男の娘量産計画! まずは自分から

トファナ水

男の娘量産計画! まずは自分から

 僕が勤務医として就職してから、今年で十年目だ。職場はTVコマーシャルで有名な美容整形外科である。しわ取りや二重まぶたといったプチ整形から、容貌を全く変える大がかりな手術まで、結構な場数を踏んで来た。

 それなりに貯金も出来たし、そろそろ独立をとの思いもあるが、リスクを考えるとなかなか踏ん切りがつかない。

 そんなある日、僕は院長に呼び出された。新たな分院を出したいので、分院長になる気はないかと言うのだ。

 退職して開業せずとも、一つの分院を任せて貰えるというなら願ってもない。だが、話を聞いた時に引っ掛かる事があった。


「既存の分院長の後任ではなく、新設ですか?」

「うむ」

「しかし、めぼしい政令指定都市には、既にうちの分院がありますが……」


 うちの美容外科グループは、既に全国の主要都市へ分院を出している。拡張余地は乏しいとばかり思っていたのだ。


「今回は大都市ではない。この本院がある県内のベッドタウンだな」

「美容外科は都市で開業するのが定石ですが、何故そんなところに?」

「医大の後輩が最近、急死してな。跡取りはまだ研修医なのだ。そこで、診療施設が遊んでしまわない様、うちで借り上げる事にしたのだよ」


 積極的な経営拡大というよりは、亡くなった知己の遺族への支援を兼ねての事らしい。


「診療科は同業ですか?」

「いや、外科・形成外科だな。領域はかぶるが治療目的が違う訳だ。だが、既存患者の他院への引き継ぎは終わっているから、診療科については気にしなくていい」

「まあ、取り壊さず、診療施設のままで貸すとなると相手も限られますしね」


 事情は解ったが、他にも経営的に心配な点がある。


「本院と近すぎて、共食いになりませんか?」

「問題はそこだ。何かいい案があったら考えておいてくれ」

「はあ……」


 普段は計算高い院長が、珍しく丸投げして来た。亡き後輩への人情を優先したのだろうか。まあ、僕にとっては機会である。

 地図で見ると、本院のある県庁所在地からJRの快速で三十分程の、駅前商店街の一角になる。僕は県外出身という事もあり、その辺りへ行った事がなかったが、都心からはさして遠くない。

 とりあえず非番の日に、現地を見に行く事にした。



 現地の最寄り駅から出て驚いたのが、人通りがほとんどない事だ。駐輪場や駐車場は満杯だったので、通勤・通学で駅を利用する人は多い事がわかる。

 しかし、商店街には客の姿が乏しい。建物の大半は廃業して久しい空き店舗で、典型的な「シャッター通り」と化していた。

 郊外型のショッピングモールやネット通販に客を取られてしまった結果だろう。ここだけでなく、全国津々浦々の商店街で起きている現象だ。

 分院となる予定の建物は、通りの中程にあった。古びた鉄筋二階建てで、壁面は時代がかったタイル張りだ。定礎石には昭和三十年とある。

 院長に渡されていた合鍵で中に入ると、広めの待合室には固めのソファーとブラウン管のTVがあり、木床の廊下が続いている。受付には時代に即した形でパソコンがあった。

 中を見て廻ると、診察室やレントゲン室の他、手術室もあり、一通りの環境は備わっている。霊安室まであるが、これはいらないので転用を考えよう。

 二階は病室だ。廊下をはさんで両側に十室づつ。面白い事に、全て四畳半程の個室だ。患者のプライバシーを重視したのだろうか。

 遠方からの患者に、包帯が取れるまで滞在して貰う事も出来る入院設備は、美容外科としてセールスポイントとなる。


「まあ、使えなくはないかな。後は、ここまで足を運んでもらうにはどうするかだ」


 帰宅後、打つ手を考えながら自室のパソコンでインターネットを見ていると、いつもの様にポップアップ広告が映し出された。

 今回はアニメ調の画風で、下着姿の少女のイラストである。別に珍しくないが、広告の文言にふと首をひねった。


「ロリっ子からお姉様まで、男の娘がいーっぱい!」


 イラストをよく見ると、股間が膨らんでいて、顔に反して性別は男性の様だ。一方、ブラジャーをつけているが、胸は平たい。

 

