第二章 夏休みと居候

第1話 学生はもうそんな時期か

 毎朝、俺は近くのコンビニでコーヒーを買う。贅沢で微糖なショート缶。ついでにタバコを切らしている時はレジでタバコも買う。セブンスターの十ミリ、ボックス。


 そして、ここ二ヶ月ほどで追加された習慣もある。


「おっはよ」


「おう」


 コンビニの軒下。喫煙所になっているところでコーヒー片手にタバコを吸っていると、声をかけてくる女子高生がいた。


 この辺りでは超有名な、私立の女子学園の制服を身にまとう彼女の名は、水嶋みづき。


 金髪と赤毛の入り混じった、ピンク色の髪が特徴的な美少女だ。


 みづきが、肩に提げた通学鞄を揺らしながら俺の隣に並んでくる。


 そして、「うーん」とと空を仰いだ。


「快晴だねぇー」


「そうだな」


「夏だねぇー」


「そうだな」


「入道雲だねぇー」


「そうだな」


「……タツトラ君さっきからそればっか」


「それ以外にどう答えろってんだ」


 ムッとした顔つきでみづきが文句を言ってくる。つったってなあ……快晴だとか夏だとか入道雲だとか、見たままを言われたところで「そうだね」ぐらいしか言えないだろ。


 なんてことを考えている俺に、みづきが「いーい?」と人差し指を立て、教え諭すように告げてきた。


「そこはほら、あれ。もっと色々あるはずだし?」


「色々ってなんだよ」


 問い返す。するとみづきは、「しっかたないなー」という非常にムカつく顔つきで教えてくれた。


「例えば、ほら、こんなだよ。『快晴だねぇー』『そうだな。暑くてたまんねえな』『分かる分かる。あっついよねぇー』『ああ。……気持ちの方まで昂ぶっちまうぜ、みづき』『え、ええ、タツトラ君、それって……』『なあみづき、二人でもっと熱くなっちまわねえか?』『そ、そんな、ダメ、ケダモノみたいだよタツトラ君っ』『くくく、口ではそう言ってても体のほうは正直だぜぇー?』……みたいな」


「あー……」


 ぷかり、煙をすぅーっと吐き出してから俺は感想を告げた。


「みづきが思ってたよりおっさん思考だってことは分かった」


「え、タツトラ君が考えてそうなことを言ってみただけなんだけど」


「お前の中で俺はそういう評価なのかよ」


 俺がそう苦言を呈すると、みづきはつーん、とそっぽを向いた。


 そして。


「お前なんて人知らないもん」


 そう、お決まりの言葉を口にする。


 ……なんというか、まあ、俺とみづきは相変わらずこんな感じであった。


 あの日、あの時、みづきと二人でスタジオに入った日。


 その日を境に、みづきは過去を乗り越えバレエを再開したし、俺は俺で週に三日ぐらいはまたスタジオでギターの練習をするようになっていた。


 だからって、俺とみづきの関係がそんな簡単に変わるというわけでもない。これまでの空気感はそのままに、より親密な間柄になったとは思うけど……まあ、それぐらいだ。


 雑で、フランクで、気安くて、そして時々乱暴で。


 奏に続いて第二の妹ができたようなもんで、まあ、居心地は悪くねえ関係だ。


 そんなことを俺が考えていると、だ。


「あ、そうそう。タツトラ君。そういえば、うちの学校、今度の週末から夏休みに入るんだよね」


 みづきがそう言って話しかけてきた。


「ん? ああ、高校生はもうそんな時期か……ったく、羨ましいこって」


 七月の半ばもすでに過ぎた。確かに、学生はそろそろ夏休みに差し掛かる頃だ。


 夏休み。それは魅惑の響き。昔は俺にもあったけれど、大人になった今となっては三連休すらままならない。まとめて休みを取れる時期なんて、盆と正月ぐらいのもんだ。


「ったく、いいよなあ学生は。気楽な長期休みがあって」


「その分大量に宿題出るけどね。自由課題とか自分で設定してやらされたりするけどね」


「あー、それはそれでだるい……普通に仕事してる方が気楽だわ」


 まあ、仕事は仕事で面倒くさいが。


 微妙に憂鬱な気持ちがなっている俺に、みづきが衝撃的なことを言ってきた。


「で、さ。夏休みの間、あたし、タツトラ君の部屋に泊まらせてもらうことになったから」


「……は?」


 ちょっと待て。


 誰が許可した、そんな話。

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やさぐれてた少女と無愛想なおっさんのラブコメ 月野 観空 @makkuxjack

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