赤い糸

煙 亜月

赤い糸

「極道がやらかしたとき、小指詰める理由、知ってっか?」

「刀握れなくさせるんでしょ。もう刃向かいませんって」

「よく知ってるな。それが一つ。もう一つの理由は?」

「何それ。っていうかあたしが知ってたらあんた、引くでしょ」

「赤い糸を切るためなんだとよ」

「はあ? 運命の? ヤクザが?」


 ――まあ聞けよ。左手小指の血管は心臓の血管と直結されている、とされるのは古今東西に広く言い伝えがある。将来、結ばれる運命にある者の小指と、一本の見えない糸で繋がっている、とね。

 この赤い糸伝承はもちろん日本にもあり、平安から江戸末期まで武士という身分制度とくっついていた。武士が小指を詰める「けじめ」とともに、な。


 つまり刎ね首や切腹を免れた武士へ、比較的軽い処罰を下すためにな。


 そこで赤い糸が出てくる。指を詰めた武士も老いてゆく。もう武芸で鳴らせる武者としては引退だ。そうなれば頭を丸めるしかない。つまり出家だ。


 しかしそのお侍の赤い糸は物理的に切断されている。

 さあ、そこでだ。もう片方の運命の糸はどうなる? お侍と結ばれなかった女性の小指にひらひらと繋がったまんまだ。女性の方も、運命の糸を手繰り寄せようにも相手が見つからない。相手の武士は小指もろとも切っちゃったもんね。


 そうなるとどうだ?

 片割れの女性はずっと巡り合わせのないままだ。つまり誰とも契りを結べず、行かず後家として出家せざるを得ない。

 

 だが神社仏閣では色事はご法度。尼寺ってあるよな? 修道院みたいなもんだ。そこへ武士が立ち入ることは絶対にないだろうが、しかし運命の相手同士で、刃物で指ごと切断された縁にしても、俗世にそんな関係を残したまま仏道に入ずるのはいただけない。どちらか片方ならまだしもな。ではどうなる?


 女性の方は尼さんとなる。しかし、お侍の方は身を引く。身体髪膚これを父母に受く――あえて毀傷せざるは孝の始め也、っていうだろ? 知らん? まあ話を進める。


 つまりは自分で自分を傷つけた武士は、仏道にはふさわしくない、となる。すなわち出家を諦める。侍も侍で自分の赤い糸を辿ることもなく、天涯孤独の人生を送るんだ。


 そのお侍は「もう刀も握れません、出家もできません、上様、それがしは死ぬまでご奉公します」と。


 侍にとっちゃあ、運命の赤い糸が切れたらこういうことになる。

 たかだか小指と思うかもしれないが、実はこんなに重い意味があるんだ。


 ヤクザ者が忠誠を再び明らかにするのに小指詰めんのは、こうした流れを受けた伝統があるんだ。


 だから、けじめとして体のどこかへ傷を残すなら赤い糸の小指、ってなるわけさ。まあ、おれの小指が短い理由はさておき、運命なんてのは人間ごときにはそう簡単に覆せないとは思うけどな――って、寝ちゃったか。炬燵で寝たら風邪ひくぞっていってるのに。毛布かけとくぞ。


 ――だから、おれの短い小指は本来、お前の小指と繋がっていないんだ。でも、だからなんだってんだ? おれは運命よりも、ずっと強いものを信じてる。ま、なにはさておき飯の支度するぜ。今日も鍋にしようか。

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