「男の娘って何だ? ニューハーフの事だろうか?」


 気になった僕は、「男の娘」を検索で調べてみた。

 女性的な容貌を持ち、かつ女装を好むが、性同一性障害という訳ではなく、性自認は男性という少年。性的対象については、異性愛者もいれば、同性愛者も両性愛者もいて、「男の娘」の定義には影響しない様だ。

 アニメやコミック上の架空の存在という訳ではなく、男の娘向けのファッションやメイク、立ち居振る舞いや生活上の注意についてのガイドブックも色々と刊行されているらしい。


「なるほど……」


 フィクションならともかく、現実にするなら、人工的な手段がかかせないだろう。美容整形の範疇だ。

 もし、メイク等の一時的な物でなく、本格的に男の娘となりたいという需要があれば、施術内容は、顔の造作の修正と、髭やすね毛等の永久脱毛…… 肥満であれば脂肪吸引もか。

 性同一性障害と違って、豊胸や女性ホルモン投与、性別適合手術までは必要ないだろう。

 そして何より、うちの美容外科は女性患者が大半を占めるので、層が被らない。

 新たな分院では、これを中心に手がけてみてはどうだろうか。



「良かろう」

「ありがとうございます!」


 翌日、思いついたアイデアを院長に話すと、あっさりと承諾を得られた。


「とりあえず、君からだ」

「は?」

「職員が生きた見本というのも、当院の売りだからな。女医も看護師も事務員も、女子職員は全員、手術で容貌を作り替えた、当院の作品だ。君も承知している筈だがね」


 そうだった。ただ、うちの患者は女性が主体なので、男性職員はその対象になっていなかったのである。


「覚悟を示せと?」

「うむ。従業員割引で安くしておくので安心したまえ。諸費用込みで、次のボーナスの半額でいい」


 自己負担がボーナスの半額と聞き、「おいこらクソジジイ!」と怒鳴りたくなったが、独立開業する苦労に比べれば……と、かろうじて僕はこらえた。



 そして、僕は男の娘化手術を受けた。

 そもそも、僕自身には男の娘趣味はないので、手術に際しての注文は「なるべく男性としての日常生活に支障をきたさない程度に」と釘を刺す位で、後はお任せにした。

 分院の看板になるのだから、滅多な事はあるまい。

 執刀は院長が手ずから担当し、五日後に顔面の包帯を取った僕は、鏡の前で変わり果てたであろう自分を見た。

 そこには、ボーイッシュなハイティーンの少女とおぼしき、新たな僕の顔が映っていた。男装の麗人というか、宝塚の男役というか、男の格好をしてもギリギリ違和感はなさそうだ。


「どうかね?」


 院長は自信ありげに問いかけて来た。この人は常にこうだ。


「まあ、悪くないですが…… ちなみにモデルとかいます?」

「アニメ化もされた、ライトノベルの主人公だよ。冴えない中年男がトラックにはね殺され、ドラ●エみたいなファンタジー世界に少女として生まれ変わり、勇者として闘うという話だ」


 僕自身の事ではないと解っていても、冴えない中年男というのが引っ掛かる。

 後、女に転生したというなら「男の娘」の定義から外れる気もするのだが……。


「ライトノベルですか。その、僕を広告塔に使う場合、版権許諾とか大丈夫ですか?」


 うちが商売なら、原作の著者や出版社も商売である。その辺りの筋は通しておかないと、後々に面倒だ。何しろ、僕自身がパチ物扱いされたらたまらない。


「問題ない。原作者も、うちで手術を受けた事があってな。二つ返事で快諾してくれたよ。君は、公認のなまフィギュアという事になったので安心したまえ」


 うちの患者にライトノベル作家もいたのか……。

 コスプレイヤーならともかく「生フィギュア」って何だよと、僕は心の中で頭を抱えたのだが、後の祭りである。



 ライトノベルとのタイアップという事で、東京ビッグサイトで行われる大手同人誌即売会に、僕は広報の一環として参加する事になった。

 原作刊行元である出版社の企業ブースで、公認生フィギュアとしてコスプレ着用のコンパニオンになる代わり、僕が分院長として行う「男の娘化手術」の宣伝を出来るという訳だ。

