忌日
煙 亜月
忌日
笑い上戸の父は毎晩のごとく、子どもの僕に絡んではそのまま畳で酔い潰れるという男だったが、「今日はお父さんのいるお仏壇の部屋に入ったり、うるさい声をあげたりしちゃだめよ」と母が僕に厳命する日が、年に一回ある。物心がついてからずっとだ。
その夜は締切り間際まで溜めこんだレポートをすべて仕上げたのに、ぼろのプリンターがまたしても不調だった。詰まった紙片を取ろうと、仏間にある父の工具入れからピンセットかなにか、そういったものを拝借しようと階段を下りる。お袋が水を遣っている以外、やけに静かだ。そういえば、今日はその日だったな。とはいえ、僕だってレポートに追われているんだ。僕の一人暮らしを禁じているからこうなるんだ。つまり、親父のせいでもある。だから、少しくらいいいだろ。
仏間の襖をそろりと開ける。
父は座卓に十かそれ以上、お猪口を並べ、そのすべてを酒で満たしていた。父が左手を動かすとちゃり、と音がする。――数珠?
「なんだ、お前か。まあ、物事の分からん歳でもないだろう。今日はな、儂が請け負った現場で起きた事故の日なんだ。仕事もでかけりゃ、事故もでかかった。お前はそうだ、赤ん坊だったな。儂はこうしてあいつらの分だけ酒を注いで回るしか、今はできることはない。すぐ終わる。待っててくれ」
僕はうつむいて静かに襖を閉める。心臓が高鳴っている。あんな親父、見たことがない。この歳になるまでまったく知らなかった。親父は、父は、今となってはどうにも解決し得ない問題に二十年も向き合っていたのだ。それも、ひとりで。
お袋は始終一言も発さず、椅子で静かにコーヒーをすすっていた。お袋が無音のため息をつく。
僕は音をたてないように階段を上り、一番書き心地の良いボールペンを握る。かちかち、と小気味よくボールペンを鳴らし、キーボードを片付けて本棚からレポート用紙を引っ張りだし、机に広げる。
忌日 煙 亜月 @reunionest
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