンになる!」」見事なシンクロ。

「じゃあ続き、パパッと読んじゃうね」九巻片手に、りほのベッド目がけてこずえちゃんがダイブした。やれやれ、と心中ではそう思いつつ、彼女も、一巻から読み直すことにした。


「こずえさん、りーちゃん、晩ご飯だよ」そうママに呼ばれたとき、りほは六巻を開きかけていた。ベッドの上にいるこずえちゃんは十八巻を熟読していた。ように見せて、寝ていた。

「こずえちゃん、起きて」そう言葉をかけたが無反応なので、ゆすると、すぐに起きた。

 その日のメインディッシュは、カレーの匂いプンプンなのに、すき焼きだった。ママ曰く、「二日目の朝カレーだけ食べたい」らしい。


「りほって、夜更かししたことはあるの?」

 部屋に入ったとたん、こずえが話し出した。

「大みそかぐらいかな」

「私、一回もしたことなくてね、今日、夜更かししてみない?」

「いいけど、何時までするの?」

「朝になるまでやってみない?」

「……楽しそうだね」

「ん?なんか、ノリ気じゃないの?」

「そんなことないよ」

「そっか。じゃまずは、夜更かしの成功ジョーケンを決めようよ」

「とりあえず、日が昇るまで一度も寝ない」

「いいねそれ。つぎは、ん〜何にしよう?」

「私のママとパパにバレない」

「いいね、それ」

「でも、部屋に入ってきたらおしまいだから、どうしよう」

「そうだ!バリケード作ろうよ」こずえの提案で、壁に固定されてない私の勉強机を、ドアの前に動かした。

「そう言えばこずえちゃん、十六巻、読みかけだったよね」

「そうだった!じゃあ、読んでもいいですか」

「いいよ」瞬時にベッドにダイブした。半分も読み終わらないうちに寝落ちする、そう考えていたりほだが、「読み終わった!」とこずえちゃんが軽く叫んだので、予想は外れた。