 元々のキャラは男の娘ではないので、罵詈雑言を浴びせて来る原作ファンもいるのではないかと覚悟していたが、蓋を開けるとそんな事はなかった。むしろ、僕目当てでブースを訪れる人が続出したのである。


「写真いいですか?」「握手して下さい!」「んほぉっー!」


 僕の前で並ぶ原作ファンの長い列には、思わず圧倒された。男女は半々で、年齢層は十代半ばから五十代位までと幅広い。ライトノベルにはあまり関心がなかったが、こうして見ると、原作が本当に人気作なのだと実感出来る。

 僕の正体が三十六歳の男性医師である事は、元の平凡な顔の写真と共に公開しているのだが、その辺りは問題にならないらしい。むしろ体を張った事で、畏敬の眼で見られている様だ。

 僕は訪れたファンに一人づつ、会場限定グッズのうちわを手渡していく。表には原作イラスト、裏には「男の娘化手術」をメインとした、うちの美容外科グループの広告が刷られた物だ。広告には公式サイトURLが表記され、詳細はそちらで見られる様になっている。

 用意したうちわは全て配布出来た。聞いた話では、ネットオークションで法外な値段を付けられて転売されているという。



 同人誌即売会でのタイアップ広報は好評だった。

 インターネット上のSNSや掲示板でも、僕の事はかなり話題になっている。変態扱いする声も一部にはあったが、大半は賞賛の声だ。

 僕としては、あくまで美容外科としての患者獲得につながらなければ意味がないのだが、そちらの方も、徐々に問い合わせのメールが来る様になった。

 費用のかかる事だし、容姿の改造なので思い切った決断が必要なのだが、やはり実例が一人でもいると敷居が低くなるのだろう。

 中には「手術代の代わりに働きたい」という希望も混ざっていた。

 そういう問い合わせには、医療に従事する何らかの資格があれば、採用面接に応じる旨を回答しておいた。本院や既存の分院から異動となるスタッフは少ない為、どの道、求人を出すつもりだったので丁度いい。

 結果、看護師や事務員、診療放射線技師といったスタッフの不足分は全て、手術代の代わりに働く事を申し出た人達だけで賄える事となった。当然に全員男性で、執刀は僕が行った。

 僕同様に見本を兼ねているので、可愛い系、清楚系、お色気系、中性系という様に、本人の希望を踏まえた上で様々なタイプを取り揃えた。

 こうしてスタッフも揃ったので、新人には本院で研修を受けさせた。

 折角の古い建物なので、スタッフの服装もレトロな物にした。戦前の看護婦の様な、大きな看護帽にワンピーススタイルの白衣である。もちろん、機器類は最新の物だ。

 開院時には既に、向こう三ヶ月分程の予約は一杯となった。「男の娘」というニッチな需要を狙ったのは、やはり当たった様である。

 あくまで男性として、女の子の容姿になりたい。漠然とそう考える人はいても、実行に移すとなると勇気がいる。僕やスタッフ達が自ら先例を示した事で、そういった潜在層の背中を押す効果が生まれたのだ。

 また、タイアップ広報で「生フィギュア」として知られる様になった僕は、バラエティ番組等にゲストとして出演する様にもなっていた。宣伝になるし、副収入として出演料も美味しい。

 夏にはスタッフ達と共に水着写真集も出した。出版社のオーダーで、男性用の超ビキニ……股間の膨らみを強調する、とても恥ずかしい水着を着用してだ。

 写真集は増刷を重ね、男の娘化手術の一般知名度も大きく上がった。スタッフ一同で体を張ったかいがあるという物である。



 美容外科が繁盛する一方で、商店街は相変わらずシャッター通りのままだ。周囲へ好影響を及ぼせないのは、何とも肩身が狭い。

 そんなある日、僕は商店街事務所に呼びつけられた。ほとんど営業している店はなくとも、実質的な自治会として事務所は残っている。


「お宅の病院、どうにかならんですかね?」


 商店街代表は、渋い顔で言いにくそうにしながら、苦情を告げて来た。

 確かに、男の娘化手術なんて手がけていれば、不快に思う人もいるだろう。当初は静観していても、有名になって来れば、地元からそういう声も出てこようという物である。


「それは、診療内容がけしからんと言う事でしょうか?」

「い、いや、そう言う事ではないんですわ」


 僕が確認すると、商店街代表はあわてて首を横に振った。


「空き店舗に、風俗店を出したいっちゅう業者さんが複数おったんですわ。でも法規制で、おたくの病院がある限り店は出せんっちゅう事で……」


 商店街代表は、住人からあがっている不満を語った。

 彼の言う通り、入院設備のある医療施設の周囲では、風俗営業の許可がおりないのである。


「いいんですか? そういう業種を嫌う方も、特にお子さんがいる家庭には多いと聞きますが」


 風俗営業の出店計画には、地元からの反対もつき物だ。商店街としては、積極的に後押し出来る様な物でもない筈である。


「それも頭にありますけどな。店舗の持ち主も年寄りが多くて。飯を食う為、背に腹は代えられんのですわ……」


 商店街代表の口からは、溜息が漏れる。

 確かに、高齢で店を畳んだなら、生活費として賃料は欲しいだろう。自営業者が入っている国民年金は雀の涙だ。


「まあ、今日お話しした事は、あくまでこっちの都合ですけどな。一応、頭に置いて頂きたいんですわ」


 こちらは違法な事をしている訳でなし、立ち退きは強要出来ない。それでも、言うだけの事は言っておこうというスタンスの様だ。

 とは言え、先方の事情もわかる。こちらとしても無視を決め込む訳には行かない。



 要は風俗店以外に、空き店舗の借り手が見つかれば良い訳だ。

 電話で院長に事情を話し、相談してみる事にした。すると、ある程度はあてがあるという。


「うちの患者には事業家も多いからな。出店を募るのは難しくない」

「本当ですか!」

「ただな。寂れた商店街では、将来性が乏しかろう。地元の客足は、郊外のショッピングモールに向いているのだからな」

「そうですね……」


 院長の言う通りである。ツテで出店してもらう事は可能にしても、商売として採算が取れなければ長続きしないのは明白だ。


「君の分院の特徴は何かね?」

「……男の娘ですね。つまり、男の娘向けに特化した店を出すと?」

「幸いにして駅前だ。遠方からも足を運んでくれる特異な客層を狙った商店街を、一から形成するのが起死回生の策と思うのだ。どうかね?」

「やってみます!」


 僕は腹を決め、出店に興味がありそうな業者を、院長に紹介してもらった。

 まず矯正歯科。顔の造作を美しくしても、出っ歯や乱杭歯では魅力が減じてしまう。歯列矯正は美容外科の診療範囲外なので、近くにあればありがたい。

 他には、衣類、宝飾品、靴といった身につける物の店が多い。男の娘は、そういった女性向けの商品を買いたくても、店に入り辛いのだ。ネット通販もあるのだが、買う時にはやはり現物を見たい物である。

 美容院やエステサロン、サウナといった、身体を整える為のサービス業もあった。こういう店も、男の娘向けがあると当事者には嬉しい。

 飲食店も多い。フレンチ、イタリアン、中華、甘味処、手羽先、味噌カツ等々、バラエティ豊かである。女子会ならぬ、男の娘会を開くには欠かせないだろう。

 出店を検討している業者と話した際、異口同音に言われた要望が、従業員として男の娘を紹介して欲しいという物だ。確かに、マイノリティ向けの店を出すからには、従業員も同様である事が望ましい。

 うちで手術を受けた患者に案内を出したが、恐らくは数が足りないだろうと僕は思っていた。何しろ、開院から一年程しか経っていない。

 だが、類は友を呼ぶ。口コミで話が広まり、従業員希望者はかなりの数にのぼった。その中には、男の娘OKな職場を確保出来た後に、手術に踏み切りたいという人も多い。

 幸いにも雇用側は、採用内定の時点で未手術でも問題ないというところがほとんどだった。

 男の娘化手術は結構な費用が掛かるので、ローンを組んで分割払いのケースも多い。ならば、簡単には辞めないだろうという訳だ。思い出して見れば、うちのスタッフ達も、手術代を働いて返すと申し出て来たのが採用のきっかけだった。