「そういえば、親からは許可とったの?泊まりに行くこと」りほは尋ねた。

「パパには聞いてないけど、キョカはもらったよ。何か心配でもしてるの?」

「こずえちゃんの親って、すっごく厳しいって噂流れてたから、家出っぽく泊まってたら少し心配だからね」

「じゃあ、りほのパパとママはダイジョウブなの?」

「大丈夫。むしろ喜んでたぐらいだよ」

 今日こずえちゃんが泊まりに行く、そのことをりほがママに言うと、彼女の弟にカノジョができたときぐらいの喜びようだった。もちろん凄まじい。

「喜びすぎて、晩ご飯のメニューが変わっていたよ」カレーからすき焼きに。

「え!そうなの?」

「カレーの匂いしてなかった?」

「してなかった……そういえば、してたかも」

「ホントに?」

「……嘘かも」

「嘘つきにお仕置きはしないけど、どうだった?今日の晩ご飯。あれ、ママの得意料理なんだけど」

「おいしかった!外で食べてるような味したよ!」

「よかったね」

「明日、作りかた教えてもらお!」

「え!こずえちゃん料理できるの?」

「時々作るよ」

「じゃあ、今度遊びに行ったときに作ってね」

「わかったよ」

「いやあ、楽しみだな、こずえちゃんの手料理、楽しみすぎて、眠れないよ」

「たしかに、りほあんまり眠そうじゃないね」

「大みそかだって、家族で一番起きていたからね」

「へぇ、夜ふかし得意なの?」

「まあね」

「じゃこのまま『恋プレ』の話してようよ」

「いいよ」


 そして、二人とも一睡もせずに朝を迎えた。だったらよかったのだが、流石に寝落ちしてしまった。だが、ふと轟音が聞こえた。

「え!今の音、何か分かる?」りほは飛び起きた。鍋が床に落ちた音だった。

「……こずえちゃん、起きてる?」すやすやと寝息をたてていたので、ゆすってみたが起きない。仕方なしに頬を叩いた。ペチンと、少し湿った音が響いた。

「イテテ。おはようりほ、もう朝?」

「真夜中だけど、さっき大きな音がしたの、何か分かる?」

「……ごめん、寝てて聞いてなかった」

「……まあいいか」そうりほが呟いて、夜ふかしなんか忘れて、寝ようとするが、無理だった。

「……バリケード、ちゃんと作ったよね?」こずえちゃんが尋ねると、

「……まあね」肩を並べていたりほが震えた声で応えた。

 ドアノブがガチャガチャ動いている。ドアが、開けようとするのでバリケードにぶつかっている。だがしばらくして、音が止まった。そして、別のドアを開ける音がした。

「……大丈夫だよね」こずえちゃんが小さく呟いた。

「……バリケードはしっかりしてるからね」そう応えつつも、りほの視線は宙を彷徨っていた。それぐらい怖がっていたので、もちろん眠れなかった。

 そんな二人を出迎えたのは、りほのママと朝カレーではなく、警察とレトルトカレーだった。


 二人はドリルの音で目を覚ました。ドアの方からその音がする。寝不足で思考力が低下した彼女たちは、機械的にバリケードを崩す。

 見慣れたドアと異なり、ドリルが刺さっている。近代芸術と思う隙もなく、ドアを開ける。向こうには、大人。ある程度の武装をした男性が話しかける。

「もしかして、君たちはこずえさんと利保さんかい?」

「……」

「大丈夫か?」

「……あ!あ、あ、だいじょうぶ、です」先に声が出たのがこずえ。

「そうか。ならよかった」男性は一拍置いて話し出す。

「君たちはこずえさんと利保さんかな?」

「え、ええ、そうですけど」りほが応えた。

「大丈夫?怪我はない?」

「ないです」

「じゃあ二人とも、ちょっと待っててね」そして、大人は「行方不明の二人発見です。生きてます」とピンマイクに向かって言った。そのまま、警察署に連れて行かれた。


「……どういうことですか」現状が飲み込めないらしく、利保は呆然と椅子に座っている。だが、朝食を摂ってないので、目の前のカレーは、少しずつだが飲み込める。

 目の前には同じく腰掛けている人。刑事のようだ。

「……質問ってなんですか」

「ああ、昨日の真夜中のことについて、ちょっと聞きたいことがあってね、いいかい?」

「どうぞ」

「不審な音がした筈だけど、そんな音は聞こえた?それと、聞こえてたら、何時?」

「確かにしました。たぶん、一時ごろだったと思います」

「昨日、家族がどこにいたか、教えてください」

「母と父はどちらも家にいました。弟も弟の部屋です。姉は部活で遠征に行ってまして、今は岐阜だったと思います」

「ありがとう。次に、君たちがいた部屋はドアがこっちからは開けられなかったけど、何か細工はしてたの?」

「バリケードを張ってました。私の机をドアの前に置いたんです。あと鍵も」

「そんなに重いものを二人で作ったの?」

「時間と労力をかけましたから」

「たしかに、それなら……」そう言ったきり、刑事はぶつぶつ独り言をこぼしていた。しかし、ふと彼が話し出した。

「そういえば、君は何でこんな所でカレーを食べているか、知ってる?」

「いえ、知らないです」

「じゃあ教えてあげるけど、君にとってはかなり残酷な事実だけど、いいかい?」

「いいですよ」

「君の両親が殺害され、弟くんが今、意識不明の重体でICUに入っている。そして、…」石橋を叩いているような話し方で言うと、更に続けた。

「犯人は、こずえちゃんのお父さんなんだ」

 利保はしばらく固まっていたが、突然、堰を切ったように涙が出た。その涙を、決して拭かなかった。


 こずえちゃんのお父さんの証言や現場検証から、事実は固まってきた。

 午前一時頃、玄関のドアを開けようとしていた利保の父を背後から心臓を狙って刺し、即死させた。その後、彼は居間で寝ていた利保の母に突然刃を向けた。直ぐに彼女も目覚め、応戦するも、相手は大柄な男だった。やがて、虫の息になった彼女に、大量のカレーをかけて、窒息死させた。

 彼はそのまま他の部屋を探し、見つけた利保の弟を刺した。だが幸いにも傷は浅く、一命はとりとめたものの、手足の末梢神経に障害が残っている。

 この残酷な事件はしばらく昼のラテ欄の常連になった。

 そして、容疑者の目的は、岸こずえの殺害ただ一つだった。容疑者の言葉を借りると、あんなヤツ-利保のことだ-と仲良くする娘なんて、我が子のように思えないらしい。


 この事件で両家が滅茶苦茶になったのは、想像に難くない。こずえちゃんの家族は、遠い場所に引っ越しを行い、利保と生き残った姉弟きょうだいは、親戚の家に身を寄せることを強いられた。

 ここで、一つの奇跡が起きた。二人の転校先が同じだったのだ。

 利保にとって、この事件は二つの思いを強固にした。一つは、本当に人生は山あり谷ありであること。もう一つは、こずえちゃんとの絆がより強くなったことだ。

 そして、この言葉を伝え続けた。貴女あなたは違う。殺人を犯す狂気の人ではないと。


 ……この後、どうしよ。

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