 そして、誘致した店が一斉にオープンし、商店街の再生が始まった。

 物珍しさからか、報道では大きく取り上げられ、街は賑わいを取り戻した。客の多くは全国から訪れる男の娘だが、他にも男の娘を好む、普通の男性や女性も少なからずいる。

 近隣のアパートの入居率も、ほぼ満杯となった。多くはバブル末期に投資目的で建てられた物で、老朽化もあって住人が減り続けていた。だが、安心して生活出来る街として、多くの男の娘が移り住んで来る様になったのである。

 元々の地元民からの苦情の類いは、幸いにしてほとんどない。消えかけていた商店街が再生されたのは、男の娘が盛り上がった為である事は、彼等も否定出来ない様だ。

 ついには、衰退した商店街の再生事例として、「男の娘街」は各所で好意的に取り上げられる様にすらなった。特異な例だろうが、確かな実績だ。

 僕は周囲から推され、新たな商店街代表に就いたのだが、その事がきっかけで、ますます世間の注目を浴びる様になってしまった。元々、「生フィギュアの美容外科医」としてメディアに露出していた訳だが、最早そんなレベルではない。

 それまで僕は、男の娘化手術を受けた後も、プライベートでは男性の服装をしていた。だがこうなると人目もあり、公私を問わず女装せざるを得なくなってしまった。街に集まる人達を失望させては、ムーブメントに水を差してしまいかねない。



 商店街の空き店舗が完全に埋まり、賑わいも定着した頃。僕は、本院へ院長から呼び出された。何でも、今後に関わる重要な件を相談したいという事だ。


「話というのは、分院の建物を相続した、亡き後輩の娘の事でな。研修医という事は聞いているだろう?」

「それは聞いていましたが、女性というのは初耳です」


 医師と言えば男性というのは昔の話で、うちの美容外科グループにも女医は多い。だが、先入観はなかなかぬぐえない物である。


「来年に研修を終えるのだが、病院を再開したいと言っておってな」

「そうなると、分院を引き払わなくてはなりませんね」


 元々、分院の建物は、以前の経営者が急死して、後継者が育っていないという事で、うちの美容外科グループで借り上げて使っていたのである。

 立ち退くにしても、近隣に適切な物件はない。今や分院を中心とした商店街は「男の娘街」として全国に知られ、海外観光客すら現れ始めたのだ。地域の中核としての責任もある。


「そこでだ。君、独身だろう。彼女と見合いする気はないかね? 亡き後輩からも、良縁を見つけてやってくれと言われていたのだ」

「見合いって、僕はこんな姿ですよ? まあ、仕事上の必要で割り切っていますが……」


 確かに、家主と僕がくっつけば、立ち退きも不要になる。だが、今の僕は男の娘だ。一般的な女性が好む容姿ではないだろう。


「問題ない。先方は、君の姿を既に知っておる。その上での話だ」


 まあ、商店街に集うのは、男の娘だけではない。男の娘を好む女性もまた、多く訪れる様になっている。相手も、そういう嗜好という事だろうか。


「それで、先方の写真はありますか?」

「これだ」


 院長が手渡してきたのは、僕が生フィギュアとしてタイアップしている、ライトノベルの一巻だ。生フィギュアとしての役作りの参考として、アニメの方は見ていたのだが、原作は未読だった。


「これが何か?」

「裏表紙を見たまえ」


 本の裏表紙には序盤のあらすじと、著者の写真や略歴が載っていた。「医学を学ぶかたわら小説を執筆し、本作で見事デビューを飾った才媛」とある。

 写真に映っているのは白衣の若い女性だ。容姿を一言で言えば、人工的で無機質なクールビューティー。

 僕の様な業界人なら、美容整形を受けている事が一目で解る。


「見覚えがないかね?」


 ……思い出した。この人は、僕が執刀を任された患者の一人だ。近年は温かみを出す造形が主流なのだが「サイボーグの様な人工美がいい」という要望で、あえてこの様にしたのだった。

 あれからもう、九年は経つ。確か、当時は高三で「大学の推薦入試に合格したので、新たな学園生活は綺麗な顔で送りたい」という事だったが、医大に入ったのか……


「僕の患者さんじゃないですか!」

「思い出したかね。容姿に恵まれず、幼い頃から悪童、特に男子の嘲笑の的になっていてな。それが元で男性が苦手になってしまったのだ」

「美しくなった今でも、それを引きずっているというのですね」

「残念ながらな。日常生活に支障が出る程ではないが、男性と所帯を持って、一つ屋根の下で暮らすのは考えたくないというのだ」


 不器量を理由に、周囲の心ない言動にさらされ続けていた人は、トラウマを抱え続けている事が多い。美容整形で容姿は改善しても、受けた心の傷が癒えずにいる事も珍しくはないのだ。


「男の娘なら大丈夫なのですか?」

「私が半ば冗談で、女性の様な顔なら大丈夫なのではないか、と尋ねたら、存外と反応が良くてな」

「そういう事ですか……」


 男嫌いでも、容姿が女性に近ければ許容範囲になるという事だろうか。まあ、相手も医師だし、悪い話でもないと思いかけた時、僕はハッと気付いた。


「院長。もしや、仕組んでいましたね?」

「わかるかね」

「……どこからです?」

「分院で男の娘化手術を売りにする案は、実はこちらでも考えていてな。タイアップの手筈も整えていたのだ」

「なら何故、院長の方から僕に切り出さなかったのです?」


 新たに開設する分院の場所が本院と同県内なので、共食い対策を考えておけと僕に言ったのは院長である。だが、男の娘化手術の案が既にあったなら、最初からそれを示せば済んだ筈だ。


「出来れば、君の側から提案させたかったのだよ。命じられるのと、自分からの意見が通るのでは、意欲が全く違う。それに、君自身の男の娘化を承諾させるには、その方がスムーズだからな」


 してやられた。始めから僕に男の娘化手術を施した上で、亡き後輩の娘へ婿としてあてがう腹づもりだったのだ。

 それにしてもおかしい。男の娘という、世間一般で流行している訳ではないニッチな存在に、どうして僕が着目して自分から提案すると思ったのだろう?


「まさかとは思いますが、僕が自宅でネットを見たら、男の娘の広告が映ったのは?」

「ああ。めざとい君の事だ。あれを見ればきっと、男の娘に目を付けるだろうと確信していた」

「どうやって……」

「ハッカーを雇って、君のUSBメモリに少々細工をさせてもらった」


 このクソジジイ、人のパソコンにコンピュータウイルスまで仕込んでいたのか!


「そうまでして、僕を男の娘化したかったんですか! 何故、僕なんです?」

「うちの美容外科グループ内で、新たな分院を任せられるレベルの独身男性医師は、君くらいしかいなくてな。当初は他にも候補がいたのだが、彼女が医大にいる間に全員結婚してしまって、残ったのは君だけだ。君が彼女の執刀医だったのは、たまたまだがね」

「まあ、それは……」


 僕は切れそうになっていたが、合理的な答えを返され、怒りも萎んでしまった。力量について評価してくれた上での事というのは、素直に喜ぶべきだろうか……


「それにしても、タイアップ小説の作者と、分院の家主が同一人物とは思いませんでしたよ……」

「小説の方は、彼女の趣味が高じたのだな。最近はネットに小説投稿サイトがあって、人気がある作品は出版の声がかかりやすい。せっかくデビューしてアニメ化までされたなら、本業にも生かすべきだろう?」


 そうなのだ。院長は商業的に使える物は何でも使う主義である。うちの美容外科は、芸能人や実業家、政治家といった著名な患者が多い。手術を受けた事を公開していい人については、これまでも広告宣伝活動に利用していたのだ。

 アニメ化される人気作を持つライトノベル作家が身内にいれば、利用しない筈がないのである。


「どこまでも、僕は院長の手のひらの上で踊らされていたのですね……」

「うむ。君は実にいい踊り子だよ。これからも頼むぞ」


 笑みを浮かべてご満悦の院長の一言を浴び、僕の力が抜けていく。

 その時、ドアの裏からノックの音がした。


「おお、ちょうど本人が来た様だ。入りたまえ」


 全く、院長はどこまでも手際がいい人だ。この人には絶対逆らえない……

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